拝啓、退屈しないこの日々に

そばあきな

拝啓、退屈しないこの日々に


「誕生日おめでとう」


 顔を合わせて早々、クラスメイトのアイツから差し出されたのは、コンビニなどで売っている小さなチョコレートの小分けパックだった。

 差し出されたチョコレートを反射的に受け取って顔を上げると、いつも通り笑顔を崩さずに僕を見るアイツと目が合う。


 やっぱり信用ならない笑顔だなと思いつつ、ありがとうと伝えようとして、ふと浮かんだのは、あれ、という疑問だった。


「……誕生日なんて教えたっけ?」


 僕が尋ねると、彼は一度教室のある一点に向けてから、こちらに向き直る。

 彼の見た方向に視線を移すと、彼の中学時代の友人で、僕の一つ後ろの出席番号のクラスメイトがいた。

 今日も変わらず楽しそうだな、と思いながら、僕は彼が視線を移した意図が分からず、「アイツがどうしたの」と尋ねる。


 そんな僕を見て、目の前の彼は一度困ったような表情をしてから口を開いた。


「彼が昨日、明日が君の誕生日って言ってたから。……もしかして違ってた?」

「いや、合ってる、けど」


 そういえば入学式の時に、出席番号の近い彼から、名前や出身校と共になぜか誕生日を聞かれたな、と思い返す。

 記憶している限り、その彼以外のクラスメイトに誕生日を教えた覚えはないから、彼から聞いたのというのは本当なのだろう。

 それにしても、教えたのが誕生日という些細なものはいえ、情報漏洩が過ぎるのではないだろうか。これがもっと重要なことだったら訴えられるぞ、と思った。


「そうなんだ。それならよかった」

 僕の言葉を聞き、目の前の彼の顔が嬉しそうに綻ぶ。

 貰った側ならまだしも、渡した側でそんなに嬉しそうにできるなんて凄いなと思った。

 それだけ彼には、誰かに尽くしたいし、尽くされたいという思いが強いのだろう。

 ただ、その誰かが僕でもいいのかよ、とは少しだけ思いはするけれども。

 そういう彼の、誰でもいいから世話を焼きたいという気質については、だいぶ前に気付いていたのだが、僕ですらその対象になるのだから相変わらずだなと思った。



 ――目の前の彼と出会ってから、もうすぐ一年になる。



 初めは、絶対に気が合わないと思っていた。

 直接は尋ねていないが、おそらく向こうもそう思っていたのだろう。

 それでも確かにあったはずの「別れ」の選択肢を全て無視して、僕たちはここまでやってきた。

 互いに本性を隠さなくなった今でも、何だかんだよくグループが同じになるせいで(主に例のクラスメイトのせいである)、僕らは傍から見たら仲がいいように見えるのだろう。

 顔がいい奴の近くにいることで、女子から伝言や手紙を頼まれたり、酷い時にはもめ事に巻き込まれたりと、彼のせいで確実に僕の周りはそれまでの生活より騒がしくなってしまった。


 それでも、毎日がこんなに退屈せず過ごせていられるのは。


「……ありがとう」


 意識しなければ聞こえないくらいの小声で呟いて、僕はそれきりだんまりを決めこむ。

 目の前のアンタのおかげで今があるかもしれないなんて、口が裂けても言えないから。

 でも、ありがとうという言葉だけで、目の前の彼はどこか驚いたような目をしていたように見えた。

 それだけの変化でも、信用ならないいつもの笑みではないからなのか、なんだか新鮮に見える。

 確かに普段「腹立つ」などと理不尽に貶すことはあっても、礼を言うことはほとんどないもんな、と自分の無礼を棚に上げてぼんやり思う。


 気恥ずかしそうに「どういたしまして」と笑う彼を見て、僕は再び思考を巡らせていく。

 絶対口にはしてやらないし、これからも胸の内にしまっておくとは思うけれど。



 ――本性を知っている今のアンタとなら、もう少しだけは友人付き合いをしてやろうかな、だとか。



 そんな言葉を飲み込み、僕は現実から逃げるように目を閉じる。



 ――退屈しないその未来は、まだ遠い話。

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