私と彼の1週間ー4日目ー魔王ー
2人きりの昼食が終わってシリル君が午後の授業に行っている今、私はまたフォース学園長の部屋へとお邪魔していた。
私のやるべきことが見えてきた今、知っておくべきこともまた見えてきたからだ。
「で、何が聞きたいって?」
穏やかに微笑みながら、前のめりになってたずねるフォース学園長。
彼にはすでに色々とわかっていそうだ。
「魔王にについて。そして、セイレ王国の王と王妃の死について、聞きたいことがたくさんあります」
王と王妃については、少しだけ聞くのに勇気がいるけれど、私は知らなければならない。
私が、私のなすべきことを達成させるために。
「そう……魔王、だよねぇ。……逆に聞くけど、君はどこまで知ってるのかな? あいつの事」
どこまで……。
乙女ゲームではただ闇が広がって出現する闇の化身のような描かれ方で、フォース学園長ルートでのみ、魔王が彼の弟だったということが明かされる。
ただそこも深くは掘り下げられていなかったため、詳しくは不明だ。
久々に言おう。
クソゲーめ。
「正直、詳しくは知らないんです。ただ、私の知る物語では、フォース学園長の……その……弟だったって……」
言葉を選ぶこともできないまま私は彼にためらいながらも告げた。
すると学園長は、少しだけその濃い葉色の瞳を伏せてから「そうだね……」と肯定の意を示した。
「確かにあれは、元は僕の弟だよ」
そう断言した学園長は、想像していたものとは違いどこかすっきりとした表情をしていて、私は思わず呆気にとられてしまった。
もう少し引きずっているものだと思っていたからだ。
「あはは、びっくりした? たしかに弟があんなことになって思うところはあったけれど……、でも、もう千年以上も前の話だからね。思い悩むには長すぎる。そしてそれに囚われていては、僕はか弱き人の子達を導くことはできない」
千年以上。
時間が解決するものもあるとは言うけれど、千年もの時間は彼の心を癒すに足りるものだったんだろうか。
きっと長い間心を痛めていたであろうことは、想像に難くない。
もし私がジオルド君を失ったら──考えるだけでも苦しいもの。
そう考えて、兄弟という枠にセナではなくジオルド君がスッと出てきたことに、少しだけ喜びを感じる。
「あいつはね、優しすぎたんだ。優しすぎて、人の心に同調しすぎた。あの子はいつも人はなぜ争うのか、どうすれば争いは無くなり、人々は笑顔で暮らせるのかと考えているようなやつだった。そして、千年ちょっと前。世界的な戦争が起こったんだ」
机の上で両手を組んだフォース学園長のそれがぎゅっと握り込まれる。
「世界的な……戦争?」
「そう。流石に鬼神様の末裔である王族の住むセイレに攻め込むようなバカはいなかったけれど。結局戦争は、セイレ王家の介入により終結に至ったが……犠牲は多かった」
フォース学園長が右手を机の上にかざすと緑色の光が溢れて、そこに二人の男性が並ぶ立体映像が浮かび上がった。
一人はフォース学園長の大人の姿。
もう一人は彼によく似ている男性。
もしかしてこれが……魔王?
「僕の弟、顔はよく似てるけど性格は正反対だったんだ。僕はこの通り楽観的な傍観者タイプ。でもあいつは、全ての物事に真剣に向き合い、自分のことのように心を痛めてしまうタイプだった」
そう言ってその立体映像に触れるフォース学園長。
「あいつはね、戦争で亡くなった人々の魂を慰めるために、神殿に入ったんだ。そして彼は、そこで知ってしまった。鬼神様の真実を──」
学園長の声のトーンが少し低くなって、立体映像に向けられたままの目元はくしゃりと歪められた。
「鬼神様の……真実?」
「君は鬼神様についてはどこまで知ってるのかな?」
鬼神様について。
ゲームではそんなキャラいなったし、先生やジオルド君達にもあまり突っ込んだ話は聞いたことがない。
完全イレギュラーな存在だ。
「この世界の始まりで、人間を作った方で、王族の始まりの人でもあるんですよね? 確か、美しい満月の夜に吸い込まれるように月に帰って行ったって……」
そう、確か鬼神様のお話は、かぐや姫のような終わり方だったはずだ。
「……あぁ、そうだね。表向きはそういう話になっている。でもね、本当は違う。歴史は歪められ、書き換えられたんだよ。これは大賢者である僕と、歴代大司教、そして王と王妃にのみ明かされる真実だ」
限られた人にしか明かされることのない真実。
私の中の音がどんどん早く大きくなっていく。
そして彼は冷めたような視線をこちらに向けると、ゆっくりと口を開いた。
「……鬼神様はね──殺されたんだ……。愛するもの全ての裏切りによってね──」
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