【Sideシリル(15歳)】とある公爵令息の嫉妬ー
今日はいろんなことがあった。
まず、ヒメがエリーゼに捕まった。
エリーゼは私の幼馴染で、ディオス伯爵家の令嬢だ。
彼女の双子の兄であるアレンと彼女が5歳の時二人の両親が事故で亡くなり、彼女たちの親の旧友でもある私の父が後見を務めることになったから、伯爵家ではあれど幼馴染として幼い頃からクロスフォード公爵家に出入りしていた。
私と同じく早くから魔力が開花して、聖女であると認定を受けていた彼女は、幼い頃から共にフォース学園長の元で修行してきた妹弟子でもある。
誰にでも分け隔てなく優しく接する、人懐こく皆の人気者ではあるが、甘やかされてきたせいか少しわがままで強引なところがあるし、人の本心を鑑みるよりも自分がこうだと思ったらこう、という、少し困った面もある。
だからあまり寄せ付けたくはなかったのに。
約束していた昼食にまで強引についてきて、二脚しかない椅子の一つを陣取って食べ始めてしまった。
どうにかしてヒメが来る前に彼女を追い返すか別のテーブルを探さねば……そう思っていた矢先、ヒメが現れてしまった。
ヒメは少し呆然としてから
「え、えっと、席もいっぱいですし、私はお部屋ででも食べますね!! お二人とも、ごゆっくり!!」
と言って持ち帰りの昼食を持ってその場から去っていってしまった。
「ヒメ!! エリーゼ、私は失礼する」
私は未だ席に居座り続ける幼馴染に一言断りをいれ席を立ったが、刹那、腕を捕まれ立ち止まらざるを得なくなった。
「シリルは可愛い幼馴染を置いていくの?」
何を言ってるんだこの女は。
チッ……こんな時に……!!
「私が約束したのはヒメだ」
そう短く言うと苛立ちを隠すこともせず、その勢いのままに乱暴に腕を振り払い、食堂を後にした。
エリーゼが何か言っていたようだが、知ったことじゃない。
廊下を進み、見覚えのある二人組に絡まれているヒメを見た時には、らしくなく頭に血がのぼった。
自身の感情に振り回されるなんて、初めてだ。
なんとかヒメと話をして二人で昼食を取り、授業を受け、夕食は色々あってレイヴン、レオンティウス、エリーゼ、アレンとも食事を共にした後、先ほどまで私は魔力制御の訓練を受けていた。
が……。今日はだめだ。
集中できない。
大体原因はわかる。
さっきのレイヴンたちの言葉のせいだ。
彼女に両手をに握られているという現実が、私から集中力を奪っていく。
なんて体たらくだ。
女性なんて人参か何かだったのに。
気のせいだ。
この気持ちは気のせいに決まっている。
彼らが変なことを言うから、フィルターがかかっているだけだ。
落ち着けシリル・クロスフォード。
よく見ろ。
彼女はただの──そう、変態だ。
「悪いか? 私は君のように異性慣れしているわけでもないし、あの日君に奪われた、く、口付けも君が初めてだ。慌てる私を見てさぞ小気味よかっただろうな」
と悪態をつくと、彼女はしばらくぽかんとした表情で私を見てから、少し頬をその瞳と同じ色に染めて
「あの……えっと、私も、初めてでした……よ?」
と小さく言葉にした。
どうやら彼女も初めてだったらしい。
なんだか申し訳ない気がしてくる。
女性は特に初めてを大切にするものだと昔レイヴンが言っていたのを思い出す。
責任をとって婚約をと思ったが、それは彼女自身に止められた。
それどころか
「私が言うのもなんですが、セカンドキスは大事に取っておいてくださいね、シリル君の思い人のために死守ですよ!!」
と言い放った。
思い人──。
もう何年も前に一度だけ会った、私の初恋の女の子を思い出す。
この世のどこを探しても、もう会うことのない女の子。
それから目の前でぼんやりと空を見上げる少女を見る。
丸く大きく輝く月を見つめながら少しだけ口角を上げる彼女は一体誰を思っているのだろう。
私がじっと彼女の横顔を見つめていると
「ん? どうしました?」
とヒメが視線だけこちらへよこす。
落ち着きかけていた熱が再浮上する。
くそっ。
「別に、なんでもない。それより明日の朝も迎えにいくから待っていろ。きちんと支度もしておくように」
私が言うと、なぜかヒメが幸せそうに笑った。
いつも笑っている印象の強い彼女だが、こんなにも幸せそうで愛おしそうな笑みは初めてかもしれない。
「どかしたのか?」
私がたずねると
「あ、いえ……。その言い方、私の先生と同じだなぁと思いまして」
と眉を下げてまた笑った。
先生──。
前に言っていた人のことか。
なぜかこの【先生】のことを聞くと、胸が苦しくなる。
「そう……か。まぁ……わかったならいい。いくぞ」
私はその話題を続けたくなくて、彼女に背を向けて歩き出した。
「あ!! 待ってくださいシリルくーん!!」
気づかなくていい。
その胸の苦しみの理由なんて──。
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