第91話 ティナ様、私と踊って頂けますか?
「お集まりの皆さま。ただいまより舞踏会を始めます。ホールの中央にお立ちの方はご移動をお願いいたします」
レオンさんの案内を聞いて、ホールの中央で話をしていた人たちが端の方に動いていく。
それを見た楽隊が、音楽を奏でだした。
「ティナ様、私と踊って頂けますか?」
わ、私ぃ!?
どうしよう。早速声かけられちゃった。どうしたらよかったんだっけ……そうだ、まずは挨拶!
と、思って振り向くと、
「ダニエルじゃん」
そこにいたのは、タキシードに身を包んだクラスメイトのダニエルだった。
「確かに僕はダニエルだけど……ティナ、挨拶ができてないよ」
そうだった、これは正式な舞踏会だった。
「ごめん……、んっ! 私でよろしければお願いいたします」
私はドレスの裾を少し持ち上げ、片膝を少し後ろに引く。これは女性が行う正式な挨拶の一種で、こういう畏まった場所で使うことになっている。それを見たダニエルは、改めて一礼し私の手をとりホールの中央まで導いてくれる。
「今日はありがとう。来てくれていたんだね」
「うん、おじい様と一緒に。ティナは主催なんだから今日はたくさん踊らないといけないんでしょ。そう思って声をかけたんだけど、最初は僕じゃなくて違う人の方が良かった?」
いえ、慣れた人の方がいいです。
「助かる。緊張していたんだ。よろしくね」
中央に着くと、幾人かの貴族の令嬢が他の貴族の男性と一緒に集まってきた。でも、ちょっと少ないな。最初だからかな……もしかして様子見しているのかも。
「ティナ、いい? それじゃ、いくよ。いちにさん、いちにさん、――」
音楽に合わせてダニエルが拍子をとり、それに合わせて体を動かしていく。
♪ズンチャッチャ、ズンチャッチャ~♪
私とダニエルは、舞踏会で流れる定番の曲に乗って踊る。
「ティナもうまくなったよね。ついこの前まで足踏まれまくっていたから、今日の舞踏会をどうするつもりなのか心配していたんだ」
ダニエルにはほんと悪いことをした。私のこれまでの人生の中で一番足を踏んだのは彼で、二番目はクライブだと思う。
「私も、どうやったら舞踏会から、うまい事逃げられるかばかり考えていたよ」
♪ズンチャッチャ、ズンチャッチャ~♪
あの日、アレンと文字通り一緒になって踊ってから、どうしたら相手の足を踏まないですむのかがわかった。それからは、今までの苦労が嘘みたいに踊れるようになったんだよね。今だって、なかなかのものじゃないのかな。
「ほら、ちょっとズレてきたよ。あと少しだから。頑張って」
いけない。学校でも一番上手なダニエルに導かれて踊るから、自分もなんだかうまくなった気がしてた。気を抜いたらボロが出ちゃう。
♪ズンチャッチャ、ズンチャッチャ、ズンチャッチャッチャッチャー~♪
ふぅー、無事に一曲踊り終えることができた。
「ダニエル、ありがとう。おかげで緊張もほぐれたよ」
「どういたしまして。衣装も可愛かったよ。それじゃ、またね。僕は次の人を探さなきゃ」
ダニエルは、相手が決まっていない令嬢を探して、料理が置いてあるテーブルのところまで向かって行った。
一人残された私は、どうしようかとあたりを見わたすと、一人の男性と目があってしまった。
「失礼、ティナ・カペル様。一曲、よろしいでしょうか?」
この人はさっき挨拶に来たような気がする……そうだ、名前は忘れちゃったけど、確か東部のクノール伯爵の息子さんだ。
「はい、よろしくお願いします」
♪ズンチャッチャッチャ、ズンチャッチャッチャ~♪
違う曲が始まった。前の曲と少しテンポが違うけど、何とかなりそうだ。
ちょっと余裕が出てきたので周りを見てみると、さっきよりも踊っている人たちが増えているみたい。
お、クライブも踊っているな。やっと、挨拶から解放されたみたい。あ、アレンがこっちを見ている。
「おっ?」
「あ、ごめんなさい。私、あまり上手くなくて」
他に気がいっていた。危なく、足を踏んじゃうところだったよ。
「いえ、先日まで眠られたままだったとお聞きしております。それなのにこれだけ踊れるとは、努力なさったのでしょうね」
「とんでもない。みんなが協力してくれたおかげで何とか形になっているだけです」
「いい先生に恵まれたようだ」
クノールさんの息子さんはそう言ってクライブの方を見た。
クライブも最初は下手くそだったことは黙っておこう。
♪ズンチャッチャッチャ、ズンチャッチャッチャッチャー~♪
よし、一応最後まで足を踏まずにいけた。初めての相手とやったにしては上出来だろう。
「楽しい時間でした。ありがとう」
「うまく誘導して頂き助かりました。ありがとうございます」
クノールさんの息子さんは手を上げて、他の令嬢のところに向かって行った。
さてと、私はちょっと失礼して……ホールの中央からアレンがいる場所まで向かう。途中、こちらの様子を伺っている人もいたけど、ニッコリと笑ってスルーさせてもらった。ちょっと休ませてもらわないと、次こそは足を踏んじゃいそうなのだ。
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