5年目のカナレア祭ー愛の力ー


 ここのところ忙しくてなかなか来ることができなかった神殿への訪問に、神官たちが「ようこそ」と笑顔で出迎えてくれる。


「孤児院に変わりはないか?」

 先生がたずねると、年配の男性神官が資料を渡しながら口を開く。

「はい。皆健やかに育っていますし、公爵様やヒメさんのサポートのおかげでスムーズに自立できるようになって、皆喜んでいますよ」

「彼女の提案のおかげだ。それと、提携先の店からの評価も良いようだし、子供達の努力の成果でもあるだろう」

 

 パラパラと渡された資料に目を通しながら、先生が頷き、それを私へと送る。

 私は渡されたものをじっと見つめる。

 聞いてはいたけれど、それなりの成果が出ているようでホッと安堵する。

 こうして資料で見ると、その変化もわかりやすい。


 私一人ではこんなふうにはできなかった。

 先生が私の意見をしっかりと聞いて、孤児院と各業者にパイプを作って繋げてくれたからこそだ。


「先生、ありがとうございました」

「礼を言うのは私の方だろう」

「いいえ。10歳の幼女の突拍子もない発想を信じて、行動してくれた先生のおかげです」

 私がふにゃりと笑って先生を見上げると、先生は少しだけ表情を緩めて私を見つめ返した。


「10歳? 君は最初から大人だと言い張っていたような気がするのは、私の記憶違いだったか?」

「こう言う時だけそれを持ち出さないでくださいっ」



────


「──こうして王子様のキスで目覚めた眠り姫は、王子様と末長く幸せに暮らしましたとさ──めでたしめでたし」


 私の両手の下でお辞儀をする2体の人形。

 ──眠い姫と王子様だ。


「わぁぁ」

「すてきだった!!」

「ヒメちゃん、ありがとう!!」

 子どもたちが手を叩いて声をあげる。


「どういたしまして、です」

 恒例となったこの変身魔法と浮遊魔法による人形劇。

 毎回大好評で、私のレパートリーもそろそろ底を尽きそうだ。


「さて、皆、そろそろ午後のお勉強の時間のようですよ。いってらっしゃい」

 庭の出入り口で微笑ましそうにこちらを見ている神官を見て私は子ども達を促す。

「はーい」と返事をしながら、子どもたちは神官のもとへ駆けていく。


「また来てね」

「次は犬が出てくるお話ね」

 去り際も声をかけてくれる子ども達一人ひとりに言葉を返し、ようやく賑やかだった庭園は静けさを取り戻した。


 私は「ふぅ」と息をついて、大きな木のローテーブルに突っ伏した。

 流石に喋りっぱなしの魔法使いっぱなしは疲れる。

 私がテーブルの冷たさでクールダウンしていると「ご苦労だったな」と言いながら先生が水の入ったコップをそばに置いてくれた。


「わぁ、ありがとうございます」

 私はそれを受け取ると、一気に口内に流し込む。

 ひんやりと冷えた水が、使い続けて熱を帯びた喉にゆっくりと染み渡る。


「ぷはぁっ。生き返りました!」

 私がコップを机に置くと、先生は私の隣に腰掛け、机の上のお姫様を手に取った。

 先生は私が孤児院を訪ねる際、必ず同行して一緒に視察を行なっている。

 そして子ども達と一緒に私の人形劇を鑑賞しているのだけれど、いつも真剣な表情で子ども達に混ざって人形劇を見ている先生はなんだかとってもシュールだ。


「やたら口付けでよみがえる意味がわからん」

「はい?」

 突如として先生から放たれた言葉に、私は思わず聞き返す。

「王子達は、口内に解毒薬でも含ませているのか?」

 いつもの無表情で夢のない発言をする先生に、私は思わず苦笑いする。

「そこはまぁ【愛の力】ですよ」

 経験上、わからないものはとりあえず【愛の力】と答えていれば大抵のことはなんとかなる。


「なんだその根拠のない頼りない力は」

 いやいや現在進行形で【愛の力】を示している代表格が何言ってんだ。

 【愛の力】がなければ先生だってこんなに大変な思いをしてエリーゼを蘇らせようとは思わないだろう。

 私はなんだか釈然としない思いに、じとっと先生を見つめる。


「その目はなんだ?」

「先生、自分の胸に手を当てて自分で考えてください。【愛の力】について」

 私が言うと先生は眉間に皺を寄せながら首を傾げる。

 くっ……かわいいな!!


 私は【眠り姫】の後に用意していた【人魚姫】の人形を手に取ると、先生の視線がそれを追う。

「セイレーン? いや、翼がないということは違うのか。それも口付けで目覚めるのではあるまいな?」

 この世界ではセイレーンは伝説上の神聖な存在として崇められていて、このセイレの国旗にもモチーフとして描かれるほど有名なものらしいけれど、人魚という生物は伝説上も存在しない。


「あぁ、これは──」

「おや、ここに居られましたか」

 私の言葉を深く穏やかな声が遮る。


「──大司教様」


 白く長い髭を指で撫でながら現れた大司教ガレア様に、私は立ち上がってカーテシーをする。

「お久しぶりです、ガレア様」

「お久しぶりですな、ヒメ様。うちの孫が学園でお世話になっておりますじゃ」

 ガレア様は私を呼ぶ時なぜか【様】をつける。

 付けないように言っても【癖だから】とやんわりと断られている。


「大司教、あなたも視察に?」

 先生も立ち上がるとガレア様に声をかける。

「ほっほっほ。いかにも。クロスフォード騎士団長──いや、今は公爵として、かの。公爵、それにヒメ様、神殿を代表して、孤児院の改革に感謝いたします」

 そう言って丁寧に腰を折るガレア様。


 私たちが行った孤児院のサポートは、このコルト村近くに建てられている神殿以外でも最近では導入されている。

 クロスフォード領の孤児院サポートの噂を聞きつけた、孤児院がある領の領主達が、こぞって先生と私に教えを請いに押し寄せてきたのだ。

 自分の領や領民をとても大切にしている方達ばかりで、先生はその気持ちに応えるように丁寧に教えていた。


「各領の領主達が、孤児院をより良くしようと教えを請い学んだ結果だ」

 先生が表情を変えることなく答えると、ガレア様は穏やかに笑って頷く。

「彼らも、良き領主であった。だが、それも元がなければ手の打ちようもなかったでしょう。だから、ずっと礼を言いたかったのですじゃ。本当に、ありがとう」

 くしゃりと目尻の皺を縮めながら微笑むガレア様に、私はすこしだけ照れくさくなって不恰好な笑みを返した。


「わしはこれから王城圏の神殿へと帰りますが、お二人は泊まりですかな?」

「えぇ。明日の朝帰る予定です」

「そうですか。残りのカナレア祭を大いに楽しんでくだされ。それでは、また」


 そう言って私たちに一礼すると、ガレア様は一歩一歩ゆっくりと歩みを進めて神殿の方へと姿を消した。


「さて、私たちも帰りましょうか【たくあん大盛り亭】へ」


 私は散乱した人形達の変身魔法を解いて元のぬいぐるみたちに戻しながら、一つひとつ丁寧に玩具箱へと返していく。


「……」

最後に手に取った人魚姫の人形も、ゆっくりと元の魚のぬいぐるみへと戻っていった。


 澄み渡っていた青空は、すでに茜色に染まりかけていた──。

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