祈りの日


「おはようございます!」


 朝食に向かうと、すでに二人の男性は席につき、一人はコーヒーカップに口をつけ、一人は食事を終えたところのようだった。


「遅いぞヒメ」

 尊大な態度で言いながらも立ち上がり隣の椅子を引いて座るようにエスコートするジオルド君は間違いなく紳士だと、私は思う。


「ありがとうございます」

 礼を言って座ると、ベルさんがすかさず私の前にホカホカの朝食を並べる。


「ヒメ、これ」

 そう言いながら片手でぶっきらぼうに押し付けられたのは、水色の包み紙でラッピングされたものだった。


「これは?」

「祈りの日だからな。僕はお前の兄だから、お前にやる。ありがたく思え」


 ジオルド君らしい照れ隠しの上から目線に苦笑しながらも「ありがとう」と礼を言い開けてみると……。


「……猿でもわかるダンス教本、超初級編」

 表紙では楽しそうに猿がダンスを踊っている。


「これを読んで、せいぜい精進するんだな」

 ニヤリと笑って「ごちそうさま」と言うジオルド君を私は頬を膨らませて横目で睨む。

 紳士だと思った自分が馬鹿だった。


「朝食が終わったら、皆で中庭で鬼神様に祈りを捧げる。正装をしておきなさい」

 クロスフォード先生がジオルド君に視線をあげて言う。


「はい、兄上。ロビー、僕の正装を用意してくれ」

「かしこまりました」

「では兄上、お先に準備をして参ります」

「あぁ」

「ヒメ、お前も早く食べて支度しろよ、のろいんだから」

 いつもながら一言余計だ。


 私はジオルド君の出て行った扉に向かってベーっと舌を出す。


 二人だけになった部屋で、かちゃかちゃとカトラリーの音だけが響く。



「あの……今日、祈りの日、っていうんですよね?」

「あぁ。君は初めてだったか」

 カップをソーサーに置いて先生は私の方を見る。


 あまりに馴染みすぎて自分でも忘れていたが、私は一応他の世界から来た人間だ。

 この世界特有の行事に関してはわからないことが多い。


鬼神オニガミ様に祈るって、メルヴィが昨日言ってました。鬼神様、って何なんですか?」

 

「……この世界をつくられた、創造主だ」

「創造主?」

 聞き馴染みのない言葉に、確かめるように呟き首を傾げる。


 先生は無言で頷き、組んだ両手を机の上に投げ出して続けた。


「この世界は、一人の鬼神様によって作られた。鬼神様は人を作り、作り出された人々は交わりを繰り返し、人間は増えていった。それが我々の祖先だ。全ての母であり、王である鬼神様は、唯一愛した人と交わり、子供を産んだ。それがこの国の王族だ。だからセイレを囲む国々も、セイレ王室を敬い、それを中心に均衡を保っている。今の平和があるのは、鬼神様とセイレ王室のおかげでもある」


「でも、王族って……」

「あぁ。今はいない。その現状を、他国に知られるわけにはいかない。知られればおそらく、膨大な魔力を蓄える聖域のあるセイレを手に入れようと、侵略に踏み切るだろう。いつまでも騙し続けることはできないだろうが、開かれる元老院を交えた会議でも議題に登るが、未だ解決法は見つかっていない」


 深くなる眉間の皺をもみほぐしながら、先生が息を吐く。



「あの、それで、その鬼神様って、人を作って、そのあとはどうしたんですか? 今もどこかに?」

「いや、人と交わり、今の王族を産むと、美しい満月の夜に、吸い込まれるように月に帰って行ったと聞いている」

「かぐや姫ですか!?」

 机に手をついて身を乗り出す私。



 その時。


 “あぁ……憎らしい……”



「何?」

 耳を押さえて辺りを見渡す。

 声が聞こえた気がした。

 地を這うような、低い、女性の声が。



「カンザキ、どうした?」

 首を傾げ私の顔を覗き込む先生に、その声が先生には聞こえていなかったことに気づく。


「いえ……、何も……」

 もう聞こえない。

 気のせいだったのだろうか。


「そうか? ……そろそろ私も正装に着替える。君も食べたらドレスに着替えなさい。ベル、彼女を頼む」

「はい、旦那様」

 ベルさんの返事を確認してから、先生は部屋を出て行く。


 そして私はベルさんとの会話を楽しみながら、美味しく朝食をいただいた。



 ────



 ベルさんに黒のドレスに着替えさせてもらって、私はクロスフォード家の中庭に案内された。


 先生とジオルド君は黒の正装を着て、既に揃っていた。

 先生は何を着ても格好良い。

 黒しか見たことないけれど。


 中庭には大きな1本の水晶が一方向に存在している。

 おそらくこの水晶のある方が、聖域に向かう方角なのだろう。


「祈りを……」


 先生の言葉を合図に、彼にならってジオルド君が胸に手を添え、水晶に向かって頭を下げる。


 刹那水晶が応えるかのように光を放つ。

 太陽の光が水晶内のクラックに反射して、とても綺麗だ。


 背後でベルさんとロビーさんも頭を下げていることに気づき、慌てて私もそれに続く。


 胸の中心で両手を組み、私は祈る。


“この世界を作ってくれて、感謝します。……鬼神様、私、この世界じゃないところから来ました。私は、この世界が大好きです。この世界に住む皆が、大好き。だから……私、頑張ります。愛する人の未来のために。あと5年。やり切ってみせます。私の決意、どうか見届けてください”


 そう祈って顔をあげた私を、先生とジオルド君がじっと見ていた。



「ずいぶん長かったな」


「鬼神様に、私がどれほど先生のことが大好きか、語ってました!」

 胸を張ってふふんと笑う。

 

「お前……鬼神様になんてもの聞かせてんだ……」

 私の推し活により聞かされた先生の素晴らしさと私の想いの丈を思い出したのか、げんなりと頭を押さえるジオルド君。

 解せぬ。


「私の愛、鬼神様にわかってもらえたらいいな〜」

 ふんふんと鼻歌混じりに微笑む私に、二人は顔を見合わせため息をついた。


 後ろの方でベルさんとロビーさんが微笑ましそうに目を細めてそれを見守っている。

 今日も平和だ。


「祈りも終わったし、僕は着替えてきます。ヒメ、兄上を困らせるんじゃないぞ」

 ビシッ。

「あいたっ!」

 ジオルド君はそう言って私にデコピンをお見舞いすると中庭を後にした。


「むぅ〜お姉ちゃんを少しは敬ってくださいよ〜!」

 

 ぷくっと膨れて自分も続こうとすると

「カンザキ」

 と先生が緊張感を孕んだ声で呼び止める。


「すこし、いいか?」

「へ?」

「私の部屋へ」

 それだけ言うと、私に背を向ける。


 ついてこいと言うことなのだろう、ゆっくりと歩みを始める先生に

「あ、待ってくださ〜い」と、ちょこちょことついていく。



 ────



 先生の部屋に入ると、色とりどりのたくさんの箱が山積みになっていた。


「あの、これは?」

 気になって聞くと、先生は眉を顰め、手のひらをそれらの箱に向ける。


 すると一瞬にして雪の渦が生まれ、山積みの箱を覆い尽くし、吹雪がおさまる頃には箱は消失していた。


「祈りの日は毎年多方から一方的に贈られる」

 

「わぁ……さすが、美形の騎士団長様兼公爵様はおモテになりますね」

 少しだけ面白くなくて、口をへの字に曲げながら言うと

「親しくもない者からの贈り物は、毎年変な魔法がかかっていないか鑑定魔法で確認をしてから、平民の学校などに寄付しているがな。惚れ薬やら媚薬やら、毎年何かしらやらかす女性が多い。昔よりはそのような馬鹿は減ったがな」

 これからしなければいけないであろう作業を考え眉間の皺を深め、彼は仕事机に移動した。


 モテすぎるのも大変そうだ。


「これを」


 先生は仕事机の引き出しから取り出した黒い包装紙で包装された長方形の箱を私に差し出す。


「なんでしょうか?」

「君に。祈りの日だからな」


 視線を逸らし、ボソボソと低く小さく先生が言うと、私の胸の中に暖かい何かが流れ込むのを感じた。


 嬉しさで、自然と口元が緩む。


「あ、開けてもいいですか?」

「あぁ」


 早る気持ちを押さえ、ゆっくりと丁寧に、黒い包装紙を開いていく。

そうして姿を表したのは、綺麗なローズクォーツで作られたペンだった。


「インクが切れることのない魔法をかけておいた。どうせ学園に戻ってからも勉強を続ける気なのだろう?」


「ありがとうございます!! 大切にします!!」

 そう言ってローズクォーツのペンをキュッと胸に抱く私を見て、先生は満足気に表情を緩め頷いてから

「おそらく部屋の方にも君宛に色々届いている頃だろう。きちんと礼状を出しておくように」

 と私に淡々と指示を出す。


「はい! 先生、本当に、本当にありがとうございます!」


 最近先生は目に見えて優しい。


 彼の物言いは相変わらず無愛想だけれど、なんだかんだ甘やかされている気がする。


 私は甘やかされついでに、一つの頼み事を思い出す。


「先生、お願いがあるんですが」

「却下」

「私のこと大好きな先生ならきっと叶えてくれるはず」

「誰が大好きだと言った馬鹿娘」

「先生ったら相変わらずツンデレなんですね」


 こんなやり取りも心地いい。

 そして私は真剣な表情に切り替え、本題に入る。


「先生、私……もっともっと強くなりたい。守りたいものをちゃんと守れるくらい。誰にも傷つけられることのないくらい。だから、もっと私を、強くしてください!」


 先生の瞳を真っ直ぐに見つめながら言った私は、深く頭を下げた。



 あの夏の日。

 魔法阻害をどうにもできず、あんなに練習した攻撃魔法も使えないまま、されるがままになっていた自分が許せなかった。


 私には圧倒的に経験が足りない。

 戦場になれば、修行のようにはいかない。

 お互い、生きるか死ぬか、なのだから。


 だから私は、経験を積まなければならない。



 早くも一年が過ぎ去ろうとしているこの無情な時の中で、限られた時間を有効に使って強くならなきゃいけない。


 しばらくそのまま頭を下げ続けた私の頭上に彼のため息が一つ降ってきた。


「……ならば、来年から実践を含めての修行に移行する。今まで以上に厳しい修行になるぞ」


 先生のアイスブルーの瞳が私に向けられる。


「はい! どこまでも、ついていきます!」



 そんな私に、先生は薄く笑った。





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