第39話 はい、私でよければ喜んで
「ティナ様、少しの間離れることをお許しください」
「エリス、気にしなくていいから。おじさんたちによろしくね」
「それではティナ様、明後日の朝、お迎えに参ります」
「はい。エリックさん、エリスをお願いします」
エリックさんがカチヤの町に戻るというので、エリスを送ってもらうように頼んだのだ。エリスは私を残すわけにはいかないって駄々をこねたけど、実家に帰ってお互い元気な顔を見せ合った方がいいに決まっている。
「それじゃ、行こうかティナ」
馬車を見送り、お父さんたちと一緒にエルマー殿下の元へと急ぐ。
「ところでティナ、もう杖は必要ないのかい?」
「うん、船の揺れの中で歩いていたからかな。足もだいぶん動くようになってきたよ」
ここ数日は本当にハードだった。歩く距離も長かったし、船の中では常に揺れているから踏ん張らないといけなくて、毎日寝るときには足が棒のようになっていた。そのおかげなのか、ようやく杖無しでも歩くことができるようになってきているのだ。
「それはよかったわ。でも、木だけは登らないでね。心配だから」
「わかっています。お母さん」
以前聞いた時にティナが寝たきりになったのは、木に登って落ちてしまったからだって言っていたからね。わざわざ悲しませるようなことをしようとは思わない。
(木登りかー、ユキちゃんはしたことなかったよね)
(うん、子供の頃、周りに登れそうな木がなかったよ)
子供ころ住んでいたところは街なかだったから、木が生えていると言ったら公園ぐらいだった。そんなところでは、登ろうとすら思わないよ。
(ティナって子はおてんばさんだったのかな)
(そうかもね)
本当のティナ。どんな子だったのかな。
お父さんとお母さんは、私を屋敷の中で一番いい客室へと連れていく。
「殿下は王都に戻る前にこちらにお寄り下さった。その
おお、それは大変だ。失礼が無いようにしないと。
客室の前には、護衛と思われる兵士さんが二人立っていた。
お父さんは兵士さんに一礼し、直接部屋をノックする。
コンコン!
「エルマー殿下、失礼します。ティナが帰ってまいりました」
「どうぞ」
そういえば、うちにはセバスチャンさんみたいな執事の人はいないな。エリスのようなメイドさんも少ないし、お父さんたち大変なんじゃないのかな。
部屋の中のソファーにはエルマー殿下が一人でくつろいでいて、私たちにも一緒に座るように言った。
「エルマー殿下、ご健勝で何よりです」
「あはは、堅苦しい挨拶はいいよ。ティナ今回は本当にありがとう。おかげでカチヤを敵から開放できた。感謝しているよ」
そういいながら、殿下は私の前に立ち上がり頭を下げた。
「ああ、これは殿下。ティナも早く立って!」
「いいからいいから、これは作戦司令官としてだからね。気にしなくていいよ。それに父上だってお礼を言いたいはずさ」
「あのー、どうしてティナが……。そういえば、船に乗って来たのもよくわかりませんし……」
あれ、お父さんとお母さんは、私がここにいる理由を知らなかったんだ。
「ああ、男爵には説明してなかったね。ティナはカチヤ解放のための作戦を御前会議で奏上して、さらに詳細な計画まで立ててくれたんだよ」
お父さん、お母さん、そんなに驚いているところごめんなさい。奏上は確かに私がしましたが計画を立てたのはデュークです。
その後、殿下が計画のあらましを父さんたちに伝え、船の作戦行動について殿下から聞かれた。
「えっ! ティナはあの嵐の中を船で過ごしたの?」
お母さんによると、嵐の間はこちらでも結構な
「はい。と言っても、かなりの時間は眠っていましたけどね」
揺れている船の中では眠るに限るって、小さい頃に地球のおじいちゃんが言っていたような気がするんだよね。
「カペル男爵婦人、うちの艦隊は優秀ですからね。多少の嵐では沈みませんよ」
確かに優秀だった。どんな状況でも慌てている船員さんを見かけなかったから、それだけ経験が豊富なんだと思う。
「すまないがカペル卿。ティナと二人で話がしたいんだ。構わないかな」
「はい、殿下。それでは、ティナ。食堂に行っているからね」
「ティナ、待っていますよ。殿下、失礼いたします」
お父さんとお母さんは、私を残して部屋を出ていった。
「さて、ティナ。今回は本当にありがとう。おかげでほとんど犠牲を出さずに済んだよ」
「いえ、私はただ話をしただけです。実際に戦われた皆さんがすごいと思います」
船員さんもすごかった。ハンス船長の指示を間違いなくこなしていたもんね。
「ありがとう。でも、できるだけ相手を含めて犠牲を出さないって言うのは、大変だったんだぞ」
「ごめんなさい。たぶん相手の兵士の人も好きで戦っている人はいないんじゃないかと思って……」
軍務省で作戦会議をするときに、デュークと相談してできるだけ相手の犠牲も少なくなるような作戦を提案したのだ。
「これには意味があったんだよね。あの時は詳しく聞けなかったのだが」
「はい、攻め込んだ方だとしても、送り出した夫や子供が死んでしまったら相手の国を恨みます。でも、生きて帰ってきたら、感謝はされないけど恨まれることはありません。もし次に相手が戦争を起こそうとしたときに恨まれている人が多かったら、止めてくれる人が少なくなります。でも、これは希望でしかありません……」
「ティナは優しい子だね」
殿下の手が私の頭にそっと触れる。
(きっと、みんなわかってくれるよ)
(ありがとうデューク……)
「ところで、ティナ。うちの次男坊はどうだった。一緒だったんだろう」
おっと、もしかしてこっちが本題かな。
「クライブ殿下はどんなときでも動じず、しっかりとされていましたよ」
デュークが中に入っても起きなかったからね、大物なのは間違いない。
「そうか、あいつには急に重圧がかかったから心配しているんだ」
お兄さんが死んじゃったんだよね。
「クライブ殿下は、やるべきことを分かっておいでのようでした。これからもっと経験を積んでいかれるでしょうから、優しく見守ってあげたらいいと思います」
「ありがとう、ティナ。話を聞けて良かった。待っていた甲斐があったよ。それで……ティナがよかったらなんだが、クライブをこれからもずっと支えてやってくれないか」
「はい、私でよければ喜んで」
「そうか!」
(ユキちゃんダメだよ! 『ずっと』って言ったよ)
ずっと……あっ!
「殿下、ずっとというのはまさかそういう意味ではないですよね?」
「えっ、あー……まあ、私としてはクライブの横で支えてもらいたいと思っているのだが……」
「それはさすがに、この場でお答えできるものではありません」
「いや、まあ、すぐにというわけではないんだ。ただ。あと一、二年のうちに妃候補を決めないといけなくてね。誰がいいか悩んでいるときに、父上からいい子がいたぞって聞いたのがティナだったんだ」
王様と会ってまだ数日しか経ってない、なのに皇太孫殿下のお嫁さん候補になるとかさすがに早急すぎるだろう。
「殿下、確かに私とメイドのエリスは、クライブ殿下と友達になろうと約束を致しました。ただ、結婚相手としてはまだ考えることができません。申し訳ありませんが候補から外してください」
この世界で目覚めてからまだ半年も経ってないんだよ。それなのに将来の王妃様候補だなんて困ってしまうよ。
「そうか、でも友達にはなってくれるんだな。これからもよろしく頼むよ。それでは、私はそろそろ行くから、王都でまた会おう」
エルマー殿下は、お付きの人と一緒に馬に乗って王都に向かって行った。
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