グローリアスの変態、再び


 夏の暑さも森の中では木々の恩恵によって幾分か和らぐ。

 

 この辺りはグレミア公国との国境ともあって、よく【オーク】が出没する場所だ。

 出没するということは当然討伐に何度も出かけているということで、今や私にとっては庭のようなもの。

 

 確か、もう少ししたところにパントモルツ伯爵家所有の小屋がひっそりと建っていたはず──。


「……あった……!!」

 

 目当ての古屋を見つけると、私は気配を消し、音を立てないように細心の注意を払いつつ、小屋へと近づき中の様子を窓の端から見る。


「あ、あれ?」

 けれど窓から見た内部には誰もいない。

 ガランとしていて、少し埃っぽい机が隅の方にあるだけだ。


 でも微かに感じる。

 これは……。

 この暖かい魔力は────クレアの魔力だ。


 初日の魔法授業の時に私の体に流れたものと同じ、クレアの聖属性の魔力だ。


 ということは、窓には隠匿魔法が使われているってことね。


「仕方ないですねぇ」

 考えていても時間がもったいない。


 ドンッ──!!


 正面から乗り込むことにした私は、小屋の扉を足で思い切り蹴り開けた。


「誰だ!!」

「ヒメ!!」

 

 おぉ、ビンゴ!!

 そこには一纏めにして縛られたクレアとセレーネさんを、セイレのものではない騎士服のような姿の男たちが取り囲んでいた。


 臙脂えんじ色の騎士服。

 確か、グレミア公国の騎士団がそんな色だったような……。


「パントモルツの娘!! 貴様、まさかすでに助けを!?」


 なるほど。

 脅迫状を書かされたという線は無くなったか。

 ということはセレーネさんが先走って私に先に脅迫状を出した後、雇うはずだったグレミア公国の人たちに逆に捕まってしまった、ってことか。


 …………馬鹿だな。


 責任感が強くて行動力のあるヒロイン気質のクレアのことだ。

 何かに気づいて、セレーネさんを追ってきて捕まったんだろう。


「クレア、王子様が来ましたよ〜」

 

 私はふにゃりとクレアに笑顔を向けると、風魔法を自身の体に纏わせる。

 そして姿勢を低くして思い切り床を蹴り踏み込んだ……!!



 タタタタタタタタッッ──ッ!!


「なっ!?」

「速い!!」


 男たちの間を縫うように駆け抜け、囲まれているクレア達の元へ辿り着くと、私は彼女達に素早く風魔法をかける。

 これで重力なんぞ敵じゃない。


 二人を風魔法で僅かに宙に浮かせ、私は二人を拘束しているロープをぐっと左手で握り「二人ともちょっと口閉じててくださいね!!」と言うと、小屋の外へと再び駆け抜けた。


「キャァァァ!! な、なんですのぉぉ!? いきゃっ!!」

 だから言わんこっちゃない。

 注意したにもかかわらず叫んでいたセレーネさんは舌を噛んだようだ。


 風魔法のおかげで重力を感じることなくスムーズに小屋から脱出することに成功した私は、ドサッと二人を地に下ろす。


「ありがとう、ヒメ」

「王子様がお姫様を助けるのは当然ですよ。ちょっと動かないでくださいね」

 

 私はクレアににっこりと笑ってそう言うと、ジュッ……とロープを炎魔法で燃やし、拘束を解いた。

 同時に二人に向けて防御魔法をかけたうえ、正方形の防御壁を作り出しその中に彼女たちを閉じ込めた。


「ちょっとだけ、待っていてください」

 

 私がそう言うと「ちょっと!! せっかく脱出できましたのに!! 逃げますわよ!! ここから出しなさい!!」とセレーネさんがキャンキャンと吠える。


 防御壁の中なら、二人を先に逃すよりもはるかに安全だ。

 私は、彼らをなんとかしなければ。


「うっせぇですよ、セレーネさん。少し黙っていてください。……クレア、すみません。もう少しお付き合いくださいね」


 私が低くそう言うと、セレーネさんは怯んだように肩を震わせて黙り、クレアは「気をつけて」と小さく頷いた。


「小娘如きが!!」

 小屋からぞろぞろと出てきた男たちを見ると、男の一人が私の顔を見てはっとして声を上げた。

「待て!! こいつ……黒髪にローズクォーツの瞳……!! 注意ランクSの女学生だ!!」


 なんだそのランク。

 よくわからないけれど、もしかして私、有名人!?


「私のことをご存知で?」


「我らの【オーク】や【魔術師】が次々に貴様によって倒されているのだ。知らぬはずはない!! 剣帝けんていレオンティウス・クリンテッド。金色こんじきの魔術師レイヴン・シード。氷銀ひぎんのシリル・クロスフォードに並んで要注意とされる謎の女学生……!!」



 シリル・クロスフォードに並んで……!?

 カップル認定ですか!?


「謎の存在すぎて、得られた情報は“黒髪にローズクォーツの瞳の女学生”であること、そして通り名は【グローリアスの変態】であるという奇妙な情報だけだったが……」


 いやあぁぁぁ!!

 他国にまでその異名が知られてるとか何のいじめ!?


「まぁいい。もうすぐ魔術師たちも到着する。この人数では君に勝ち目はない」


 勝ち誇ったように笑うグレミア公国の騎士に、私はニッと不敵に笑顔を返す。



「私が勝ったら、そのあだ名、訂正してもらいますからね?」



 そう言うと私は、ゆっくりと腰に下げた鞘から愛刀を引き抜いた──。

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