This is Halloweenー二人の約束ー

 転移した先は見慣れた先生の私室だった。


「あ、あの、先生?」


 一向に何も語らず私を抱き続ける先生に、顔を上げてそろりと声をかけてみる。

 するとハッと息を飲む声が聞こえ、すぐに私の身体は解放された。


 先生は私を見ることなく「座れ」とソファーを顎で示す。

 有無を言わさぬ雰囲気に、私は素直に黒い二人がけのソファに腰を下ろした。

 ピッタリと生地に包まれ沈んでいく感覚が心地良い。


「奴ら、本気だったぞ」

 

「本気?」

「君を見て、自分のものにしてしまいたいという欲でも湧き上がったんだろう」

 さも他人事のように言いながら、私にカップを手渡し、私の隣に腰を下ろす先生。


 やっぱりホットミルクだ。

 今は大人なのに私を子ども扱いする彼に、少しだけ落ち込む。


「先生は?」

「は?」

「そういう気持ちになりました?」

 なんだか悔しくて、聞いてみる。


「馬鹿を言うな。私はレイヴンやレオンティウスのような節操無しではない」

 とてつもなく嫌そうに顔を歪めて否定の言葉を返す先生。

 確かにレイヴンみたいな先生は────うん、嫌だ。


 先生には、ただ愛する人を想っていてほしい。

 その一途な愛に、その暖かさに、私は惹かれたのだから。


 エリーゼを蘇らせて先生を幸せにしたい。

 死の運命を変えたい。


 その気持ちは今も変わらない。


 でも、それでも時々、欲張りになる。

 その欲は、時々私の制御を超えて、出ていこうとする。


「もし、私が本当に大人の女性だったら……、先生は私を好きになってくれますか?」


 先生の綺麗なアイスブルーの瞳をじっと見つめながら、私はぽつりとたずねる。


 こんなこと、聞くつもりはなかったのに。

 私には私を止めることはできなかった。

 先生はアイスブルーの瞳を少し大きくしてから、眉間に皺を寄せ黙り込む。


 痛いくらいに響いて速さを増していく自分の鼓動だけを感じながら言葉を待つ。


 やがて先生は難しい顔のまま私を見つめ返して、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「もしものことを考えるほど、無駄なことはない」


 突き放したようなその言葉に、私のほんの少しの期待は無惨にも粉々に打ち砕かれた。


 わかっていたのに、本人から言葉で伝えられると、やっぱり堪える。

 何か言わなければと思うのに、唇が震えて言葉が出てこない。


 声を絞り出そうと大きく息を吸い込んだその時。


「だが──」


 先生が静かに続けた。


「私が君を嫌いだったことは、一度もない」

 

 まっすぐにそのアイスブルーの瞳が私をとらえて離さない。

 そして先生は、私の頭にポンと手を乗せた。

 手袋越しだけど暖かくて、大きな手。


「ゆっくりと、大人になれ。たくさん学び、考え、動き、君が思う君になればいい。私はいつでも、ここにいるのだから────」


 相変わらずの無表情だけど、暖かい言葉。


 ずるい。

 そんなことを言われたら、また期待してしまうじゃないか。


 それでも今は、今だけは、自分の思いに素直でいたい。


 ぎゅっと隣に座る先生の腕に自分の腕を絡める。


「っ!! こら!!」

「絶対に……待っててくださいね。約束ですよ」


「……あぁ」

 投げやり気味に先生が頷いた。

「忘れないでくださいね」

 私はぐいっと先生に顔を寄せて念を押す。


「わかった、わかったからくっつくな!! ……忘れたくとも、忘れられるわけがないだろう。この迷惑娘」


 いつもの憎まれ口なのに、先生の頭の上で猫耳がピクピクと動くのが視界に入って、私はふふっと口を緩ませる。



「先生、猫耳、よくお似合いです」


 そして今日も、眉間の皺は深く刻まれる。

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