描く未来



 夏休みもあと一週間で終わる。

 もうすぐこの静かなグローリアス学園も、生徒達の声でいっぱいになる。

 そうなれば、ただでさえ少なくなっている先生との時間がまた減ってしまう……!!


 今年は騎士団の魔物討伐などで忙しいため、パーティーの後すぐに学園へと戻った私たち。


 相変わらず先生は騎士団のお仕事が忙しそうだ。

 それでも学園の仕事がない分は、私の魔法修行を日中も見てくれている先生。


 今日もこうして聖域の、すっかりと葉桜に変わった桜の木の下で、私は闇魔法と聖魔法の修行を先生に見てもらっている。


「はぁっ!!」

 私が集中して一気に魔力を放出させると、黄金の光が私と先生、そして聖域全体を包み込んだ。

 これは聖魔法の中でも最高レベルの魔法、複数標的・広範囲での保護魔法だ。


 先生は自身の黒い手袋に覆われた手を見つめてから、納得したように頷くと「よく保護できている」と一言告げた。

 複数標的・広範囲の保護魔法、成功したみたいだ。


「もう私が教えることはなさそうだな」

 先生がそう言って、そばに置いていた水筒を拾って私に差し出す。

「え!? 先生との修行がなくなるなんて、私に死ねと言うんですかぁぁッ!!」

 ベシンッ!!

「あうっ」

 飛んでくる教科書ハリセン。

 あぁ、久しぶりの先生の教科書ハリセン……!!

 幸せ。


「うるさい落ち着け、剣技の修行があるだろう」

「ぁ……」

 言われてそのことを思い出しながら、私はまだ先生と修行ができることに安堵した。

 差し出された水筒を受け取り、気の根元に腰掛け、一気に流し込む。

「ぷはぁぁぁっ」

 暑い中で集中し、カラッカラになった口の中が潤っていく。

「……年頃の娘がそんな飲み方をするものではない」

 相変わらず先生は少し過保護な父親のようだ。


「……カンザキ」

 不意に先生から呼ばれて、私は隣で木に寄りかかって立つ彼を見上げる。


「君は卒業後、何をするつもりだ?」

 問いかけられた唐突な問いかけに、私の思考の流れが途切れる。

「え? ……あぁ……えぇと……。……何も考えてませんでした」

 自分の卒業後の未来なんて、想像もしていなかった。


 エリーゼをよみがえらせて、ついでにエリーゼにアレンに寄生した魔王を封印してもらって、先生を幸せに導いたらハッピーエンドかなぁ、ぐらいにしか。

 そしてイレギュラーな私は、卒業後にそっとこの国を去ってどこかで生きていこう、というアバウトな将来。


 でも、そうか。

 このグローリアス学園は2年制。

 今から将来を見据えている人も多いんだよね。


「なら、教師になることも一つの選択肢にしてはどうだ?」

「教……師?」

 グローリアス学園の先生に?

 それは考えもしていなかった。


「最初は私の助手として、だがな」

「先生の助手!! 先生を近くで見放題!! うはぁぁぁっ幸せ!!」

「気持ちの悪い笑い方をするな」

 ベシンッ!!

「あうっ」

 もう一度私の後頭部に教科書ハリセンが炸裂する。



 いや仕方ないよ!!

 だって、そんな未来、素敵すぎるもの!!

 私が先生の助手になって、一緒に授業をする……。

 先生のうなじ見放題!!

 あわよくば魔力放出のお手本で先生の手をにぎにぎし放題!!

 ……最高か……!!


「ッ……悪寒が……。まぁいい。選択肢の一つとして、頭の片隅に置いておきなさい」

「はい!! 前向きに検討させていただきます!!」

 うん、夢を見るのはタダだ。


「ふぅ……」と軽く息をつきながら私の隣に腰を下ろし目を閉じる先生を、私は横目でチラリと見る。


 わぁ……。

 やっぱり先生、まつ毛長っ。

 何この色気。

 レオンティウス様もびっくりだよ。


 先生が目を開ける気配がないのを良いことに私は少しだけ近づいて、じっくりと先生を観察することにした。


 良いんですか先生!?

 目をつむっていて良いんですか!?

 そんな無防備だと……私……私……!!

 白い首筋に吸い付いてその黒づくめのマントと服を剥ぎ取って先生の大事なもの奪っちゃいますよ!?

 良いんですかせんせぇぇぇぇっ!!!!!



「……見過ぎだ変態」


 はっ!!

 先生の言葉で戻ってきた一欠片の理性。

 気づいてたのか、この邪な視線に。

「は、はははは、気のせいですよぅ、先生」

 ……危なかった。


 それにしても……。


「お疲れですね、先生」

「別に大したことではない」


 嘘だ。

 本当なら修行の時間も休んで欲しいくらい働いている先生は、一度引き受けたのだからと頑なにその役目を放棄しようとしない。

 生真面目で面倒見の良い彼らしいけれど、少しだけ心配になることもある。


「明日はグレミア公国との定期会談でしたっけ?」

「あぁ。君は、聖女と訓練だったか」

「はい!! フォース学園長に許可をもらって、私がクレアに聖魔法を教えることになっています」


「そうか。学ぶ意欲があるのは良いことだ。しっかりやりなさい」

「はい!!」


 私はふにゃりと笑って、また先生を見上げた。


 明日、私の存在に関わる大事件が起きることなど、知りもせずに──。

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