桜の木の下で


「……」

「……」


 気まずい!!


「えっと……行きましょうか、先生」

 私は意を決して聖域へと誘うけれど、先生は眉間に皺を寄せ

「あの人の言葉を律儀に守る必要はない。疲れただろう。部屋に戻って休め」と言った。


 私のことを思ってのことなんだろうけれど、ここで引くわけにはいかない。

 フォース学園長が言っていたから、なんていうのは建前だ。

 5年目である今、来年私たちがどうなっているかもわからない。

 来年の今頃は、もう先生の隣には私ではなく彼女エリーゼがいるかもしれないから。


 これがきっと、カナレア祭に便乗する最後のチャンス。


「私が、先生と行きたいんです」

 私は先生から目を逸らすことなく、じっと見つめる。

 先生の眉間の渓谷が深くなって、しばらくして「……わかった。行こう──」とため息混じりに答えた。


「!! ありがとうございます!!」

 繋がった、想いを伝えるチャンス。


 そうして私たちは二人並んで、慣れ親しんだ聖域へと向かった。



────



 風にそよぐ木々のざわめきが耳に心地良い。

 湖の水面は穏やかに揺れ、そこらかしこに存在する水晶に木漏れ日が反射してキラキラと光が舞い、地に咲き乱れるセレニアを照らす。


「セレニアの花が今年も綺麗ですね」

「あぁ。これは、全てセイレの姫が種をまいたものだ。結局彼女自身は、咲いているところを見ることなく逝ってしまったが──……」


 寂しげに揺れるアイスブルーの瞳に、胸が締め付けられる。

 私と同じ歌で魔法を操る力を持ちながらも、早くに亡くなってしまったお姫様。


「まぁ、姫君プリンシアのことはいい。ここに私を連れてきたのは、何か理由があったのではないのか?」

「はっ!! そうでした!!」


 せっかくの私にとって最後のカナレア祭。

 知らないお姫様に気を取られている場合じゃない。


「先生、カナレア祭の最終日のイベントをご存知ですか?」

「あぁ……。花を送るというあれか? 報告書で読んだ」


 そっちの方面に疎い先生でもさすがに自領のことは知っているようで安堵する。


「はい」

 私は短く返事を返してから、一度深く深呼吸して続ける。



「先生……。私の1番大切な人は──シリル・クロスフォード先生、あなたです」



「っ……」


 先生の息を飲む音が聞こえる。

 私は先生をじっと真正面から見上げてから続ける。


「でも、この国には私が先生にあげたいお花がなくて、身につけることもできません……」

 未だ難しい顔をしながらも私から目を逸らすことなく話を聞いてくれる先生に、思わず頬が緩む。


「だから、ここに作ることにしました」


「────は?」


 先生の間の抜けた声が静かな聖域にぽつんと響いた。


「先生、見ていてください。……私が持つ花を、唯一の大切な貴方に──……」


 そう言って私は地面に手のひらを押し当て、一気に魔力を流し込んだ。


 ゴポゴポゴポ──!!


 光とともに地面が波打ち盛り上がると、そこからぐんぐんと細い枝のようなものが伸び始める。


 シュルシュルシュル──!!


 それは段々と太さを増し、ついには聖域の他の木々に負けないくらいの高さへと成長した。



「なんだ、これは!?」

「まだまだですっ!!」


 すっかり太く立派に育った木の幹から大中小さまざまな枝が分かれ、そこに薄桃色の蕾が実る。

 枝全体に実った蕾は、やがて一斉に花開き、私たち二人の頭上は瞬く間にピンク色に染まった──……。



「!! これは──……!!」

「これが、満開の桜です……!!」



 大きく横に広がった枝に、薄紅色の桜の花が咲き誇る。


 薄く小さな花びらが風に揺られてひらりはらりと舞い踊り、セレニアの真っ白い絨毯を薄紅色に染め上げていく。


「美しいな……」


 アイスブルーの瞳に、流れるように桜の花びらが映りこむ。

 まるで私の瞳と重なり合うかのようで、私は目が離せなくなった。


 しばらく桜に見入っていた先生が、私の視線に気づき、視線が交わる。


「君の瞳の色でいっぱいだ」

 そう言って先生は、柔らかく笑った──。


 ドクン──ドクン──……


 大きく高鳴る鼓動。

 熱を帯びる頬。


 そして私は、あの日から言えなくなっていた言葉を紡いだ。




「先生。私は……貴方のことが……。──シリル・クロスフォード先生のことが大好きです」




「!!」



 先生の瞳が大きく見開かれる。

 私からの【好き】なんて、言われ慣れているはずなのに。

 おかしな反応。

 それはきっと、私の真意が伝わってるからこそだと思うと、少し嬉しくなる。

 

 だけど──……。


「答えはいらないので、気にしないでください」


 だって、わかっているから。


「ただ──最後かもしれないから……伝えておきたかったんです──」


 滲みそうになる涙をグッと押し込め、私はいつものようにふにゃりと笑った。



挿絵↓

https://kakuyomu.jp/users/kagehana126/news/16817139557799503641

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