私と彼の1週間ー4日目ー歪められた歴史ー



「殺された?」

 予想もしていなかった言葉に私はそう言葉を絞り出すのがやっとだった。


「これから聞くことは王族である君には少し辛いものかもしれない。それでも聞くかい?」


 いつもとは違う。

 こちらを慮るような、真剣な学園長の表情に私はごくりと息をのむ。


 何があるのだろう。

 いつも飄々としているフォース学園長の様子から、それはあまりよろしくないことだとは察する。


 それを知って魔王は生まれたのよね?

 よっぽどのことがあったのかもしれない。

 もしかしたら聞かない方が精神衛生上いいのかもしれない。


 でも……それでも私は知らなければならない。

 王位を継ぐのならば。


「聞かせてください。私は、聞かなければならないから」


 逃げちゃダメだ。

 私が王位を継ぐのなら、強くならないといけない。

 身も心も。


 私の返事を聞くとフォース学園長は、私の目を真剣な表情のまましばらく見てから、穏やかに微笑んだ。


「分かった。でも決して同調してはいけないよ。君の中のものに持っていかれるから──」


 私の中のもの?

 首を傾げながらも心当たりを探ると、一つだけそれらしいものを見つけて眉を顰める。


「世界を作り上げ、人間を作ったすべての始まりである鬼神様は、人間と恋に落ちた。そして子を成し、それが王族となった。ここまでは知っている通りだ。君がその末裔というのもね」


 先ほどまで映っていたフォース学園長と魔王の立体映像が切り替わり、今度は綺麗な女性が映し出された。


 臀部までの長く美しいプラチナブロンドの髪に血のような深く赤い瞳。

 穏やかな表情で腕に抱えた赤子をじっと見ている。


 この女性が────鬼神様……?


 隣で一緒に微笑んでいる明るい金髪の青年が鬼神様が愛した人──なのかしら。

 二人とも愛おしそうに女性の腕の中の赤子を見つめている。

 とても……幸せそう。



「この男がすべての元凶でもある。鬼神様の夫となった男。とても綺麗な顔をしているだろう?」

 フォース学園長が同意を求めて、私は小さく頷く。


「はい。とても。まぁ、先生には負けますけどね」


 うん、これは当然。

 私が先生以外に目移りすることはないのだから仕方がない。

 そしてうちの先生は実際かっこいい。


「あはは!! 本当、君はブレないね。そういうところ、好きだよ」


 心底面白そうにお腹を抱えて笑うフォース学園長はひとしきり笑うと再びその映像へと目を移し、男をじろりと睨む。


「コレはねぇ、それはもうモテたんだよね。女王である鬼神様と結婚し、王配となったら特に」


 権力と自身の整った容姿、そして美しい妻。

 全てを手にした男性か……。


「そしてコレは自惚れた。コレはね、鬼神様以外の女性を何人も愛人として囲い、そのうちの一人を妻にしようと企んだんだ」

「は!? なんですかそれ、浮気じゃないですか!! しかも妻にって……鬼神様は!?」


 先ほどの幸せそうな二人とは似合わないあまりに衝撃な発言に、思わず口を挟んでしまった。


「そう……。そうだね。コレにとって鬼神様は、もはや邪魔な存在になってしまった」


 学園長が言った瞬間、立体映像がゆらりと揺らぎ、男性の姿がふっと消えた。


「鬼神様の寝所に火をつけたんだ。彼と、彼がそそのかした騎士達、そして彼の愛人たちが企ててね。炎の中、彼女は憎んだ。自分が生み出した人間という存在を……。そして愛した末に裏切った愚かな人間を。憎みながらも、まだ幼い子に守りを施して、彼女は命を落とした。自分を追い詰める夫や愛人、騎士達を道連れに──」



 立体映像の鬼神様はどこからともなく現れた燃え盛る炎に包まれ消えてしまった。

 残されたのは小さなプラチナブロンドの髪に赤い瞳の女の子ただ一人。

 きっとこれが、鬼神様に抱かれていた赤子の、少し成長した姿。


 なんて悲しいんだろう。

 愛していた人の裏切り。

 すべてを統べる王としての重圧と責任。


 さぞ人間を憎しみながら亡くなったことだろう。


「その後まだ幼い姫君はエルフの王に預けられ、代わりに当時宰相だった者が姫君が成人するその日までという【絶対契約】のもとで王となった。それから何年も、混沌とした世が続いた。天災は絶えず、作物も実らず……。人々は後悔した。鬼神様が世界を守る神であったことをようやく思い出したんだ。そして人々は年に一度、鬼神様に感謝と謝罪の祈りを捧げる祈りの日を作り、鬼神様の魂を鎮めようとした。同時に成人となった彼女の娘が即位したんだ。すると今までの天災が嘘のように無くなり、作物も実り、世界に再び安寧が訪れた」


 

 あの祈りの日にそんなルーツがあったなんて。



「でも人間は愚かでね。自分たちの過ちを忘れようとしたんだ。何年、何百年経つうちに、鬼神様は月へ帰ったという話になり、祈りの日は感謝のみを祈る日になった。と、まぁこれが鬼神様の真実だよ」



 歪められた悲しい歴史に、私は言葉をつむぐことができなかった。

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