気まずい朝と懐かしの味



「あ……」

「……」


 朝起きて一階の食堂へと降りていくと、先生が席についてコーヒーを啜っている姿が目に入る。

 そしてすぐに彼と目が合うと、私たちは二人して視線を逸らすことなくフリーズした。


 私の脳裏に昨夜の露天風呂での出来事がよみがえる。


 先生の白い鎖骨。

 引き締まった胸板。

 素肌の感触。


 先生に抱きついてしまった自分を思い出して、湯気が出そうなほど顔に熱を持つ。


 ほぼ裸の状態で……私ったら何を……!!



 昨夜泊まっている自分の部屋に戻ってから、私はしばらく眠ることができなかった。

 話をしているときは意識などしていなかったのに、後から思い出すとダメージが大きい。

 目を閉じるとレオンティウス様の比ではないほどの先生の色気がよみがえって、結局限界が来て倒れるように眠るまではベッドの上でゴロゴロと左右に転がり続けていた。


 私は意を決して、気まずさを押し込めながら先生に向きなおり「お、おはようございます」とぎこちない笑顔で挨拶する。

「あぁ……おはよう」

 先生の頬も心なしかいつもよりも血色がいい。


「食事が済んだら、帰ってフォース学園長に報告書を提出する」

 先生はそう言うとまたコーヒーを口に含んだ。


「は、はい!! 了解しました!!」

 返事を返してから先生の目の前の椅子に座ると、すぐに【たくあん大盛り亭】の奥様が私の目の前に出来立ての朝食を届けてくれた。


 ほかほかツヤツヤの白いご飯と、3切れの卵焼き、小鉢に黄色いたくあんが大盛りで盛られている。

 そしてお椀には熱々のお味噌汁。

 日本食だ……!!


 この世界にご飯があるのは知っていたけれど、ご飯・たくあん・卵焼き・味噌汁揃って食べるのはこちらでは初めてだ。


「奥様!! このメニュー、誰が考えたんですか!?」

 思わず私は宿の奥様を呼び止めた。


「メニューかい? このメニューはねぇ、もう数十年前になるか……先代がこの宿を始める時に、当時旅をしていた前王陛下に考えてもらったんだよ。この宿の名前もね」

 また前王陛下。

 以前も孤児院の話で出てきた方だ。


「前王陛下は食べ物の研究をされていてね、このセイレにたくさんの新しい食べ物や食べ方を広めてくださったすごい方だったそうだよ。この村にもよく訪れていたらしい。まぁ、王女殿下と結婚されて、王配になるはずが身体の弱かった王女殿下に代わって王になってからは、忙しくてなかなかこの村にも来ることができなかったみたいだけれどね」

 そう言うと他のお客さんに呼ばれた奥様は私たちに「ごゆっくりね」と言ってからパタパタと歩いていった。


 前王陛下。

 日本食。

 孤児院。

 まさか前王陛下も転移してきた、私と同じ世界の人間?

 その推測が頭の中をめぐる。


「カンザキ?」

 私の思考を浮上させたのは低く落ち着いた先生の声。

「あ……すみません、つい。いただきます」

 と手を合わせると、私は懐かしい味を口の中へと誘った。


 互いに互いの出方を伺うように度々視線を移しながらも、静かに黙々と食事に励んだ。



 カチャン──


 カトラリーをそっと皿の上に置いて「ごちそうさまでした」と手を合わせると、こちらを見ていたらしい先生のアイスブルーの瞳と視線が交わる。

 うちの先生は今日もかっこいい……。

 そしてまた顔面に熱がこもり始める。


「お、お待たせしました!! い、いきましょうか、先生!!」

「……あぁ……」

 ぎこちない笑顔を向けてから、私たちは【たくあん大盛り亭】を後にした。



────



 宿を出て歩き出すと、そこらかしこでカップルらしき二人組が自身の身につける花を贈り合っている場面を頻繁に目にする。


 大切な人に自分が身につけている花を渡すという、カナレア祭最終日のあの一大イベント!!


 村に飾り付けられた花々に見守られながら幸せそうに微笑み合うカップル達が少しだけ羨ましくて、不躾にも思わず見入ってしまう。

「はぁ……カンザキ」

 やばい、見すぎた。

 ため息をついて呆れながら私を呼ぶ先生は、すでに私の数歩先にいた。


「す、すみません!! 今行きます!!」

「…………いや、待て。君は先にフォース学園長のもとへ行っていなさい。私は一つ、書類を受け取り忘れていたので、受け取ってからすぐに行く」


 完璧超人の先生が忘れるなんて珍しい。

 やっぱり先生も疲れていたんだろうか。


「あ、はい!! わかりました!! じゃぁ、先に転移して行きますね!!」


 私はそう返すと、転移魔法で一人、グローリアス学園へと転移した──。

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