第186話 母の兄


 応接室の扉を開くと、そこにはシード公爵、クリンテッド公爵、レイヴンにレオンティウス様、それにフォース学園長までが揃ってソファに座っていた。

何この錚々そうそうたるメンバー。


 先生に続いて入ってきた私に気づいて「よっ」「おはよ」と笑顔を向けてくれるレイヴンとレオンティウス様に僅かに緊張を解くと、私は先生と一緒に彼らが待つ奥へと進む。


「学園長、人の部屋を勝手に教えないでいただきたい」

 先生の低い声と鋭い眼差しがフォース学園長に向かう。


「ありゃ、よく僕だって気づいたね。仕方ないじゃないか、朝早くから二人揃ってヒメを訪ねてくるんだもん。相手するのも面倒だから、シリルのところにいるよって教えちゃった」

 悪びれることなく言い放つ学園長に、せっかく取れかけていた先生の眉間の皺がまた深く刻まれた。


 いや、教えちゃった、じゃないし。

 プライバシーとは何ぞ。


「あ、もしかして取り込み中だった? シリルってばやらし〜」

 ニマニマと笑みを浮かべながら揶揄からかうフォース学園長に、レイヴンとレオンティウス様が反応する。


「は!? お前まさか……!!」

「手出したの!? ちょ、父上!! どういうこと!?」


「私たちが入ったときには……彼女はネグリジェ姿でクロスフォード騎士団長のベッドの上に……!!」

「所詮彼も男だったということだ……」


 ちょっ、オヤジーズ!! 誤解!!

 いや確かに先生は男だった!!

 男だったけど私たちの間には何もないから!!


 隣からは先生の冷気と殺気が溢れ始め、「貴様ら……」とアイスブルーが鋭く男達を睨みつける。


 お、怒ってらっしゃる……!!


「誤解ですって!! 私が寝ぼけて先生の布団で寝ていただけで、先生とは何もないんですっ!! 私、指一本触れてませんし、先生を襲ってなんかいませんから!! 常に襲いたくなる自分と戦って今の所はちゃんと理性が勝利しているので!!」


 私の弁解に部屋がシーンと静まり返り、隣からの冷気が止んだ。


 ん? どうした? 皆。

 何でそんな可哀想な子を見るような目で私を見てるの?


「ゴホンッ。まぁ、揶揄うのは折り合えずこれくらいにして……、ヒメ、改めて紹介しよう。シード公爵とは会ったことがあるよね。その隣の彼がゼルディウス・クリンテッド公爵。君の母であるリーシャ王妃の兄上だよ」


 フォース学園長がクリンテッド公爵に目を向けると、公爵はソファから立ち上がって、私の方へと一歩ずつ近づく。


 プラチナブロンドのウェーブのかかった短髪を揺らして、彼は私の顔を覗き込んだ。

 そして、私の目をまっすぐに見つめてから、ふわりと優しく微笑んだ。


「あぁ……リーシャによく似てる……」

「っ……」


 サファイアの瞳にうっすらと浮かんだ涙。

 そしてそのまま、私はクリンテッド公爵に抱きしめられた。


「よく生きていてくれた……!! 姫君プリンシア……!!」


 その言葉に胸が熱くなる。

 私の本当の母のお兄さん。

 私の親をよく知った人。


 なぜ妹は死んだのにお前だけが生き残った?

 そう言われることも想像していた。

 言われた時、どうするかをぐるぐると考えながら、答えの出ぬままに不安を隠したままここまできた。


 でも今この人は、私が生きていることを心から喜んでくれている。

 想定外で、でも嬉しくて、私は戸惑いながらもクリンテッド公爵──叔父の背に手を回した。


「大体のことは息子やフォース学園長から聞きましたぞ。王と王妃、それにシルヴァの魔法が、あなたの命を救ったのですな」

 シード公爵が言うと、涙を拭いながらクリンテッド公爵が「あいつめ、そうやっていつも良いところを持っていくんだ……」と苦々しく言った。


「感動の再会も済んだことだし、少し、これからのことを話しておこうか」

 フォース学園長が言うと、場の雰囲気がピシリと締まり、私たちは彼に視線を向けた。


「まずヒメ。君はもうしばらく、ここで生徒として日々を楽しみなさい」

「へ?」


 いいの?

 私もう少し皆といても……。

 覚悟は決めていただけに告げられた言葉に拍子抜けしつつも、喜びが溢れ出る。


 フォース学園長は小さな腕を前に伸ばし手を組むと、前のめりになって続ける。


「とりあえず騎士団と元老院にのみ、姫君プリンシアが王位を継ぐことを公表する。その後全体への周知を行うよ。王と王妃についてはオフレコで、戴冠の日にヒメの口から語ってもらおうと思う。そのほうが事前の混乱は防げるからね。それと、君が姫君プリンシアであることは今は公表しない。君の安全のためにも。だからその間安心して、今まで通りここで学び、遊び、思い出を作っていってほしい」


 まだここで皆と過ごしていられる。

 こんなに嬉しいことはない。

 私はフォース学園長に感謝しながら、「わかりました」と短く返した。


「周知が進めば他国にも広がる。戴冠式は他国の王族も出席することになるしこの世界で1番力のある絶対的な存在のセイレ王家が出てくれば、もしかしたらグレミア公国や周辺諸国との今の危機的状況を打破できるかもしれない」


 グレミア公国──。

 そういえばタスカさんとの会談の話がまだ有耶無耶になったままだ。

 これに関しては、私が必ず行かなければならないし、むしろ行きたい。


「先生、以前タスカさんとの会談の話をしていましたよね? ……私、やっぱり二人で話がしたいです。お願いします!! タスカさんと二人で話させてください!! 私の力を……先生が育てた私の力を信じてください!!」


 私が真っ直ぐに先生を見つめて声を上げると、先生は真剣に私を見つめ返してから小さく頷いた。

「……わかった。奴には伝えておく」と渋々ながらに了承の意を示す先生。


「!! ありがとうございます!!」

 そう言って私は、勢いのままに先生に抱きついた。

「っ!! 離れろ馬鹿者」

 すぐにベリっと引き剥がされる私。

 それを見て「ヒメが姫君プリンシアだって知っても相変わらず容赦ないね、シリルは」と嬉しそうに笑う学園長に、先生は一瞬だけチラリと私を見てから、ぽつりと言葉をこぼした。


「当たり前だ。……これは──これだからな」

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