第2話 水槽の中の金魚

 休み時間になるとクラスメイト達は一斉に動き始める。


 予鈴を合図に発作的に動きだした彼らは、まるでかき混ぜられて舞い上がった水槽の泥のようだった。

 やがてゆっくりと水槽の底に沈む頃、僕は完全に独りぼっちになっていた。


 泥を眺めるだけの日常。

 つまり、これが僕から見た世界だ。


 決して干渉することのできない水槽の観測者。

 世界は目の前にあるが、それに触れることはできない。

 繰り返す日々を、ただ呆然と眺めていた。


 しかし、退屈なことばかりではないのだ。

 僕は今日もそれを待っている。

 期待通り、泥の中から一匹の金魚が舞出てきた。

 町田千代、僕の世界を彩る唯一の存在だ。


 「川俣君は一日一回怒られるね」

 「そうかな」

 「そうだよ。いつも怒られてる」

 「僕は悪いことなんてしていないけどね」

 「学校じゃやる気がないというのも悪いことなんだよ」

 「言いたいことは分かるけど。僕はやる気がない訳じゃないよ」

 「まあ、いいけど……変わったね川俣君は。昔はもっと熱意があったのに」

 「人は変わるものだよ。よい方にも悪い方にもね」


 そう言った僕を見つめる千代の目は、どこか悲しげなものを感じさせた。

 僕はそれに気づかないふりをした。


 「もう行くね。次は体育だよ」

 「うん」


 千代と話ている間に、クラスの男子達はすでに着替えを始めていた。

 千代は半裸の男達を目前にして、俯きながら逃げていった。

 僕から逃げたのかもしれない。

 なんとなく、そう思った。


 友達がいないことは気にならないけど、体育の時間は少し億劫だった。

 僕はチームプレーというやつがとにかく嫌いだ。

 特に学校の体育とくれば、結果を求められるわけでもないのだから、目立ちたい人を目立たせるためだけに、周りの人間が協力させられるというくだらないものだ。


 クラスの人気者が活躍し、皆で声援を挙げる。

 想像しただけで反吐がでる。


 生憎、今日の体育はマラソンだ。

 サッカーやバスケットでは無いだけ、まだマシだった。

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