私の夢


 ゴーン──……。


「よーし!! 今日はここまで!! 皆、しっかり食べて、寝て、明日の学園旅行に備えろよー!!」


 明日はいよいよ学年旅行。

 新幹線やバスなんてもののないこのセイレ。

 日本の修学旅行とは違って、行き帰りはAクラス、Sクラス、騎士科全員揃って騎士団の転移陣で一斉転移をするらしい。

 もう新幹線に乗れないのかと思うと少し寂しい。


 遠征時に重宝しているこの騎士団の巨大転移陣。

 実はシルヴァ様が一斉転移魔法を封じ込めた石板が使われていると先生に聞いた時には、本当に驚いた。

 魔物の核についての研究本にしても、転移陣にしても、シルヴァ様が遺してくれたものが、今、私たちの力になってくれている。

 そのことが何だかシルヴァ様とつながっている気がして、使うたびに心強さを感じる。


「おっと。ヒメはちょっと俺とデートな」

「はぁっ!?」

 レイヴンの発言にざわつく教室内。

 メルヴィに至ってはおそらく薄い本のアイデアが思い付いたのだろう、血走った目でノートに何かを書き殴っている。


「ちょ、誤解を受けるような言い方しないでください!! 私は先生一筋なんて!!」

 ただでさえ普段からクラスメイトにはレイヴンとセットだと思われてるのに……!!

 これ以上この変態とセットにされてたまるもんですか!!

「まぁまぁ。俺とお前の仲だろが。切っても切れない誓いを結んじまってるしな」

 騎士の誓いね!!

 騎士としての、ね!!

「ま、デートは半分冗談だから、とりあえず一緒に来いって」

「は!? ちょ、ちょっと!?」

 私はレイヴンに手をひかれながら、教室を後にした。




 ──連れてこられたのは毎度お馴染み聖域。

 もうすっかり秋寄りの気候のせいか最近の聖域は少しばかり肌寒い。


「レイヴン? 何なんですか、急に」

「わりぃわりぃ。あの場では話せなかったんでな。ここならお前やシリル以外は来ねぇだろう?」

 他の人には知られたくない内容の話ってことは……王家関連のこと?

 それとも戦争?


「そんな難しそうな顔すんなって。話ってのは、この間渡した進路調査の紙のことだ」

 ぁ……。

 私が白紙で出したやつ……!!


 グローリアス学園は2年制だ。

 そのうちにどういう方向へと自分が進むか考えないといけない。

 貴族の第一子はだいたい家を継ぐことになるけれど、第二子以降は他の爵位があればそれを受け継いだり、得意魔法を活かして魔術師団に入団したり、家庭をもったり、と様々だ。


 メルヴィはラウルと結婚してシード公爵家を継ぐって言ってたし、クレアは実家のパン屋の仕事をしながら神殿で孤児院の仕事もするらしいし、マローは魔法師団志望。

 ジオルド君は公爵家を継ぎつつ、アステルと一緒に騎士団で仕事をするらしいし。

 皆それぞれの道を考えてるみたい。


 私は白紙で出すより他はなかった。

 王位を継ぐとともに、この学園の生徒ではなくなるんだし。

「あ、あはは……。必要ないかなーって……皆が進路に進むころ、私、いないですし」

 一年後、私は何をしているんだろう?

 これから王位を継承して、エリーゼを甦らせて、それで──……。

 その先のビジョンがひどく曖昧で、想像できない。

 その頃には婚約者も決まってたりするのかな?

 先生はみすみすやるつもりはないって言ってくれたけど……それもわからないよね。


「……だとしても、願うくらいは許されるだろう? 書かなくていいから、語ってみ? 担任にぐらいはさ」

 近くのクリスタルに腰掛けて長い足を組むと、足に肘をついてこっちを見るレイヴン。

「語ってみって言われても……」


 んー……。


 日本では施設で働きたいと思っていた。

 私がお世話になった場所だし、恩返しのつもりだった。

 でもここでは?

 私のやりたいもの。

 なりたいものは?


「……ぁ…………」

「ん? 何かあったか?」


 二つ、あったんだ。

 なりたいもの。

 やりたいこと。

 私の──夢。


「二つ、ありました」

「お!! 二つもあるんじゃん!! 何だ? やっぱ騎士団に入りたいとかか? ならダメだ。危ない」

 速攻で生徒の夢を潰しにかかる教師。

「違いますよ!! ていうか、そうだとしても人の夢を速攻で潰しにかからないでください!! 仮にも担任が!!」

「ハハッ。すまんすまん。で? 何がやりたいんだ?」

 悪びれることなく笑うレイヴンに頬をぷくっと膨らませじとっと睨みつけてから、私は彼の隣へと腰を下ろした。


「私、グローリアス学園の先生やりたいんです」

「は!? まじで!?」

「まじです!! 先生の助手から始めて……。前に先生とそういう話をしていたんです。教師になるのはどうかって言われて」

「シリルが? まぁ確かにお前向いてそうだもんな。人に教えんの」


 今すでに実践魔法の授業を手伝っているけれど、自分でも向いていると思う。

 というより、私の知識や教え方は全部先生から教えてもらったもので、それがわかりやすいと言ってもらえるのは先生の教え方が上手いからなんだよね。

 やっぱりうちの先生はすごい。


「んで? もう一つは?」

「へ?」

「2つって言ってたろ? ついでだ。話しとけ」

 うっ……。

 これを話すのは少し恥ずかしい。

「い、いや、いいですよ!! ひとつ聞いてもらったので十分で……!!」

「いやいや、担任としては教え子の話をしっかりじっくり聞いてやらねぇとな、ヒメちゃん?」


 うっ……。

 なんかめっちゃ楽しんでない?

 すっごい良い笑顔なんだけど。

 これ、絶対言うまで帰す気ないやつ。

「……笑わないと誓えますか?」

 じろりとレイヴンを見る。

「笑わねぇって。可愛い生徒の夢だろ? 笑うわけねぇよ。俺を信じろって!!」


 ……信じらんねぇ……!!


「良いから良いから。な?」

 うぐぐっ……。

 私は少しだけ視線を伏せてから小さくそれを口にした。

「…………です……」

「ん? なんて?」


「っ……だから……、好きな人の…………お嫁さん……です」



 顔に熱が上昇していく。

 先生の──お嫁さんになれたなら……。

 私の、私個人としてのただ1人の女の子としての夢。


「……」

「……」


「うぅぅ〜〜っ……き、聞かなかったことにしてください……!!」

 あぁもう言わなきゃよかった……!!

 沈黙に耐え切れず顔を押さえて俯く私の手を、レイヴンががっしりと掴んだ。

 強制的にレイヴンの顔の方へと向かされる私。

 そこには笑っているレイヴンはいなかった。

 真剣な琥珀色の瞳がこっちをじっと見ているだけ。


「夢は捨てんな。そのまま、暖めてろ」

「レイヴン……」

「いつか叶うかもしれねぇし、好きなやつが今とは変わるかもしれないだろ? ほら、俺とかさ。だからそのまま持ち続けてろ」

 いつか……。

 そうか。

 願うことは自由、だもんね。

「はい。ありがとうございます」

 うちの忠犬、こういう時は本当にカッコいいんだから。


「いやーにしても、あぶなかったなー。さっきのヒメ可愛すぎて、俺、狼になるところだったぞ? あ、今からなってやっても良いけど──」

「レイヴン、ハウス」


 うん、やっぱりレイヴンはレイヴンだ。

 私の感動を返せ。

 ……でも、少し気持ちがスッキリしたのは内緒にしておこう。

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