第56話 ティナ、これでいい?
「待っていたわ。二人とも、早く入って」
アレンさんの部屋にはいつものようにクラーラさんがいて、私たちを出迎えてくれた。
「それでは私は用事があるから、アレンの事、よろしく頼むよ」
エルマー殿下は、私たちをここに連れてくるためだけに、わざわざ来てくれたみたいだ。
「今日は急にお客様が来ることになって、少し慌ただしいのよ。ごめんなさいね」
「クラーラ様。それでしたら、少しお時間をずらしましょうか?」
「とんでもない。二人が来てくれるのをずっと心待ちにしていたのだから、あなたたちの方が優先よ」
ということで、このままアレンさんのマッサージを始めることになった。
「ティナ様、アレン様の足をそのままゆっくりと上げてください。そうそう、ゆっくりとですよ」
私とエリスで、アレンさんの固まっている体をほぐしていく。
(ねえ、ユキちゃん。ボクは入らなくていいの?)
(もう少し待っていて)
今は、私とエリスでアレンさんの体を触っているのだ。もし、くすぐったくなってデュークが動いてしまったら、大変なことになってしまう。
「さすが、手際がいいわね。確かにそうすれば、アレンに負担がかからないようね」
「はい、クラーラ様。アレン様は痛くても話して下さらないので注意が必要です。しかし、怖がってほぐすのを
私の時もきっとそうしてくれたんだと思う。エリスには感謝してもしきれないよ。
「なかなか難しいのね」
「でもこれは、毎日アレン様をご覧になられているクラーラ様なら、加減もわかるのではないでしょうか」
「そうね、アレンの事なら何でもわかるわ」
コンコン!
「はい」
エリスがドアを開けにいくと、以前見かけた執事さんが入ってきた。
「失礼いたします。クラーラ様、お客様がお見えです」
「あら、もうそんな時間。すぐ行くわ。でも……」
「クラーラ様、私たちはこのままアレン様の体をほぐしておきます」
「ごめんなさいね。できるだけ早く戻ってくるようにするから」
クラーラさんは、執事さんと一緒に部屋を出ていった。
「ティナ様、大丈夫なようです」
廊下には誰もいないことをエリスに確認してもらい、計画を実行に移す。
(デューク、アレンさんの中に入ったままでいてね)
(わかった)
アレンさんを楽な格好にして、デュークに入ってもらう。
これから、デュークがアレンさんの中に入った状態で、どれだけ私から離れることができるか確かめないといけないのだ。
「エリスは、アレンさんの様子を見ていて」
まずは、先日エリスに入ったデュークが抜けた距離まで移動する。
……エリスもアレンさんも変わりはないみたい。
次に、前回大丈夫だった肖像画のあるところまで向かう。
……二人の様子に変化はない。
「どう?」
「ティナ様、アレン様に変わりはありません」
やっぱりだ。ここは、アレンさんから10メートルくらい離れている。
「デューク、喋れる?」
「……あ、あっ、うん、ユキちゃん話せるみたい」
よし、アレンさんの中にデュークがいるのは間違いないな。
それにしても、アレンさんの声はこんな感じなんだね。少しデュークの声に近いかも。
「あのー、デューク様。アレン様の中におられる時は、他の方にもお声が聞こえてしまいます。ですので、ティナ様のことはティナ様とお呼びになられた方が、いいのではないでしょうか?」
そうだ、万一誰かに聞かれたときに説明が面倒くさくなる。ユキと呼ばれるのに慣れていて忘れていたよ。
「あ、そうだね。ティナ、これでいい?」
うわ、これはこれで、なんだか新鮮な感じだ。
「えっと、エリス、どれくらいまでいけるか、ちょっと部屋の外に出てみるよ」
顔が熱くなってきたので、部屋を出る事にした。ついでに用も足してきたら、顔も戻っているだろう。
一人で王宮のやたらと広いトイレまで向かう。最初の頃はデュークが覗きやしないかヒヤヒヤしていたけど、……近くにいないってこんなに心細いんだ。
そして、トイレからの帰り道、試しに歩数を数えてみた。アレンさんの部屋まで大体100歩。距離にするとたぶん50メートルくらいになると思う。もしデュークが変わらずアレンさんの中にいたのなら、アレンさんの中でならデュークはその存在を維持できるということなのかもしれない。
ドキドキしながら、部屋のドアを開ける。
しかしその時の私は、後ろを確認するのを忘れていた。
「デューク、どう?」
「あ、ティナ、お帰り。ボク、ずっとエリスちゃんと喋っていたよ」
「あ、ティナ様!」
背もたれのクッションに寄りかかって、こちらをむこうとしている
「あ、兄上?」
振り向いたそこには、学校の制服を着ているクライブが呆然とした様子で立っていた。
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