第69話 ティナは王家のものだから

「おはようティナ。エリスはどうしてる?」


 学校に着くとクライブはすでに来ていて、私の顔を見るなりエリスのことを聞いてきた。


「おはよう、クライブ。エリスなら朝からアレンのところに行っているよ」


「あ、そうだったね。それで、僕のこと何か言ってなかった?」


 意識しだしたら、急に気になってきたのかな。


「別に何も言ってなかったけど、気になるのなら学校が終わった後、王宮で会えるんだからそこで話してみたらいいじゃない」


「うん、わかった。そうしてみるよ。あ、ダニエル。おはよう!」


 クライブの方は、早速昨日あおった成果がでているようだ。


「ティナお姉さま、クライブ様は昨日とまるで別人のようですね」


 私たちの様子を見ていたフリーデが、小さな声で話しかけてきた。


「ようやく素直になろうとしているんだから、冷やかしちゃだめだよ」


「もちろん、わかってます。暖かく見守るですよね」






 今日から早速通常の授業が始まるということで、午前の王国の歴史の授業を済ませた後、昼食の時に食堂で正面に座ったダニエルから話しかけられた。


「おじいさまから聞いたんだけど、ティナが御前会議に出ていたってほんとなの?」


 やっぱり、あの時出席していたガーランド侯爵様は、ダニエルのおじいさんだったんだね。


「うん」


「すごい! それじゃ、カチヤを救った女の子ってティナだったんだ!」


 ダニエルの声が少し大きかったから、近くにいた生徒たちにも聞こえたようで少しざわめきが上がった。

 それに「え、あの?」とか聞こえるんだけど、もしかして、噂になってるのかな?


「おじいさまから、会議が難航しているときに勇ましい恰好で現れて、そこにいたみんなをその気にさせたって聞いたよ。どんな魔法を使ったの?」


 どんな魔法と言われても、あの時はデュークの言うことを私の言葉で話しただけで、別に特別なことをやったわけじゃない。


「別にカチヤを助けてって頼んだだけだよ」


「それだけじゃないでしょう。反対していたおじいさまですら、ティナの言うことがもっともだったから、この子にかけてみようという気になったって言っていたよ」


 確かに、あの時は出席した評議員の人から反対意見は出なかったけど、あれって、王様がそう話したからじゃなかったの?


「おじいさまは、陛下の意見でも理屈に合わないものは反対するのが我が家の役割だって常々言っているよ」


 そうなんだ。今日の授業でエックハルト先生が、王国は1000年近くの歴史があるって言っていた。これだけ長く続いているのは、こういう意見が言える環境があるからなのかも。

 それにしては、ダニエルは最初の時は典型的な貴族の坊ちゃんのようなことを言っていたよね。


「あ、あれは、急に一人になって心細かったからで、別に本心からじゃ無くて……」


 虚勢を張りたいっていうのかな。不安を隠すためにそうしていたのかもね。


「そ、それで、ティナとクライブは一緒になるんでしょ。おじいさまに昨日のことを話したら、急に殿下が学校に行くことになって不思議に思っていたらそういうことかって、納得されていたよ」


 うぅ、貴族の評議員の方まで……早くしないと、外堀まで埋まってしまいそうだよ。


「そうそう、ティナは王家のものだから、みんなとらないでよ」


 もう、クライブまでそう言う。まあ確かに、今の状況じゃクライブと一緒にならないって、いくら否定しても誰も信じてくれないよね。それに、こういう噂がある方が、私が頻繁に王家に出入りしても不審に思われないだろうから、しばらくの間利用させてもらおう。


「それで、ダニエル。午後の授業のダンスだけど、ほんとお願いね。まったくわからないの」


 学校で教えてもらうのは舞踏会で踊るようなダンスだって言っていた。こちらの舞踏会でどんなダンスを踊るのか知らないけど、中学で習うようなダンスじゃないことは確かだろう。


「僕でよければ喜んで!」







「ごめんねクライブ、足、痛くなかった」


 王家の馬車の中で正面に座っているクライブに謝る。


「痛くは無かったけど、僕こそ、ごめん。どうしてあんなに裾を踏んじゃったかな」


 クライブの踊りは、エルマー殿下が笑っていたというのがわかるくらいたどたどしく、女の子が着る踊り用のひらひらの衣装の裾を何度も踏まれてしまった。

 他の生徒たちは上手い下手はあっても、私たちみたいに踊りとして成立していないことは無かったので、どれだけ私たちのレベルが低いかを思い知ってしまったよ。

 そして、ダニエルは私たちに教えようというくらいだから、みんなの中でも特に上手で、私たちだけに時間をかけることのできない先生から、私とクライブを特別に指導するように頼まれていた。


「ダニエルに期待だね」


 毎日約一時間ずつの一年間。どこまでできるかわからないけど、せめて人の足を踏まないようにはなりたい。






 王宮についた馬車を降りた私は、近衛兵のファビアンさんとルーカスさんと別れ、いつものように王宮に裏口から入った。ちなみに今日は、クライブも真っすぐアレンの部屋に行けるということで、私について来てくれている。


「それで、昨日早速コンラートさんに話したんだけど、ハンス船長が鍵を握っているみたいなんだ」


「えっ! おじさんが!?」


「うん、王様と仲がよくて、妹さんをお妃にした時のことを知っているはずだって」


「確かにおばあさまはおじさんの妹だけど、おじいさまのお妃になった時の話は聞いたことは無いよ」


「でも、ハンス船長ならエリスをクライブのお嫁さんにする方法を知っていると思うんだよね」


「エリスと……そうだね、おじさんに聞いてみよう!」


「会う方法はどうするの?」


「おじさんは元気になった兄上に会いたいはずだから、僕と兄上で手紙を書いたら来てくれると思う」


 ハンス船長、クライブとエリスのことを聞いたら驚くかな。

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