【Sideシリル】とある騎士団長兼教師の言葉〜学園旅行〜



「過去も──現在も──未来も──君だけを愛すると誓おう。……愛している。──ヒメ」


 私が言葉を紡いでいる間も、唇の動きを必死で読もうとしていたカンザキだったが、どうやら無理だったようだ。

 耳を塞がれ何を言っているのかわからない状態のカンザキには申し訳ないが、こちらはスッキリさせてもらった。


「今は、言葉を伝えることはできない。だが……伝わるように努力はしよう。君は、目を離したらすぐにどこかに行ってしまいそうだからな。妹弟子を死なせた私に、その資格はないと思いながらも、これだけは譲れないようだ。……だから……待っていてほしい。私を信じて」


「先生……」


「過去も──現在も──未来も──……」

「っ……!!」

 私の知らない私と彼女の記憶。

 それに負けるつもりはない。

 私が紡いだ言葉に、戸惑った様子のカンザキがゆっくりと口を開く。


「私……思いを諦めようって……。もう、今日で最後にしようと思って……。あの髪飾りをつけるのも……最後って……そう思ってたのに……」

「諦められては困る」

 今夜二人で話ができていなかったらと思うとゾッとする。

 危うく勝手に終わらせられるところだったのか。


「だ、だって先生、私のことは見てくれないのに、ずっと腕にラティスさんくっつけてるし、デレデレしてるし……!!」

「デ……!? してない!!」

 なんで私が他の女性にデレデレしなくてはならないんだ。

「してました!! 全然振り解こうとしないで、ぼーっと惚けてました!!」

「っ……それは……手帳の……、君のことで、頭がいっぱいで……!!」

 なんて間抜けなんだと我ながらに思う。

 そしてそのことは間抜けすぎて、できれば彼女には言いたくなかった。


「……なら……」

 小さく彼女の声が響いて、次の瞬間、私はその桜色から目が離せなくなった。


「──なら……。もう、触らせたら嫌ですからね?」

「っ……!!」

 どうしてこの小娘はこうなんだ。

 無意識に人を煽るようなことばかり。

 誰かどうにかしてくれ。


「わかったから……!! とにかく、夜が明けるまで、少し寝なさい。寝不足で泳ぐのは危険だ」

「……確かに……。じゃ、じゃぁ、一度離して──」

「それは嫌だ」

 そんな子供のような言い分と同時に、私は再び彼女を腕の中へと捉える。

 今はこれを離したくはない。


「!? で、でもこんなの……緊張して眠れません……」

「そうかわかった。自分で眠るのと強制的・物理的に眠らせるの、どちらがいいか選ばせてやろう」

「自分で寝ます!!」


 無理矢理にでも目を瞑れば、睡魔は襲ってきたようで、次第に私に重心がかかり始める。


「寝た……か?」

 体の力が抜けきったのを確認して、私は彼女のつむじにそっとキスを落とす。

 今は、ここまで……。

 グレミア公国との一件が片付いて、王位を継いで、エリーゼを蘇らせて……。

 全てが終わったら──今度こそ……。

 帰ってから、また忙しくなるな。

 だが──その前に、やっておかねばならないこともある。


「……君を──守らせてくれ」


 静かに呟くと、私は再び、腕の中で眠る少女を抱きしめる力を強めた──。






 ──魔石の光に頼っていた暗闇の中、うっすらと隙間から魔石以外の光が差し込んでくる。


 夜明け……か。

 太陽の光が暗闇にベールを落とし始め、私は腕の中で気色良さげに眠る少女の肩を揺らした。

「起きなさい、カンザキ。夜明けだ」

「ん……?」

 眉を顰め、ゆっくりとひられる桜色。


「あさ……?」気怠げな声が洞窟内に反響した。

 が……。

「もうちょっとぉ……」

 そう言ってカンザキは、私に再びもたれかかって目を瞑った。

「〜〜っ!! 起きろバカ娘!!」

「ひゃぁっ!?」

 私のあげた声が響いて、すぐに彼女は意識を浮上させた。


「全く……。夜明けだ。テントに戻るぞ」

「は、はい。……ぁ……」

 何かを思い出したのか言葉を止めた彼女は、背後の私に視線を合わすことなくその先を紡ぐ。

「あの……どこからどこまでが夢、なんでしょう?」

「──は?」

 何を言っているんだこの小娘は?


「えっと……私、自分に都合のいい夢を見ていたような気がして……。その手帳、とか、先生が待っていろって言ってくれたり……」


 なんだこれは。

 夢にされかけているのか、私の言葉は。

 バカなのかこの小娘は。

 予想の斜め上をいく彼女の言葉に苛立った私は、解放しかけていた彼女の身体を再び自身の腕の中へと閉じ込めた。


「せ!?」

「諦められては困る、と──言ったはずだが……。伝わっていなかったか?」

 わざと耳元で囁きかけるように言ってやると、途端に赤く染まる小さな耳。


「っ……!! つ、伝わりました!! 十分です!! ま、待ってます!! おとなしく待ってますぅっ!!」

「そうか。ならよかった」

「……」

「……」

 彼女が覚醒してもなかなか手放すことができず、しばらくその体勢のまま、無言の時が流れる。


 心地よく、いつまでも抱いていたくなる。

 もういっそこのまま──私のものに──。

「あ、あの、い、行かないんでしょうか?」

「!!」

 そんな彼女の言葉に我にかえった私は、彼女の顔に己のそれを近づけていたようで、振り返った彼女の顔が掠めた。

「っ!?」

「!!」

 私は今──何を……!!

「っ……すまない」

「い、いえ……!!」

「……」

「……」

 互いに言葉をなくすも、この体制のままここにいるのは色々と危険だ。

 早く行かねば。



「……行こう」

「は、はい……!!」

 調子が狂う。

 なんで彼女はこういう時だけこんなしおらしいんだ。

 カンザキが立ち上がると、私はマントを下ろし、シャツのボタンに手をかけた。

 するとそれを見た彼女がギョッとした顔で「何してんですか!?」と声をあげる。


「何って……脱いでいる。服を着たままだと重いだろう」

 よくこんな重いのをここまで運んで泳いでくれたものだ。

「だ、だめです!! 先生は脱いじゃだめ!!」

「? なぜだ?」

 必死すぎるカンザキに首を傾げる。


「先生の肉体美を周りに晒すくらいなら、私、重くてもやり切ります!!」

「何をバカなことを──」

「先生の身体を見ていいのは、私だけですっ!!」

「っ!!」


 この小娘は……。

 言葉の意味をわかっているのだろうか?

 とんだ殺し文句だ……。

 自分がどうしたいかを声に出してくれたことは、喜ばしいのかもしれないが……。


 好きだのなんだの言いながらも、いつも一線を引いていたカンザキ。

 自分が私にどうして欲しいのか、など一切言うことがない彼女の、一種の独占欲に触れたようで、それだけでぞくりと心が震えた。


「……わかった。だが、だめだと思ったら、途中で私を離しなさい」

「大丈夫です。やり切ります。先生が沈むなら私も沈むんで!!」

「……」


 はぁ……。

 ここで押し問答していても始まらない、か。


「わかった。……よろしく、頼む」

「はい!! 任せてください!!カナヅチ王子様!!」



 ……誰がカナヅチ王子だ。



─後書き─

↓挿絵です( ´ ▽ ` )

https://kakuyomu.jp/users/kagehana126/news/16817330650700718591

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る