おかえりとただいま


「眠気覚ましのコーヒーだ。飲みなさい」

「本気で私を寝かす気ないやつですね先生!?」


 でもまぁいただくけど……。

 先生の入れてくれたコーヒーを拒否するなんてこと、私にできるはずがない。

 くそぅ。

 胃袋掴まれた……!!

「ズズッ……」

 あぁ、美味しい。

 まろやかなコーヒーの味わいが口の中に広がる。

 最高か。

 隠し味は先生の愛情だったりしたらもっと最高なんだけどな。


「少しは暖まったか?」

「はい。ありがとうございます、先生」

 なんだかんだ、夜風にさらされた私のためだったりするんだよね、こういうの。

 本当に、優しくて面倒見がいいんだから。


「で、奴との話はまとまったか?」

 私の隣に座った先生がじっと見る。

「はい。結論から言うと、タスカさんはこの国の、そして私の敵ではありません」

「敵ではない?」

 先生が眉をひそめ腕組む。

 その仕草、かっこいいです、先生。


「えぇ。グレミア公国の大公は、セイレを自分のものにしようとしているみたいです。十年以上も王族が表に出てきていないことから、彼らは疑問を持ったみたいです。王族がすでに滅んでいるのではないかと。そして何が起きても表に出てこない王族に、確信を持ったようで……。近く、周辺諸国とともにセイレを攻める話になっているそうです」


「!! やはり情報は本当だったか……」

「はい。セイレごと聖女も手に入れようという算段のようですね。それに反対しているのが、大公の息子、えっと、なんとか公子」

「ラスタ公子だ。なかなか人の名前を覚えない癖はどうにかしておきなさい」

 うぐっ……。

 い、良いんだもん。

 私の中では先生か、それ以外か、が分かればそれで。


「そ、そのラスタ公子は、セイレとの戦争を反対しているようです。で、戦争推進派である大公側には魔術師団が、戦争反対派であるラスタ公子側には、タスカさん達グレミア騎士団がついてる状態みたいですね。それ故に騎士団との行動には差があるし、お互いにお互いの行動を把握していなかったりもする。だからタスカさんは、5年前のあの誘拐事件に関しても知らなかったんです。それに関して、パントハイム領の森での戦いで私の言葉に疑問を持ったタスカさんは、自分で調べたようで5年前のことに関して謝罪を受けました」


 5年前の状況から自分で考え推理し、あの日の真実に行きついたタスカさん。

 その観察力と推理力、そしてあの場所で魔力の残骸を見ることができるほどの魔法の知識……。

 やっぱりタスカさんは只者じゃない。


「そうか……。知らなかった、で済ませるのは不服ではあるが、君が納得いっているのならば、私ももう何も言うまい」

 あの日のことを先生は無理に聞こうとしなかった。

 きっと調査の際には見たんだろうけれど、あえて触れてこなかったのは、きっと先生なりの優しさだろうと思う。


「と、これが今のグレミア公国の現状です。そしてここからが、私たちが話し合った今後のこと──。タスカさんにはセイレの姫君プリンシアが近く王位を継ぐことを大公に話してもらいます」

「!!」

「事前に情報を話しておいて、今度はセイレで国民への周知に移りますよね? そうすればその情報が本当であると考えるでしょう。今のタスカさん達騎士団は、作戦に関して蚊帳の外にされるほどに信頼されていません。その情報が本当だと分かった大公は、少なからずタスカさんを信頼すると思うんですよね。そうすれば騎士団へも情報が行きやすくなるでしょうし、あちら側の動向もわかりやすくなります。知り得た情報はすぐにこの伝達魔法のかかったコンパクトで知らせてくれることになっています」


 マントの内ポケットからタスカさんにもらったコンパクトを取り出し差し出すと、先生はそれを受け取ってまじまじと不思議そうに見た。

「確かに、なんらかの高度な魔法がかかっているようだが……信用できるのか?」

 さすが先生。

 見ただけで高度な魔法がかかってるってわかるなんて。

 やっぱりうちの先生はすごい。


「信用できます。だって、私を殺そうと思えばあの場で殺せたはずなのにそれをしなかった。敵地の中にいる私を、魔術師団や騎士団を呼んで取り囲むことだってできたはずなのに、魔力阻害までして私の魔力を隠してくれました。5年前のことも、自分で真実にたどり着いて謝罪まで……。罠にかけるには手間がかかりすぎています。タスカさんは信用できる。私はそう思います」


「そうか……いや待て。敵地の中にいる? 君は我が国の、パントハイム領の森で会談してきたはずだが……」


 あ、まずった。

 心配するからグレミア公国に連れて行かれたことは伏せておこうと思っていたのに。

 嘘がつけない私の性格がそれを邪魔する。

 そして下手に嘘をついてもすぐバレる。

 私の性格の馬鹿ぁぁぁ。


「えっと……す、すみません。約束の場所に着くなりに、グレミア公国に連れて行かれました」

「連れて行かれた!? あの男……やはりあの時葬ほうむっておけばよかったか……」

 先生が殺気立ってるぅぅぅっ!?

 このまま乗り込みそうな雰囲気……!!

 タスカさんが危ない……!!

「あ、あの、本当、何もないですから!! さっき言ったように、タスカさんが私の魔力が感知されないようにしてくれてましたし。と、とにかく、私は今回会談を行ってみて、タスカさんは信用に値すると判断しました」

 ここでタスカさんを亡き者にされたらせっかくの会談が無駄になる。

 先生、どうか大人の対応を……!!


「……分かった。では騎士団でその方向で話をしておこう」

 よかった……。

 タスカさんの命が繋がった。

 私がほっと胸を撫で下ろすと、先生の手がぽん、と私の頭に降ってきた。


「よくやった。これで戦争を回避できるかもしれん。それと……よく無事で戻ってきた。──おかえり」


「先生……はい。ただいま、です」


 頭上の温もりを感じながら、私はふにゃりと笑った。

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