第129話 しばらくの間エディ君をお貸しいただけますでしょうか?
海から戻って来てからの私たちは忙しい日々を送っている。例えばアレンはお父さんとレオンさんについて領主としての仕事や心構えを勉強していて、私はいまだ使用人が足りてないので時折お屋敷の仕事を手伝いながらエディの勉強を見たりしている感じだ。
「ティナ様、しばらくの間エディ君をお貸しいただけますでしょうか?」
そんな中、食堂でエディに読めない文字を教えていたら、エリスがやってきた。
「エディを? 勉強はいつでもできるからいいけど、何をするの?」
エディは不安げな顔で私とエリスの顔を交互に見ている。エリスがこの家に来て間もないから、何をされるのか心配なんだろう。
「メイドの教育もようやく目処が付きましたので、そろそろエディ君に私の技術を教えようかと。彼にはこれから私の代わりにティナ様とアレン様を守っていただかなければなりませんからね」
おー、エリスの技術と言えば情報屋のあれだ。エディが身につけることができたら、エディも自分自身を守ることができるようになるから安心だね。
「わかった。でも、エディは朝が早いからほどほどで」
「お任せください。一人で歩ける程度には抑えますから」
「え? 歩け……る? ティナ様、僕……」
エリスはさらに不安げな表情になったエディを連れて出ていった。
「エディ、頑張れ……」
さてと、時間が空いてしまった。アンネさんが今日はお屋敷の手伝いは足りてると言っていたから、外に行ってみようかな。
私は馬小屋まで行き、一人で馬の準備をする。
ユッテに声を掛けたけど、彼女の方は仕事で手が離せないそうだ。なので今日は、一人で馬に乗って街道まで行ってみようと思う。最近はそこまでなら一人でもいいよって言われているんだよね。
「よしよし、いい子だねぇ」
いつもの芦毛の子を連れ馬小屋の外に出てみると、キョロキョロとあたりを見渡している女性を見かけた。
「あのー、どうかされましたか?」
その女性は旅装束のようだけど荷物を持ってなかった。もしかしたら、追い剥ぎにあって助けを求めているのかもと思ったのだ。
「あ、よかった。こちらのお屋敷の方ですね。アルバンさんから紹介頂きまして主人と二人でこちらにやってまいりました。旦那様へのお取次ぎをお願いできますでしょうか?」
アルバンさんは王都にいる当家の
「アルバンさんからですね。紹介状か何かをお持ちですか? それとご主人様はどちらに?」
あたりを見渡しても、目で見える範囲にはこの女性しかいない。馬車も見えないしどうやってきたんだろう。
「紹介状は主人が持っております。それで、その主人なんですが、事情がありまして馬に乗ったままでもよろしいでしょうか?」
馬に乗って来たのね。とりあえず紹介状を見ないとお父さんに取り次いでいいかわからないので、遠慮しないで来てくださいと伝えた。
私は二人を待っている間、馬小屋の外に出した葦毛の子を馬房へと戻す。その時に走らないのって顔でこっちを見てきたけど、今日はもう無理だからごめんねって言って鼻のところ撫でてあげた。
馬房を出ると先ほどの女性が二頭の馬を引いてこちらに向かって歩いて来ていた。話に聞いた通り、一頭の馬の上には一人の男性が座ったままだ。
「あ、それは!」
その男性が乗った馬に括り付けられている物には見覚えがあった。
「はい、私はこれが無いと移動もままならないのです。素晴らしいものを作ってくださいまして、カペル伯爵様には感謝の言葉もございません」
その男性はアレンが作った車いすの使用者だった。
女性が車いすを馬から外しかけたので、私も手伝う。
車いすを地面に置いた後、男性も女性の手を借りて馬から降り、車いすに座った。
「ありがとうございます。助かりました。失礼ですが、あなたはカペル家のお嬢様のティナ様であられますか?」
男性の言葉に横で立っている女性が目を見開いて驚いている。
「あ、はい、そうです。どうしてわかりました?」
今日の私の服装は、いつも馬に乗る時の格好だから下働きの子とそう変わらない。貴族の振る舞いだって怪しいのに、初見で私のことを貴族の令嬢だとわかる人はいないだろう。現に女性の方は気付いていなかったようだし。
「よかった。アルバンさんからお聞きしていた容姿とよく似ておりましたので。改めまして、私はクラウスと申します。こちらは妻のアンゼルマ。これからどうかよろしくお願いいたします」
そう言って、クラウスさんは私にアルバンさんの紹介状を渡してくれた。
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