王族としての初仕事


 鬼神様の力のこと、魔王は知っているようだった。

 時々聞こえるあの声は、やっぱり鬼神様?

「はぁ……」

 わからないことだらけでため息をつきながら部屋のドアを開けると、仕事机についている先生がめざとくそれに気づいて「どうした?」と声をかけてきた。


「あ、いえ、なんでも……。先生、もうお部屋に帰ってたんですね」

「あぁ。報告書の確認だけ執務室でしてから、後は持ち帰った」

 そう言う先生の目の前には大量の資料が積み重なっている。

 うわ……えげつない量……。


「先生、これ一人で?」

「もちろんだ」

 チラリと見てみれば【戴冠式】の文字が目に飛び込んできて、私は思わずその束を手に取った。

「っ!! こら──!!」

「これ、【戴冠式】って、私がモロに関わってるやつじゃないですかぁっ!! 私に関することぐらい、これからは私も手伝います!!」

 私思いっきり当事者じゃん!!


「だめだ。君は学業が──」

「もちろん学業も大切にします。だから私にも手伝わせてください。自分のことなのに、先生たちに押し付けるのは嫌です」

 まっすぐに先生を見つめて言うと、先生はぐっと言葉詰まらせ、少しだけ考える素振りをしてからため息を一つ落とした。

「……はぁ……。わかった。……頼めるか?」

 拒否権がないことを悟った先生が、その資料を持って部屋の隅にあるベッド横の2人掛けのソファへと移動する。私も先生を追って隣へと腰掛けると、再び資料へと視線を向けた。


「戴冠式の招待客リスト……。こっちは警備体制──。どっちも私がすべきことですよね。すみません、先生たちにばかり負担をかけて」

 これまで王族不在を隠すため皆が頑張ってくれていた分、これからは私もしっかりしなきゃ!!


「気にするな。では、まず招待客リストから──。緊張状態が続いているグレミアやベラム、ロンドも招待を考えてはいるが……国民への周知が進み、グレミアへと話が行った結果によるか──。もしセイレ王族の存在が抑止力になったならば、招待はしておくべきだ。今後のためにもな。だが信じることなく侵略を進めようとするならば──……」


「戴冠式の前に戦争になる……、ですね?」

「……あぁ」

 ゲームでは私の存在はなかったから、そのまま戦争コースまっしぐらだった。私という存在が入った今、どちらに転ぶのか──私にもわからない。

 でも、噂が広まったところを怪しんだりするかしら?

 しかも正式な王家からの発表だ。まぁ、こればっかりはグレミアの大公がどんな人かよくわからないから、予想もつかないのだけれど。


「大丈夫だ。何があっても、君のことは私が守る」

「先生……」

 何そのイケメン発言!!

 イケメンか!! ──イケメンだ。


「招待に関してその方向でよければ、ここにサインをしてもらえるか? せっかく姫君本人が確認したんだ。君がサインをしなさい。正式名称でな」


 せいしきめいしょう……?


「えっ……と……。……ヒメ・カンザキ、なんとかかんとか、セイレ?」

「……ヴァス・セイレだ……。ちゃんと覚えなさい」


 呆れたようにため息をつきながら先生が教えてくれる。

 うん、長いわ。

 私は少しばかり緊張しながらも懐から昔先生にもらったローズクォーツのペンを取り出し、その呪文のように長い名前をゆっくりと書き込んでいく。


「──よし。お疲れ様。君の初仕事だ」

「初仕事……!!」

 名前書いただけなのに何この達成感!!


「次はこっちだ。警備体制、各隊の役割について」

「は、はい!!」

 私は張り切りながら先生と一緒にもう一つの資料の束へと目を落としていく。


「レオンティウス隊である1番隊は、君の周辺を警護する。2番隊であるレイヴンの魔術師隊は、至近距離、中距離、長距離の位置から君を魔法で警護することになっている」

「3距離から!? す、すごいですね……」

 そんな厳重に見張られてたら何もできないわよね。

 私まで緊張してくるじゃないか。

「3番隊は一般の群衆の中に配置される。4番隊は諜報機関でもありあまり表に出ることはできないから通常通り裏で動いてもらう。5番隊はグローリアス学園関係者側での警備をする」


 配置図を見れば、まっすぐな道の先に城、そしてその一本道の右側がグローリアス学園関係者、左が一般の人が見られるよう開放されるみたいだ。

 そして城中央に臨時で作られる氷のテラスへ続く氷の大階段中間部左右に浮雲席が設けられ、そこが貴賓席になるらしい。

 わかりやすい配置図でイメージが付きやすくて助かる。


「この一本道を歩いて、君は皆に見守られながら大階段を上がる。一本道から大階段手前までは、1番隊と、私、レオンティウス、レイヴンが付き添い、大階段からは私たち3人のみが共に上がることになる」


 一本道を……先生と……?

 それって──……!!


「先生とのバージンロード……!!」

「違う」

 バシンッ!!

「イテッ」

 さっき守ると言った姫君の頭を資料で容赦なく叩く先生。

 好き。

 もはや心地良い。


「そしてテラスで大司教から、王冠を戴くことになる。この王冠こそが、王の力を解放するための鍵だ。これで王の膨大な力が全て君の手に入る」

 その言葉に思わずごくりと息をのむ。

 重い。

 とてつもなく、重い。

 でも──望んだことだ。私が。私自身が。

 私の思いを感じ取ったのか、握りしめた拳に先生の大きな手が重なった。じんわりと手の甲から先生の温もりが伝わってきて、私は無意識に上がっていた肩をゆっくりとおろした。


「大丈夫だ」

 “大丈夫”。頼りないその言葉も、先生が言うと安心材料になってしまうのだから不思議だ。


「はい。……先生がいてくれますもんね」

 私がふにゃりと微笑むと、先生も頬を緩め、優しく私を見つめ返した。


「これにもサインを頼めるか?」

「はい!!」

 私はさっきよりもスムーズに名前を書くと、ふぅ、吐息をついた。


「疲れたか?」

 深く息を吐いた私を気遣うように先生が私の顔を覗き込む。

「い、いいえ、まだまだ!! ちょっと緊張しただけです。私に関するものはこの二つだけですか?」

「あぁ、あとは騎士団のものと、神魔術についてのものだ。ありがとう、スムーズに確認が済んだ」


 て言っても、私はただ確認してサインしただけなんだけれども。結局先生に一緒に確認してもらってるし。

 先生は二つの書類の束を一つにまとめると、それをさっきまで置いていた仕事机の上へと戻す。先生は私が戻る前から仕事してたんだよね……少し休憩して欲しいなぁ……あ……!!


「そういえば先生!! これ──」

 私はすっかり忘れていたものをポシェットの中から取り出した。

 二つの箱。

「これは?」

 首を傾げる先生の前で、私はにっこりと微笑んでその箱を開けて中身を取り出す。

 セイレの国旗のセイレーンと、それを囲む国花であるセレニアの花の絵が描かれたペアカップ。一つは薄いピンク、もう一つは薄い水色のそれらは、一目で誰のものかがわかってしまいそうだけれど、私は勇気を出してそれらを先生の前へとずいっと差し出した。


「先生と……私に。どうしても先生とも学園旅行の形に残る思い出が欲しくて……」

私 が恥ずかしくなって視線を逸らしながらボソボソと告げると、先生はぽかんとした表情でそれを見てから、やがて水色のカップを手に取り「ありがとう」と礼を言った。


「……少し待っていなさい」

 そう言って先生は再び仕事机に向かうと、机の引き出しから真っ赤なリボンが結ばれた袋を取り出し、ソファの私の隣へと戻ってきた。

「これを」

「えっと……これは一体……?」

 差し出されたそれに戸惑い尋ねると、先生は「開けてみなさい。……考えることは同じだったということだ」とだけ教えてくれた。


 考えることは同じ?

 私がゆっくりとリボンを解き中身を取り出すと──。


「──ティースプーン?」


 それは小さなティースプーン。

 スプーンの柄にアクアマリンとローズクォーツがそれぞれにくっついていて、スプーンの先にはセレニアの花が彫られている。


「私も、思い出を形に残したかった。これを見た瞬間、君が思い浮かんでな。思わず手に取っていた。カップにティースプーン。見事に揃ったな。今度からはこれでコーヒーを飲むか。……君が王位を継いでも……ずっと」

「……!! はい!! ありがとうございます、先生!!」


 ずっと──。

 先生とそんな日が続くことを信じて。


「……カンザキ。これから少しいいか? 行きたい場所がある」

「? はい、いいですけど……どこへ?」

 どこか緊張した面持ちで、先生はポールハンガーにかけてあった漆黒のマントを羽織ると、私に振り返って言った。


「──聖域へ──……」

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