【SIDEフォース】とあるエルフの告白ーセイレ騎士団幹部会議ー
聖女クレアとヒメ・カンザキの誘拐事件があった翌日の晩、僕はセイレ騎士団幹部の中でもとりわけ位の高く且つヒメと面識のある3人を呼び出し、会議を開いた。
自白魔法での尋問によって犯人たちがグレミア公国の人間であることはすぐに判明することとなった。
やはり狙いは聖女だった。
聖女が見つかったと早くも聞きつけたグレミア公国の王は、すぐに聖女を連れてくるように魔術師団を送り込んだようだ。
その報告を受けてすぐに、僕はシリルと話をした。
──ヒメのことだ。
彼女と仲の良いレイヴンとレオンには、彼女が異世界からやってきたということを話しておくべきであると。
グレミア公国が不審な動きを見せている今、彼女の身にも何が起こるかわからない。
なんてったって、あの子は僕たちが何を言おうと、何か自分の決めたことのためにまっすぐ突っ走っていっちゃうんだから。
事情の知る味方は多い方がいい。
だから僕たちは──、僕は、彼女について知ることの一部を、彼らに話そうという結論に至ったんだ。
「何なの? こんな夜中に会議だなんて」
「すまないな。あの小娘が寝た後でなければならなかった」
ヒメ達が救出されてすぐに、僕も彼女達が運ばれた医務室に顔を出した。
聖女であるクレアには大きな怪我もなく、泣きながらも話もしっかりとできるようだった。
問題はヒメだ。
本人は気丈に振る舞っていたけど、傷だらけだった。
声もいつもの透き通るようなまっすぐな声ではなく、カラカラに掠れたような声だった。
雷魔法による拷問を受けていたという報告は、騎士団から聞いた。
おそらく、たくさん声をあげたんだろう。
彼女がどんな恐怖に耐えたのか、想像するだけで胸が痛む。
心細いのか、昨夜はシリルの部屋で寝させて欲しいと頼み込んできたらしい。
しばらくはヒメの恐怖を取り除いてやるためにも、そばにいてあげた方がいい。
「様子はどうだ?」
「……一人になるのを恐れているようだ」
シリルが視線をふせ端的に説明すると「くそっ」とレイヴンが机を拳で叩く。
昨日、シリルに抱えられて連れられたヒメは血まみれで、それを見たレイヴンの怒りは凄まじかったらしい。
捕縛された犯人の胸ぐらを掴み上げ顔面に手のひらを当て、魔法を至近距離から放とうとするところをヒメの「レイヴン、待って!!」という制止の声によってギリギリで押し止まったようだが、それがなければ殺していただろう。
まさかこんなところで騎士の誓いが役に立つなんてね。
「今月の騎士団と騎士科の訓練はレオンティウス、君に頼みたい。私は極力、彼女のそばについておく」
「えぇ、わかったわ。任せてちょうだい」
「さて、レイヴン、レオン」
僕は硬い声で声をかける。
「騎士団幹部会議にもかかわらず、君たち二人しか呼ばなかったのには訳がある。ヒメについて、君たちだけには知らせておかないとと思ったからだ」
先ほどまで話に上がっていた少女の名前が出たことにより、二人が静かに息をのむ。
「これら話すことは他言無用だ。いいね?」
神妙な面持ちで話す僕に、レイヴンとレオンは互いの顔を見合わせ頷き「もちろんです」と返した。
その返事を確認してからうなづき、僕は続ける。
「まず、ヒメだけど、僕の知人でもなければ、10歳の子供でもないんだ」
いきなり結果だけをポンと出され、大きく目を見開く男二人。
「10歳の子供じゃない、ってことはそれより下ってこと?」
困惑した様子で首を傾げるレオンティウスに、僕は首を横に振る。
「20歳の大人なんだそうだよ」
その言葉にレイヴンは「いやいやいや、そりゃねぇだろ。あんな幼児体型な20歳いるわけが……」と首を横に降って否定した。
まぁそりゃそうだよね。
「うん、だからね、別の世界からこの世界に異世界転移なるものをして、その時に若返ったみたいで、ついでに目の色も変わってたみたい」
別の世界。
異世界転移。
若返り。
どれも現実的ではなく、多分レイヴンも、レオンでさえも、頭の中は混乱を極めているだろう。
何の冗談かと思うだろうが、普段冗談を言わないシリルが隣で黙って聞いているのを見てもらえればわかるだろう。
「ある日突然、眩い光と共に私の部屋の続き部屋に現れた。あの部屋は開かずの間で、私ですら入ることのできない部屋だったにもかかわらず」
シリルが無表情で話す。
それに僕が続ける。
「そしてあの子には魔力があった。彼女には“魔法を勉強したら元の世界に戻る方法があるかも”って言う話をしたけれど、多分、それは無理だ。前例も何もないし、何より、このセイレがあの子を愛しているからね」
「セイレが?」
「あの子は、このセイレ国と精霊達に愛されている。それは魔力検査でもわかったろう?だから再びあちらにいかせようとは考えないさ」
かわいそうだけどね、とぽつりとこぼす。
精霊達は今とても怒っている。
そしてとても嘆いている。
彼らは、魔力が膨大で澄んでいるこの王城圏からは出ることができない。
自分たちがヒメについていられたらこんなことにはならなかったって。
「はぁ……、でも、何となく納得できるわ。あの子、10歳にしては大人びてるもの。ちょっと変態で、お馬鹿さんだけど」
ため息をつき、額を抑えながらレオンが言う。
「まぁ、時々10歳にしては大人だもんな、あいつ」
レイヴンにも心当たりがあるんだろう。
深く頷きながら同意の意を示す。
「本当に20歳なのかは私はまだ確信にはなっていないがな。あんな幼稚な20歳いてたまるか。だが、時折見せる彼女の芯の通った瞳を見ていると、もしや、とも思う」
ヒメの変態行為の犠牲者となっているシリルとしては、今のところ半身半疑みたいだね。
まぁ、どこの世界に、カードにシリルの魅力をびっちりと書いて複製してばら撒いて布教したり、一日に一回は必ず大声で愛を叫ぶような20歳がいるだろうか。
うん、いないね。
ここにしか。
「それは彼女の魅力の一つだよ、シリル。人は見かけじゃない。」
ふふふと笑いながら言葉を返す。
きっとそれを、今のシリルは理解し始めてる。
彼女の存在の大きさも。
そして意を決して、口をひらいた。
「それとね、これはシリルにも言ってないけれど……。僕はあの子をずっと前から知っていたんだ」
「なっ……!! カンザキはあの日、あなたにあったのは初めてだと……!!」
「言ってたねぇ。でも“僕は”、言った覚えはないよ? でもこれは言ったはずだ。おかえり、って」
シリルが俯いて記憶をたどる。
しばらくそうしてから、はっとしたように顔をあげた。
気づいたようだね。
それが意味するのは────
「カンザキは……元はこちらの人間……?」
「!!」
「まさか……」
導き出された答えに、レイヴンとレオンも言葉を失う。
「いやいや、でも向こうで育ってきたなら親は向こうにいるだろ。ならやっぱり向こうの人間なんじゃ……」
「そう、よね。あの子、あんまり自分のこと話さないけど、あんなに素直で良い子なんだもの。きっとご両親にたくさん愛されて育ったタイプの子よ? 多少、歪んだ愛持ってるけど」
まぁ、混乱するよね。
でもこれはヒントだよ。
君が思い出すための。
君が気づくための。
「まぁ、あの子がどこの生まれであるかはとりあえず置いておいて」と僕は続ける。
「本題はここから。君たちには、あの子を助けて欲しいんだ」
真剣な眼差しで3人を射抜く。
「それは……ヒメがまた危険に晒される、と言うこと?」
苦々しくも口にするレオンに、僕は「それはわからない」と返す。
「グレミア公国の動きが活発化している中、全く危険にならないとは限らない。この間のこともあるしね。ただ、君たちには、あの子がしようとしていることを、見守ってあげてほしいんだ」
「しようとしていること?」
「あの子が生き急いで何かをしようとしていること、君たちは気づいているはずだよ」
懸命に剣や魔法の修行に励むヒメの姿。
シリルだけじゃない。
レイヴンも、レオンも嫌と言うほど見てきたはずだ。
弱音ひとつこぼさず、ただひたすらに真っ直ぐに教えを乞う姿は、どの騎士よりも必死だっただろう。
「僕は、あの子にはできるだけ普通に、この世界で幸せになってほしい。でも、どうやらあの子はそれを望んではいないみたいでね。だったら、好きにさせようと思うんだ。だけど、もし、もしもあの子がダメそうになった時があったら、君たちが支えてあげてほしい」
きっとその時は必ず来る。
その前に、彼女を守る布石を打っておかなければ。
そして1番に声をあげたのは、やはり彼だった。
「俺はもちろんそのつもりだぞ。そのつもりがなけりゃ、騎士の誓いなんてしねぇ。すでに俺の身も心も、あいつのもんだ」
レイヴンが己の手のひらを見つめ、ぎゅっと硬く握りしめながらニッと笑う。
「私も、あの子のことは気に入ってるもの。色々謎は多いけど、あの子が苦しい時はそばにいてやりたいと思ってるわよ」
続いてレオンティウスがそれに同意して、視線は自然とシリルに集まる。
君も、きっと迷うことなく結論は出ているんだよね。
「……私は、あれの面倒を見るように最初にあなたに命じられている。今更降りる気はない。例えどんな変態だろうとな」
まっすぐに僕を見つめるシリル。
うん、だよね。
君はもう、彼女を大切に思っている。
それは多分、今は恋とか愛とかそういうのじゃないんだろう。
それでも確かに、シリルの中でヒメの存在は大きく確立しているように見える。
「ありがとう。3人とも。君たちがいてくれて、心強いよ。僕は多分、あの子に選択を迫ることしかできないだろうから」
僕は視線を伏せて顔を歪ませながら言う。
それがどう言うことなのか、今の彼らには聞くことはできないし、僕が教えることもできない。
あるかもしれない未来に縛られるよりも、可能性を潰すために協力を得ることを選んだのだ。
ただ今は、その未来が来ないことだけを祈る。
「さぁ、話は以上だ。あの子のこと、お願いね。あぁ、シリル、そろそろあの子が1度目を覚ましそうだって、僕の目が言ってるよ。行ってあげて」
ふわふわと僕のそばに現れて浮遊するそれは、緑の光。
あの魔力検査の際にあった風の属性の色だ。
「わかった。失礼する」
それだけ言い残て、シリルは部屋を後にした。
「じゃ、俺も寝るかな。明日は課外授業で魔物退治の見学行かなきゃなんねぇし」
ふぁ〜……と大きな口を開け、尖った歯をのぞかせあくびをしながら、レイヴンも後ろでに手を振って部屋から出ていく。
残ったのは僕と、レオンティウス。
「……レオンは……何か言いたげだね?」
僕は静かにそう言って彼の青い瞳を捉える。
「……ヒメは……20歳、なのよね? ……15歳、じゃなくて」
「そうみたいだよ」
「……そう」
切なげに揺れる青い瞳は誰を捉えるでもなく宙を彷徨った。
「レオン、君、まだ……?」
僕の言葉に、レオンティウスは僕を見ることなく頷く。
「いいわ。今は何も聞かないでおいてあげる。でも、私の中で確信になりつつあるわ。あなたが隠そうと隠すまいと、私が自分でたどり着いてみせる」
鋭い視線で僕を睨みつけ、レオンティウスも部屋を後にした。
あぁ、本当に──……
「全く、どうしてこうも、誰も彼も一途で、健気で、可愛いんだろうね」
一人こぼし、僕は天を仰いだ。
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