第108話 私、やり方がよくわからないんだけど……

「お待たせしたね。みんなお腹がすいただろう、それでは食事にしようか」


 私たちが席について間もなく、お父さんがレオンさんと一緒にやってきた。


「あれ? お母さんは……」


 お父さんの隣の席が空いている。たぶんそこにお母さんが座ると思うんだけど、姿が見えない。


「ティナ、私はここよ」


 振り向くと、コック姿のお母さんが立っていた。


「えっ! もしかして、今日の料理はお母さんが作ったの!?」


「そうよ、今日に限らずここに来てからは、ほぼ毎日作っているわね」


 そう言えば、料理はお母さんの趣味だった。カチヤでは普段作らせてもらえないって言って、月に一度だけ料理ができる日をわざわざ作って、その日が来るのを楽しみにしていたのを思い出したよ。


「すまんな。料理人が足りなくて、仕方なくなんだ」


「あら、私はずっとこのままでもいいわ」


 お母さんは生き生きとしているように見える。きっと毎日料理ができて楽しいんだろう。


「そうもいかんよ。もし、他のお客様がお見えになって、夫人自ら料理を作っていると噂になったら大変だ。アレン様、それに近衛兵の皆さま、どうか今日のことは内密にお願いします」


 貴族の間では、こういうことを気にしないといけないから大変なんだよね。


「ハーゲンさん。ボクたちは、そういうことをあまり気にしませんのでご安心ください。ねえ、ルーカス。大丈夫だよね」


 ルーカスさんも近衛兵のお兄さんたちもうんと頷いてくれた。


「ありがとうございます。さあ、早くしないと料理が冷めてしまう。アメリー、早く皆さんにお出ししてくれ」


「畏まりました。旦那様」


 お母さんは笑いながらそう言って、厨房に戻っていった。







 目の前に並べられた料理は、カチヤで食べていたものと少し違うようだ。きっと食材の差なんだと思う。


「美味しい!」


 それでもさすがはお母さん。味がよくしみ込んでいて、口に入れた途端幸せな気分になる。


「あなたたち、しばらくまともな食事をしていないでしょう。そう思って新鮮なものを中心に用意したんだけど、お口にあったかしら?」


「ほんと、美味しいです! ここでは毎日こんなに美味しい料理が食べられるんですね。ティナが羨ましいよ。あー、早くボクもここに住みたい!」


 よかった。アレンも喜んでいるようだ。

 確かにドーリスを出てからは保存食ばかりだったから、特に美味しく感じているんだろう。近衛兵のお兄さんたちもお代わりしそうな勢いだし、それを見ているお母さんの顔もほころんでいるみたい。


「ふふ、ほんとよかった。最近気が滅入ることばかりだったから、嬉しいわ」


「これ! アメリー!」


「あ、ごめんなさい。さっきのことは忘れて。私は追加の料理を作って来るから、皆さんたくさん食べてくださいね」


 そう言って厨房に向かうお母さんの後姿を、私は隣のアレンと一緒に見送った。


「あのー、お父さん。もしかしてこっちでうまくいってないの?」


 アレンと目で合図をして、お父さんに思い切って聞いてみる。


「…………」


 お父さんは少し悩んだ表情をして、


「いずれ分かることだから隠すつもりは無いのだが……いや、今日はせっかくアメリーが美味しい料理を作ってくれているから、楽しく食事をしよう。明日、アレン様の書類を仕上げた後、話すことにするよ。アレン様もそれでよろしいですか?」


 私とアレンは同時に頷く。


「さあ、皆さん。アメリーが腕を振るった料理です。まだまだあります。遠慮なく食べてください」


 お父さんは並べられて料理を前に、私たちにそう宣言した。


 領地のことが気になるのは確かだけど、せっかくお母さんが作ってくれたんだから、美味しく料理を頂かないとバチが当たっちゃうよね。

 私たちは領地のことは考えず、食事の時間を楽しむことにした。







「そうだ! お父さん、今日エディに会ったんだけど、誰の子供さんなの? 頑張ってくれたからお礼を言いたいんだ」


「エディ? はて……もしかしてエドモンドのことか?」


「そうそう、エドモンド君。私の荷物を二階まで運んでくれたの」


「おお、そうか。真面目に働いているようだな。彼は使用人の子供ではないよ」


 ん? どういうこと?


「先月かな。他の領地からやってきて、うちで働かせてくれって頼んできたんだ」


 お父さんによるとエディのご両親はすでに亡くなっているらしくて、唯一の財産である馬に乗ってここまでやって来たみたい。普通なら成人していない男性は雇わないらしいんだけど、お屋敷に人手が足りなかったし、追い返しても住む場所が無いということだったので、今はお試しと言うことで雇っている状態らしい。


「遊牧民の出身ということだったから、馬の世話をさせるつもりで雇ってみたが、なかなか物覚えもいいし気も利く。このままここにいてもらおうと思っているんだが、せっかくなら他のことも教えてやりたい。ただ、そのための人手が足りなくてな……そうだ! ティナ、あの子に読み書きと計算を教えてやってくれないか」


「えっ! 私、勉強を教えたことが無いから、やり方がよくわからないんだけど……」


 もし間違ったことを教えてしまったら、エディに申し訳ないよ。


「ねえ、ティナ。そのエディってどういう子なの?」


 そうか、アレンはエディに会ってないんだ。

 私はエディに会って感じたことをアレンに伝えた。


「そうか……うん、わかった。ここにいる間、ボクがエディに勉強を教えてあげるから、ティナはそれを見てやり方を覚えてね」


 うぅ、人に教えるって大変なことだと思うけど……私にうまくできるかな。

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