神殿と孤児院2
「こうして白雪姫は、王子様とずっと一緒に仲良く暮らしましたとさ。おしまい」
もう何個目かのお話を語り終わると最初はミリィとクレアだけだった観客が、いつの間にか他の7人の子ども達が揃ってテーブルの周りの椅子に座っていた。
そして一斉に拍手が巻き起こる。
「すごーい!! お姉ちゃん、すごく面白かったよ!!」
「今度は騎士の話してくれよ!!」
「動物さんがたくさん出てくるお話がいいー!!」
口々に子供たちは声をあげる。
「気に入ってもらえてよかったです。」
ふにゃりと笑うと、クレアが子ども達に
「皆、そろそろお勉強の時間よ。先生方も待ってるわ」
と言って庭の出入り口に視線を移した。
二人の神官がこちらを見てにこにこと笑っている。
「ヒメ、またお話聞かせてね!!」
ミリィはそういうと、他の子ども達と一緒に神官の方へ走っていった。
「おい」
残った少年が声をかける。
今の私と同じくらいのその少年は、真剣な顔で私を見ている。
「次は騎士が出てくる話がいい」
無愛想にそう言った少年はチラチラとクロスフォード先生の方を見ている。
「騎士?」
「俺、騎士になりたいんだ。だから、次は騎士の物語にしろ。いいな!!」
一方的にそれだけ言って、少年は皆と同じ方へ走っていった。
「えっと……彼は?」
私は状況が把握できずクレアにたずねる。
「あぁ、アステルっていうの。私たちと同じ10歳よ。あの子、騎士に憧れてるの。15歳になったら、騎士科の入学試験受けるんだって、毎日稽古頑張ってるのよ。ちょっと偉そうだけど」
なるほど、だからクロスフォード先生をじっと見ていたのか、と納得する。
「騎士科は入学試験があるんですね」
「えぇ。普通科は貴族全員と一部の平民の強制だけど、騎士科は15歳以上の希望者が入学試験を通ってからの入学になるわ。だから騎士科は平民出身も多いのよ」
「へぇ。知りませんでした。じゃぁジャンやセスターたちも?」
私が先生の方を見ると、先生は首を横に振った。
「いいや。彼らは共に男爵家の次男坊だ。嫡男以外の貴族は騎士を目指すものも多いからな。騎士団は身分は関係ない。実力主義だ。現に彼らの属する3番隊の隊長は平民出身だ」
その言葉に私は驚く。
ということは、平民の下で貴族が働くということだ。
「このセイレは、魔力を多く有する貴族は、か弱き平民を守る義務を持っている。そして平民は、田畑を耕し、食糧を育み、税を収める。立場は違えど、いがみ合うことなどは滅多にない。互いを支え合うのが、このセイレの教えだ。……まぁ、貴族の中にも色々いるがな」
なんて素敵な国なんだろう。
こんなにも優しい人たちがいる国が、5年後には戦禍の中に立たされることになるなんて。
それだけは阻止しなくてはいけない。
コルト村の皆、この施設の子どもたち、優しい国民達を危険に晒したくはない。
そしてふと、この施設のシステムについて疑問を持つ。
「あの、ここの子達は18歳までここにいるんですよね? それからはどうするんですか?」
「自分で働き口を見つけて、ここを出ることになる」
「養子として貰われる子もいるしね」
その言葉を聞いて、私の鼓動が波打つ。
「そう……ですか」
私は少しだけ考えを深める。
「さて、私はそろそろ皆のご飯の支度手伝いに行かなきゃ」
クレアがパンっと手を叩く。
「ご飯ですか?」
「えぇ。私には料理ぐらいしかできないけど、ちょっとでも手伝いになれたらと思って」
クレアは10歳なのになんて芯のある子なんだろう。
私なんて中身20歳なのに何もできていない。
しようとしていることすら
「クレアはすごいです」
ぽつりとこぼすとクレアは「何言ってんのよ」と笑って続けた。
「私がここで頑張れるのは、あんたのおかげなのよ? そこらへんの自覚持ちなさいよね」
少しだけ照れたように笑ったその笑顔に、私も自然と口角をあげる。
「クレア。また会いに来ますね」
「えぇ。待ってるわ。クロスフォード騎士団長様も、ありがとうございました。じゃぁヒメ、またね」
と言って、クレアは元気に走っていった。
その後ろ姿を見ながら、私はまた考えを巡らせる。
「……何か思うことでも?」
物言わぬ私に気づいて、先生が静かにたずねる。
「いえ、何も」
「言え。ここは我がクロスフォード領でもある。領地を治めるものとしては、何かあるのなら言ってもらったほうがいい」
先生が言って私は目を大きくして驚く。
コルト村付近って、クロスフォード領だったんだ。
騎士団長もやって教師もやって、公爵様で、領主様。
おまけに私の面倒まで見て……先生、過労死しなきゃいいけど。
そういえば先生が寝ているところを私は見たことがない。
多分寝ているのだろうが、夜は遅くまで起きているし、朝は私が起きる頃にはすでに起きてコーヒーを飲んでいる。
おかげで私は未だに先生のパジャマ姿を見たことがない。
解せぬ。
「あの、差し出がましいのですが、就職支援をしてみてはどうでしょうか?」
「就職支援?」
「はい。施設を出る前に何らかのサポートをしてあげれば、少し社会に出ていきやすくもなるんじゃないかなぁと」
私がそう言うと、先生は考えるように腕を組む。
「確かに、慰問に来た際に神官から彼らの将来について相談を受けたことがある。君に、何か考えがあるのか?」
「……うまくできるかは分かりませんが、ある程度は」
私の中で何をどうしたいか、それはとうに決まっている。
需要と供給というバランスを取ればいいのだ。
ただそれがうまくできるかどうかは、自信はない。
「ならば、君の好きなようにしてみなさい」
先生から出たのは、予想外の言葉だった。
「へ?」
思わず間の抜けた声が出る。
「君が考え、やってみたいと思うのならば、やってみればいい。私も尽力しよう」
それは確かな、信頼の言葉。
「ただし、ここに来たいときは必ず私に言う事。君一人で行くことは許さん」
私はふにゃりと笑って「はい」と答える。
「先生、最近デレ期ですね」
「君がトラブルを巻き起こす天才だからだ」
「そんなに褒めないでくださいよう」
「はぁ……」
先生は眉間の皺を押さえて深くため息をついた。
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