騎士の誓いを君に──


 外は既に漆黒のベールが降り注ぎ、朧月が浮かんでいた。ぼんやりと浮かぶそれはどこか優しく聖域までの道を照らしてくれる。

 そんな淡い光に照らされた道を、二人並んで無言のまま進み、聖域へと辿り着いた。


 湖の水面がキラキラと光り、風に吹かれて木々から離れた葉が、はらりはらりとそこに落ちては揺れる。その場を取り囲む巨大水晶たちもうっすら発光して夜の聖域を美しく演出する。


 いつ見ても幻想的な場所だ。ここは。

「やっぱり素敵ですね、夜の聖域。もちろん朝の聖域も素敵ですけど」

 日本にいてもまず見ることができなかったであろうこの幻想的な景色。

 こんなに大きな水晶なんて、物語の中でしか見たことないし。


「あぁ。私も、ここは好きだ。……君が──姫君があの日死んだと聞いて私はここに来ることができなくなった。君との最初で最後の思い出が詰まった場所だったから……」

 先生のアイスブルーの双眸が私をじっと見下ろす。

 風に揺れる銀髪が月明かりに照らされて神秘的な輝きを放ち、私は思わず息をのんだ。それほどにも綺麗だったのだ──先生が──。


「私は忘れているが、君と過去で出会ったのもここなのだろう? 過去で別れたのも、過去から戻り私の元に落ちてきたのも──。そして君に桜を贈られたのも、君にダンスのパートナーの申し込みをしたのも……。ここは、君との記憶で溢れている」


「はい。ここは先生との記憶で溢れた場所だから──私にとっても大切な場所です。王位を継いでも、ここには通っちゃいますね、きっと」


 悪戯っぽく笑ってみせると、先生も「あぁ」と頷いて私の頬へとその大きな手を添えた。

「!?」

 突然の先生の行動に心臓が跳ねてうるさく騒ぎだす。


「その時はお供しよう。……私も」

 そしてその手は私の頬を撫で、私の指先をまるで宝物に触れるかのようにそっと取った。

 見上げるとどこか緊張したように強張った先生の顔。

 ほんのり頬が赤いのは気のせいだろうか。


「カンザキ。……いや。──ヒメ」

「!! は、はいっ!!」

 突然の名前呼びに思わず裏返る私の声。

 な、名前……!!

 先生が……!! 大人バージョンの先生が!!

 あの頃より少しだけ深みを増した声は、あの頃と同じ響きで私の名前を紡ぐ。


 そして次の瞬間、先生は私の足元へと片膝を立てて跪き、私を真剣な眼差しで見上げた。


「貴女のことは、私が必ず、何人からも守ると誓おう。私の心も、身体も──全て貴女のものだ」


「〜〜〜〜っ!?!?」

 心も……身体も──!?!?

 これもうプロポーズ……!!!!


 心臓が痛いくらいに鳴り響きそして──

「チュッ──」

「⁉︎」

 ──動きを止めた。


 小さなリップ音を立てて、私の手の甲に落とされた柔らかい感触。

 そして唇の触れたところから淡い光が溢れ出す。


「私、シリル・クロスフォードは、ヒメ・カンザキを、生涯守り抜くと誓う──!!」



 紡がれたのは誓いの言葉。

 そうだ。これは先生の──騎士の誓い……!!

 たった一度しかできない、騎士だけが使える魔法。

 先生が私の──騎士になった、ってこと……?


「これで、私は君の騎士だ」

 満足げに口角を上げて立ち上がる先生。

「ま、まさか誓いをいただけるなんて思ってませんでした……」

 いやでも冷静に考えればそうよね。レイヴンやレオンティウス様という側近になる方達が誓っているのに護衛騎士という最側近になる先生が誓わないはずがない、もんね。

 あぁ絶対今、私の顔真っ赤だ。ならないはずがない。

 だってまだ、私の手の甲には落とされた先生の唇の感触が残ってるんだから。


「ずっと、考えていた。その……ダンスのパートナーの申し込みにしても、カナリア祭へ行くにしても、いつも誰かがお膳立てをして、ようやく動く形になってしまっただろう。私はこういうことに慣れていないから、君にも心配をかけたり、不安にさせたと思う。だから今度こそは……自分で、真剣に君に向き合って動きたかった」


 先生気にしてたんだ⁉︎

 にしても、何をやってもプロポーズに見える先生の天然なイケメンさよ……!!


「あの……とっても……とってもうれしかったです。わ、私も!! ……私の心と身体も、全部、先生だけのものですから!!」

「〜〜っ!! そういうことを男に言うものじゃない!!」

 パシンッ!!

「イテッ」

 叩いた!!

 今騎士の誓いを立てた主人を手帳で叩いたよこの騎士!!

 ていうか先生も同じこと言ったからね⁉︎


 むぅ、と口を尖らせて先生を見上げれば、顔を真っ赤にした先生最推しのご尊顔。

 うちの推しがカッコ可愛すぎて尊死する……!!


「だが──……。君が大人に戻ったら──、もう一度聞かせてもらおう」

 僅かに熱を孕んだ瞳で私を見下ろし、ニヤリと笑った先生の色気に今度は私が赤面する番。

「お……大人になるまで……もう少し、待っててください」

「あぁ。そのつもりだ」

 驚くほど優しい声色と表情を向けられ恥ずかしくなった私は、思い切って先生の広い胸板へと顔を埋めた。


「っ⁉︎ か、カンザキ──っ」

「──先生? ……これからもずっと、よろしくお願いしますね」

 これ以上先生の顔を見ていられなくて先生の胸に顔を押し付けたまま紡がれた言葉に、先生は身体を強張らせながらもゆっくりと私の背に腕を回して「あぁ、もちろん」と優しい声で返した。


 精霊達の光がどんどん増えていき、夜だというのにほの明るい。

 私たちはしばらくの間、そんな光に見守られながら、互いの温もりを感じ合っていた──。



↓挿絵↓

https://kakuyomu.jp/users/kagehana126/news/16817330651604043523

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