私と彼の1週間ー4日目ー私が私としてー
「まぁお座り」
フォース学園長がソファへと視線移しながら、座るよう促す。
歴史を感じられる傷みを持った茶色い皮のソファにズンと沈むと、その瞬間目の前の机上に紅茶が現れる。
学園の意思、優秀か。
「ありがとうございます」
鼻腔をくすぐる紅茶の香りに誘われて、私は一口、出された紅茶を口に含んだ。
そういえばこっちに来てから学園長と二人になるのは初めてかもしれない。
シリル君とずっと一緒だったし、ゆっくり話す機会もなかったし。
「で、ヒメ。早速なんだけど、僕の推測が正しければ……君は未来から来たね?」
深緑の瞳が真正面から私を探るように見つめる。
これはごまかしは一切聞かないタイプの目だ。
きっとほぼ彼の中では確信に近い。
となればこれは確認だ。
さすがフォース学園長。
何も言わずしてわかってるのね。
「はい。未来のフォース学園長が、1週間旅に出ておいでって私をここへ」
「そのようだね、君にまとわりついていた魔力は、僕の力のようだったから。僕が意図的に力を使ったのかなって。ねぇ、何があったか話してくれる? あぁ、僕に話したところで未来は変わらないから安心して。もちろん君の言える範囲でいいよ」
楽しげに笑っているけれど、その瞳からは逃げられない圧のようなものを感じ私は「はい」と頷き、今までのことを話した。
私が異世界転移してきた時のこと。
私が運命を変えた人たちのこと。
そして私が姫君で、今、王位継承について悩んでいること。
エリーゼが亡くなることやこの先の未来、私の目的云々は伏せて。
真剣な表情でしばらく聞いてくれていたフォース学園長は、私が話し終わると少し考えた後にゆっくりと口を開いた。
「そっかぁ……。君は、たくさん頑張ってきたんだね」
言いながら立ち上がり、私の隣へと腰掛ける学園長。
そして彼はシュルシュルと緑色の光を放つと一瞬にして大人の姿へと変貌を遂げた。
「良い子良い子」
穏やかな深緑を向けながら、フォース学園長は大きくなったその手で私の頭をゆっくりと撫でた。
温かい感触が頭上でゆっくりと前後する。
「この転移は、君を守るためでもあるんだろうけれど、僕から君へのプレゼントなんだろうね」
子供の高めの声ではなく、低く落ち着きのある声で言葉を紡ぐフォース学園長。
「プレゼント?」
私が聞き返すと、彼は深く頷いた。
「そう。君が、心を鎮めてゆっくりと過ごすためのね」
心を鎮めて……。
そういえばそういえばここにきてから私ちゃんと食べることができてる。
ちゃんと眠れているし、ちゃんと息ができている──。
食べて笑って寝て……。
私──ちゃんと生きてる──。
「ねぇヒメ。王位継承云々はさ、そんなに深く考えなくても良いと思うよ。君一人が背負う必要もない。だからね、ここにいる間はゆっくりと楽しむことを考えなさい。君が君として、息ができること。それが1番だ」
「私が私として……」
「呼吸のためにシリルが必要なら、いつでも貸し出すからさ」
そう言っていたずらっぽく笑ったフォース学園長に、私の頬も自然と綻ぶ。
「学園長……」
「ん? なんだい?」
「シルヴァ様もつけてくださいね」
楽しそうに笑う学園長に、私も本気に近い冗談を交わすのだった。
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