【SIDEシリル】とある騎士団長兼教師の水難ー5年目のカナレア祭ー
「この時間は予約が入っていないので、よかったら視察がてら──」
と、宿屋の店主に進められた森の中にある【露天風呂】なるものにゆっくりと浸かる。
これはカンザキの世界の風呂らしく、彼女が水脈を辿って土魔法で掘り上げ、ここに作ったものだ。
風呂の周りは石畳で綺麗に整備され、背の高い木の柵で囲まれている。
こちらからは星空が見えてるが、外からは魔法天井で覆われていて、こちらを見ることも入ることもできないようになっている。
今や密かなコルト村の名物にもなっていた。
予約制で時間により区切られたこの空間だが、彼女の世界では不特定多数の人間と共に入ったり、男女合同で入ったりするものもあるらしい。
他人とともに風呂に入るなど……私には到底理解できん。
シード公爵家と聖女の要請によりきてはみたものの、おそらくこれはあの二人の生徒の企みだろう。
まぁ、私が行うはずだった仕事は現在フォース学園長が担ってくださっているし、一度祭りの様子を確認したかったから、問題はないのだが──。
「ふぅ……」
温かい湯に思わず息がこぼれる。
こんなにゆったりとするのはいつぶりだろうか?
ここのところは忙しく、同じ部屋に住んでいると言うのに、彼女とも修行か授業の際にしか会うこともなかった。
久しぶりに彼女と過ごすなんでもない時間に、少しだけ心落ち着いたのはあの小娘には絶対に言わない。
見上げれば満点の星が光り輝く。
「良い空だ──……」
「えぇ。本当にそうですねぇ──……」
何気なく呟いたその言葉に対して返され響く女性の声。
……女性の……声!?
驚き声のする方を咄嗟に見ると、私しかいるはずのない空間に白く華奢な女性の背中が──……。
私の脳裏に、昔私を襲ってきた女性達の記憶が蘇る。
「っ!! 誰だ!!」
肩を掴みこちらに向ける。
すると──
「きゃっ!! へ? せ、先生?」
「っ!! ……カン……ザキ……?」
先ほどまで思い浮かべていた少女──ヒメ・カンザキが、驚いた表情でこちらを見る。
黒髪をアップにしてまとめ上げている分、いつもと違う雰囲気に戸惑う。
タオルを巻いているものの、あまり見ないようにと、私はすぐに視線を逸らした。
「な、なな、なんで先生が……」
「それはこっちのセリフだ。店主はこの時間は予約がないから、と言っていたが?」
私の記憶が間違っているのだろうかと、記憶を辿ってみるが、やはり何度思い出してみても、間違っているわけではなさそうだ。
「わ、私も、宿の奥様にそう聞いて──……」
奥様?
「あぁ、そういうことか……」
おそらく主人と奥方の認識にずれがあったのだろう。
情報共有がうまくなされていなかったが故に起きた、ということか。
「わ、私、出直しますね!!」
そう言ってザバッと立ち上がるカンザキを「ま、待て──!!」と慌てて手を引いて止めた刹那──……。
「ふぁっ!?」
「!!」
ザッバーーーン──!!
強く手を引いたせいでバランスを崩し、私の方へと倒れ込んできたカンザキと共に、私は後ろへと尻餅をつく形で倒れた。
「っ──!!」
至近距離に、大きく開いた桜色の瞳。
転んだ衝撃で解け、濡れた肌にしっとりとまとわりつく黒髪。
私の首には咄嗟に回されたであろう白い腕が、彼女の呼吸と連動して上下する。
私はふと右手に今まで感じたことのない柔らかな感触に気づき、視線を下げると──。
「なっ……!?」
私の手がつかんんでいるのは、タオルで包まれた彼女の胸部だった──。
「す、すまない!!」
私はすぐに手を退け謝罪の言葉を口にする。
嫁入り前の娘になんということを……!!
だがカンザキは、未だ惚けた顔のまま私をじっと見つめている。
胸を掴まれたことにも、私の首に腕を絡めていことにも気づいていないようだ。
「カンザキ? おい、カンザキ!! ────ヒメ!!」
反応のない彼女の肩を掴んで、思わず彼女の名前を呼ぶ。
「!! ぁ、先生? はっ!! ふあぁぁぁ!?」
至近距離で見る私に気づいたカンザキは、勢いよく後方へと飛び退こうとする。
「落ち着け馬鹿娘!!」
私は彼女がまた倒れないよう、飛び退く彼女の肩を掴んでしっかりと支える。
私たちの動きに合わせて湯が大きく波打ち、余計にバランスを崩しそうになるが、私は彼女を支えたまま波が鎮まるのを待った。
側から見れば抱き寄せているようなこの体勢に、彼女を意識しないように波がおさまるまでの間ひたすらレイヴンやレオンティウスの顔を思い浮かべる。
ようやく波がおさまると、私はすぐに彼女を解放して「怪我は?」と聞いた。
「あ、はい、無いです」
「そうか。……なら、きちんと温まってから出ることだ──」
自分でも口から出た言葉に内心驚きながら、私は続ける。
「──君の世界では、男女合同の風呂もあるのだろう?」
そうだ。
そう思えば何も恥ずかしいものではない。
湯冷めして風邪を引くよりは良いはずだ。
そう自分に言い聞かせる。
「は、はい。じゃぁ……お邪魔します」
視線を彷徨わせながら大人しく湯に沈む彼女を確認すると、私は再び彼女に背を向けた。
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