突然のデレは心臓に悪い
夏休みが始まってからもいっそう修行に励んだ私は、レイヴンの家に突撃をすることに成功し、学んだことを応用してレイヴンの闇堕ちフラグであるメルヴェラちゃんを救うことができた。
あぁ、メルヴェラちゃん、可愛かった。
メガネ×おさげ×令嬢。
最高か。
だがその結果、軽い魔力切れを起こし、迎えにきた先生によって抱え出され今に至る。
せめてお姫様抱っこがよかった……
そして今。
私は先生の部屋で床に正座したうえ、しばらく彼に無言で見下ろされていた。
そのアイスブルーの圧力に耐えること1時間。
「はぁ……」頭上にため息が降ってくる。
「……忠誠を受けたそうだな?」
「あ、はい。そうみたい、です」
「あのバカ……。忠誠の儀は、普通は騎士が、守るべき王族にのみ捧げるものだ。騎士として一度しか使えぬ魔法。それをなぜこんな小娘に……」
呆れたように眉間を揉む先生。
「え!? そんな大事な魔法大丈夫なんですか!? 王様に怒られません?!」
思ったよりも大ごとだったと察した私は正座のまま先生の服の裾を掴み寄る。
「王族は今はもういない。もしいたとしても、ただの騎士ならば問題はあまりない。ただ、3大公爵家が故に、側近としてこの国の中枢を担う者としては問題しかない。忠誠を誓っていないものは、王を守る資格はないからな」
もしも王がいた場合、レイヴンはもう王に忠誠の儀を行えない。
自然と側近からは外れるのだろう。
3大公爵家の嫡男が側近から外れるなど、しかも10歳の小娘に忠誠を誓ったなど、前代未聞だ。
口差がない人間はレイヴンのことを面白おかしく囃し立てるのだろう。
とりわけ、頭の硬いおじさん連中は、レイヴンを諌めるのは目に見えている。
レイヴン、普段の行いが行いだから。
私はなんてことをさせてしまったんだろう。
「立場など気にしないレイヴンらしいが……はぁ……」
額を抑え、ため息を吐く先生。
しばらくそうしたのちに、先生は床に正座したままの私を再度見下ろす。
「君も……。メルヴェラ嬢の病を治したそうだが、一歩間違えば重度の魔力切れ深い眠りに落ちるか、命を落とすところだったんだぞ」
苦しげに言葉を発する先生を見て、私はなんとも言えない気持ちになった。
「……すみません」
「君の命と引き換えに助かったとしても、誰も喜ぶものなどいない。君は彼らの心に一生残る傷を負わせる気か?……残されるものの気持ちも考えることだ」
それは誰に対する言葉なのか。
あまりわかりたくなくてもわかってしまうのだから仕方がない。
私は立ち上がって、彼の黒い手袋に覆われた手を両手で包み込んだ。
「私は、自分の命と引き換えに誰かを助けるなんてこと、絶対にしません」
私は揺らぐことないその桜色の瞳で、先生のアイスブルーの瞳を見つめる。
だからどうか。
彼女と重ねたりしないで。
私は、彼女とは違う。
そんな思いを隠しながら──……。
しばらく見つめ合った後、先生は私の手をゆっくりと退け、私に背を向ける。
「……3日後、カナレア祭に行きたいのならば、数日は大人しくしていろ」
「はい……」
身体を休ませろ、ということなのだろう。
やらねばならないことが山積みの私は、そんな暇はないのに、と悔しさに俯く。
「だが……」
背を向けたまま先生は静かな声で続ける。
「メルヴェラ嬢の命が繋がったのは、君の功績だ。よくやった」
私を見ずにそれだけ告げて、先生は部屋を後にした。
「え……今の……褒め……た?」
突然のデレに状況の掴めない私は、しばらくの間、先生の部屋に呆然と立ち尽くしていた。
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