【Sideシリル(15歳)】とある公爵令息の驚歎
朝食に行くために、昨日面倒を見ることになってしまった娘──ヒメの部屋を訪れる。
しかし、ノックをしても一向に出て来る気配がない。
生きてるのか?
少しだけ心配になってドアノブに手を伸ばしたその時──。
バンッ!!
勢いよくドアは開け放たれた。
「遅い!! ノックしてから何して……ってなんて格好してるんだ君は!! 服を着ないか!!」
中から出てきた彼女のあられも無い姿に、私はすぐに顔を背け、服を着るようにと声を荒げた。
何を考えているんだ彼女は!!
あんな格好で出てくるなんて。
淑女としてなってないんじゃないか!?
それとも彼女も、今まで私に手を出そうとした女性たちと同じなのか……?
──いや、ないな。
なんだかよくわからないがそれだけは断言できる。
こいつはただの考えなしなだけだ。
その後私は、幸せそうな顔で目の前のホットサンドを見たまま、時折ニヤニヤと不気味に笑う彼女を前に朝食を取る。
この阿呆面。
うん、絶対ない。
彼女が私を襲おうと目論んでいるなど、絶対にない。
悪い人間ではないのはわかるが、彼女は謎すぎる。
「──私は今日はずっと剣の訓練をする予定だが、君はどうする?」
そう聞いたのは、別に彼女といたかったとかではない。
フォース学園長の言葉に従っただけだ。
意外にも剣の心得が多少はあると言う彼女に興味が湧いて、一戦を願い出たその時──騎士団からの要請がきた。
この騎士も私を特別扱いする者の一人か。
子どもの、しかも学生の私に敬語などいらぬのに、私に気を使う。
騎士団長の息子で、筆頭公爵家の子息。
けれど、今の私は一人の生徒であり、準騎士から正騎士になったばかりの、学業優先にしている騎士だ。
要請に答えて戦いに行くことを伝えると、彼女はなんと自分もついていくと言い出した。
しかも戦闘経験があるだと?
あまりに真剣な表情に、私は彼女の動向を承諾して王都の森へと連れて行った。
だが彼女は瘴気のことを知らなかった。
それどころか闇堕ち
これだけ毎日のように被害者も出ていると言うのに。
ここしばらく王城圏の神殿にこもっていたからと言っていたが、多分嘘だ。
彼女は顔に出るタイプらしく、目が思い切り泳いでいる。
そうこうしている間にベアラビの太く大きな腕が私たちの間に打ち込まれる──!!
それを素早く避け体制を整えている様子から、戦闘経験があるという彼女の言葉に嘘がないと確信した。
「し、シリル君、他に騎士が見当たらないんですが!!」
やっぱりと言うかなんというか、騎士団の騎士は一人もいなかった。
彼女には他の森に行っていると言ったが、通常のベアラビよりも遥かに強い闇落ち魔物となったベアラビを、騎士──しかも学生騎士1人に任せるなど、ありえないことだ。
私の容姿や態度、力の大きさや立場について疎ましく思うものが一定数いる事は昔から知っているが……。
なんて幼稚な嫌がらせ。
あぁ、だから人は嫌なんだ。
とにかくどうにかして二人でこいつを倒さなければ。
私が頭の中で戦略を巡らせていると、目の前で光が弾けた。
は……?
聖魔法──。
ヒメは聖魔法を使えるのか?
うまく目眩しになったその間に、彼女はすぐに自身の身体に風魔法を纏わせ
「シリル君は左から!! 私は右からかかります!! ベアラビの弱点は頚部根本から肩に向けて指三本目の場所です!!」
と声をあげ地を蹴ると美しく弧を描いて宙へと舞い上がった。
風魔法まで!?
しかも弱点だと?
なぜこの少女がそれを?
「私を信じて!!」
そう言う彼女の言葉に、私は意味のわからないもどかしさを感じながらも言う通りにしたのは、彼女の目がとても真っ直ぐだったからか、振り上げた彼女の剣に炎魔法が付与されていたからか──。
私は人前で使わないようにしている風魔法を身体に纏わせ宙に飛び上がる。
そして自身の剣に氷魔法を施して、彼女の指示した場所へと思い切り振り下ろした──!!
「てやぁぁぁぁぁぁ!!」
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
──こんなにも早く、しかもこの人数で一撃で倒せるなんて……。
「なんで頚部を?」
私が聞くと「ここに核があるんですよ。急所ってやつですね」と端的に答えたヒメ。
核。
急所。
確か父上が仮説を立て、現在研究をしていると言っていた。
一部の人間しか知らない、しかも研究結果も出ていないと言うのに、なぜこの娘が?
「君はなぜそんなことを?」
そう尋ねると、彼女の表情があからさまに強張った。
全く──わかりやすい……。
「えっと……それは……」
目を泳がせながら考えを巡らせ、やがて彼女は立てた人差し指を口元へとつけると、こちらに向けてウインクしながらこう言った。
「秘密を持った私も魅力的でしょ?」
……。
このノリはなんなんだ。
最近の若者は皆こうなのか?
私がそういうのに疎いだけで。
いや多分違う。
彼女がきっと特殊なんだ。
私はそれ以上何も聞きはしなかった。
彼女にとって答えづらいものならば、無理に聞く必要はない。
学園へ帰る時にチラリと隣を歩く彼女を見ると、少しだけもの憂げな表情で何かを考えているようだった。
先ほどまでの彼女のテンションとのギャップに少し心配になったが、それは一瞬の杞憂だったようだ。
昼食でも夕食でも、食事に夢中になって人の話をきいていない。
かと思えばうっとりと私の顔を見つめ「尊い」など意味のわからない発言を繰り返す。
……やっぱりヒメは変な女性だ。
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