記憶のカケラ


『ヒメ』

『私たちのヒメ』


 私の名を呼ぶ女性の柔らかい声と、低く深い男性の声。

 いつもの夢の男女の声と同じもの。

 彼らの影が霧の中でぼんやりと浮かぶ。

『おかあさまぁ!! おとうさまぁ!!』

 子どもの声が父と母を呼んで、黒髪の女の子が駆けて二つの影にダイブした。


 あたたかい記憶のカケラ──。



 あぁ、今度はまた別の場面。



姫君プリンシアの目の色、うさぎみたいで可愛いね』

『わたし、うさぎじゃないもんっ。 れおんちうす様のいじわるっ』

『ふふっ。僕は好きだよ。姫君プリンシアの目の色』


 あぁ──……。

 これは──……。


 確かに知ってる。


 懐かしい記憶のカケラ──。



 また別の場面が投影される。


『僕が君の、騎士になってみせる。だから僕と、結婚してください!!』

『え、やだ』

 短く揃えられた銀髪に、アイスブルーの瞳。

 先生と同じ色を持つ幼い少年が、プロポーズ早々に黒髪の女の子に拒否された。


 その後に何か言っているようだけれど、まるでテレビの消音機能でも押されたかのように何も聞こえてこなくなった。


 大切なことを約束したはずなのに。

 それがなんだったか。

 何を言われたのか思い出せない。


 少しだけ胸が苦しくなるような記憶のカケラ──。



 ゴォォォォォ──!!


 「!?」

 どこからともなく現れた炎の渦。

 キラキラと輝いていたカケラ達が一瞬にして燃え盛る炎に包まれる。

 男女の叫び声とともに……。



「────ッ!!!!」

 

 意識の浮上とともに勢いよく起き上がると、そこは白いパーテーションで仕切られたベッドの上だった。

 

 見覚えのある場所。

 ここは──……。


「騎士団の医務室……」

 幾度となくここで騎士達の治療を手伝ったから、私にとってはとても馴染みのある場所だ。

 あまりいいことではないけれど。


「痛ッ……!!」

 頭の芯を握られているような重い痛みがはしり、私は片手で頭を押さえると痛みを紛らわせるようにグッと指に力を入れる。


 未だはっきりとしない意識をどうにかして整えようと、私は瞳を閉じた。


 目は覚めたのに、少女の父母の叫び声が耳にこびりついて離れない。


 あの夢は……私の……姫君プリンシアの記憶?


 言い逃れはできない。

 見られた──。

 そして、見てしまった──。


 赤い……血のような色の瞳を──……。



『姫君? そうねぇ……ものすごく可愛い子だったわね。黒髪に大きな赤い瞳。3歳のくせにもう大人のようなことを言い、国民のことを1番に考える、誰よりも王にふさわしくて、それでいてとても優しい子だったわ。……少し、ヒメに似てた』


『王家の女性のみ特別な力が受け継がれるんだ。──それが、歌で魔法を操る力──』


 呼吸がどんどん速くなる。

 

 一つ一つのピースがカチリカチリとはまっていく。

 逃れたいのに逃れられないパズルゲーム。


「や……いやぁぁぁぁぁぁっっ!!」


 私は両手で顔を覆うと、情けなくも声を上げた。

 信じられない。

 信じたくもない。


 じゃぁ私のお父さんとお母さんは?

 なんで私はあの世界にいたの?

 私の年齢は本当はいくつなの?

 10歳? 15歳? それとも20歳?


 私は────ナニ?


 震える手で私は自分の瞼に触れる。

 この目だ。

 この目が全てを無にする。

 早く戻れ。

 早く───……早く!!


 いやだ。

 何も知りたくない。


 そうだ。

 何も見なかった、何も聞かなかったことにして、いつもの私に……。



 ──いつもの──私……?


 いつもの私って……何?

 わからない。


 セナになりきれなかった私?

 エリーゼになれない私?


 それとも何も知らない姫君プリンシア



 先生────……


 私は──────……



 ──どれになればいいの?



 よろよろとベッドから抜け出し、ベッドサイドに立てかけてある愛刀を腰のホルダーにかけると、私はそのまま静かに医務室を後にした。

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