第19話 熱い! 熱いけど、我慢できる!

 一階に到着し、お風呂があるという場所に向かっていると、次第に懐かしい匂いがしてきた。


「ねえ、フリーデ。ここのお風呂は温泉なの?」


 おっ、温泉を言おうと思ったら、口から言葉が出てきた。この世界にもあるみたいだ。


「はい、お屋敷の地下から引いているんですよ。普通のお風呂もありますけど、どちらがいいですか?」


「温泉!」


「わかりました。そちらのお風呂は小さいのですが、三人なら十分入れます」


 目的の場所に近づくにつれ、匂いが濃くなってきた。きっと源泉かけ流しなんじゃないかな。楽しみになって来たぞ!





 服を脱ぐ前に浴室の中を見せてもらう。フリーデが言った通りあまり広くはない。たぶん、五人も入ったら窮屈になるだろう。

 それよりも大事なのは温泉だ。入って左手に置いてある小さめの湯船には、彫刻が施された注ぎ口から刻々とお湯が沸き出ていて、そこからあふれだしたお湯が床面を濡らしていた。


「やっぱり源泉かけ流しだ!」


 色も白濁しているし、匂いもそうだから硫黄の温泉なんだろう。


「ティナお姉さま、早く入りましょう」


 フリーデはすでに衣服を脱ぎ始めていた。私も遅れないように着ている物を脱ぎ、籠の中に入れていく。


「ティナ様、足元に気を付けてくださいね」


 エリスと一緒に、フリーデの後を追って中に入る。


 湯船の横には桶が置いてあり、そこから直接お湯をすくって体を洗うみたい。


「お姉さま、お水はこのかめの中にありますからそこからとってくださいね」


 この世界はまだ水道が普及していないので、井戸から汲んだ水を貯めて使うことが多い。ここもお湯は温泉の暖かいものを使えるけど、水は井戸から汲む必要があるようだ。

 でも、お湯の温度もちょうどいいから、そのまま使ってもいいんじゃないかな。


 カチヤからの移動で汚れた体を念入りに洗っていく。体の先の方からだんだんと中心に向かって……


「キャ!」


「お姉さま、私が洗って差し上げますね」


 急に触られたからびっくりしちゃった。


「うん、お願いね」


 みんなと入るとこういうのが楽しいよね。






「ありがとう、フリーデ。スッキリしたよ」


 王都までの間、馬と御者さんを休ませる時以外はずっと移動していたから、お風呂に入ることができなかった。途中一度だけ体を拭かせてもらったけど、夏の暑さもあってすぐに汗をかいて気持ちが悪かったんだよね。ようやく人心地ひとごこちついた気がするよ。


「お姉さま、中に入られるのでしょう。私もご一緒したいです。でも、ちょっとだけ待ってくださいね。髪をまとめますから」


 そうだ、私の髪は短いから洗いっぱなしでも大丈夫なんだけど、フリーデとエリスは髪が長いから、まとめないと湯船に浸かれないんだった。


「二人とも手伝ってあげるね」


 洗ったばかりのフリーデとエリスの髪を手で解し、まとめ上げてからタオルで包み込んでいく。フリーデの髪は私と同じ金髪で髪質も柔らかい。エリスの方はちょっと硬めの黒髪だ。

 ふふ、二人とも気持ちよさそうに私に身をゆだねてくれている。


「はい、出来たよ」


「お姉さま、お上手です。思わずうっとりしてしまいました」


「そうでしょう、フリーデお嬢様。もう私はティナ様の虜なんですよ」


 そうでしょう、そうでしょう。子供の頃は美容師さんになりたいと思っていて、地球のお母さんと真似事をやったことあるんだよね。髪の事なら任せて欲しいよ。


「さあ、早く入ろう。温泉が楽しみで仕方がないよ!」


 恐る恐る湯船に入る。地球では温泉に入ったことがあるけど、この体では初めてかもしれない。体がびっくりしないように慎重に……

 あー、染みわたる!

 うん、温度も問題ない。

 お湯が注ぎ込まれている場所が一番熱いかな。でも、やけどするほどではないな。

 よし!


「ティナお姉さま。そこは熱くないですか?」


「熱い! 熱いけど、我慢できる!」


 温泉では一番熱いところに行きたくなってしまう。地球のおじいちゃんの影響だ。だから、つい我慢して入るというのが習慣になってしまっている。


「ティナ様、そこまでしなくてもいいと思いますが……」


 残念なことに、どうもこちらには熱いお湯に我慢して、どれだけ長く入れるかという文化は存在しないようだ。


「楽しそう……私もお姉さまの近くに行ってみます」


「あ、フリーデ。そんなに急いで来ないで」


 せっかく体の周りの温度に慣れてきたのに、急に近づいてきたら熱くなっちゃうよ。


「お姉さま、逃げないでください!」


「フリーデ、お願いだからきまわさないでー」


 久々のお風呂は、緊張していた心と体をほぐすのに十分すぎるひと時だった。





(ふー、気持ちよかった)


(ユキちゃんから湯気があがっているよ)


(うん、ちょっと頑張りすぎちゃったかも……。ところであんた。ずっと静かだったけど、覗いてないでしょうね?)


(も、もちろんだよ。お風呂場が狭かったからずっと外にいたよ……)


(そうだといいんだけど……)


(信じてよー)


 まあ、気配はずっと外にあったから言っていることは本当だと思う。


(ところで明日は大丈夫なの?)


(ボクの方は大丈夫だけど、計画を全部話してもいいのかな)


(どういうこと? 全部話さないとみんな協力してくれないんじゃないの?)


(そうなんだけど、もし参加している人が教皇国に教えちゃったらって思ってね)


 デュークの計画を教皇国が知ったら、対処されてしまうに決まっている。


(それって、味方の中に敵がいるってことなの?)


(敵に限らなくても、つい話しちゃう人っているじゃない。だからあまり大勢の中で話すのはどうかと思うんだよね)


 なるほど、秘密を知っていたら他の人に話したくなる人もいるかもしれない。そういう人から、本物の教皇国の工作員に情報が渡ることもあるんだ。


(それならどうするの?)


(コンラートさんと相談したいんだけどいいかな)


 明日、王宮に行く前にコンラートさんと打ち合わせをしないといけないようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る