ヘブの秘宝

@yaqut_azraq

序 アルホユスという子

 沼と荒地の国、荒地の都。鳥人たちが暮らす荒地の中心都市。ここにアルホユスという男の子が暮らしていた。荒地の都の首長、鳥人族の最有力部族・ヘブ族の族長でもあったシャーフ=イルを父に持つが、アルホユス自身は鳥人ではなかった。というのも、彼は赤子の時、北からやって来た隊商からヘブ族に引き渡された人間の孤児だったのだ。首長シャーフ=イルがその子の養育をひきうけて、幼名を「丘を見し者」、すなわちアルホユスと名づけた。

 アルホユスは首長たるシャーフ=イルに何不自由なく育てられたが、彼は人間だったために周りの鳥人族の子とはあまり馴染めなかった。ゆえに彼は小さい子供の時分を、他の子と遊ぶことではなくて父の魔術に関する蔵書を読みふけることに費やした。父の持っていた膨大な数の魔術の本、そしてときおり色々なことを教えてくれる首長付の鳥人術師・アリトナクラズのおかげで、様々な魔術の知識を吸収していった。そのような調子であったから、彼は子供のするような落書きよりも先に、魔術陣を描くほうがうまくなったくらいだった。

 アルホユスが10歳になった頃、彼の元にヴァイヤ大学の入学許可証が届けられた。エルフの国の魔術・伝統知識の宝庫、古くから続く魔術知識継承の場、神の知識を求めてやまない者たちのための探究の学び舎。そんなところで魔術を学ぶことができたらどんなに素晴らしいだろう、とアルホユスは生まれてから初めての胸の高鳴りを感じた。

 アルホユスはまず、入学するために、荒地の都からの出奔の許可を父シャーフ=イルに求めた。だが首長シャーフ=イルには後継がおらず、ゆくゆくはアルホユスを後継にすえて荒野の都、ひいては鳥人族の長にするつもりであった。シャーフ=イルは首長になるための教育を施したかったのでアルホユスを行かせたくはなかったが、内気であまり自分の意見を言うことのなかった息子の望みを叶えてもやりたかった。それゆえ、考えに考えた末シャーフ=イルはアルホユスに言った。"入学に見合うだけの知恵と実力を示して見せろ"と。そうして、鳥人族のうち最も魔術に長けた術師、すなわちアリトナクラズによる審査の場が改めて設けられた。一晩にわたる魔術についての問答、魔術陣の構築の試験、魔術の発動の試験を経てアリトナクラズは、アルホユスの知識量と実力は入学するのに申し分ない、と認めた。鳥人族一の術師の認可があったとなれば族長も引き止められず、シャーフ=イルは惜しみつつもアルホユスの出奔を許可することとした。

 試験が終わって、アルホユスのための都を挙げた盛大な成人の儀が開かれた。大学に行くのなら成人の歳になっても帰ってくることは叶わないだろうということで、先に成人の儀を済ませることとしたのである。アルホユスは父から成人の証である杯を受け、その名をダ=ルーカン・シャーフ-アンデ・ロンゴユ・ヘブデと改めたのであった。

 成人の儀を終え、一晩の宴も終わり、旅支度を万全に済ませ、アルホユス改めダ=ルーカンは大学行きの馬車を待っているところだった。

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