誘拐少女

バターピーナッツ

1.編集者

自分がこの仕事に向いていないことはわかっていた。


それを自覚したのは入社してから3ヶ月目。先輩の取材について行って、録音機のスイッチを入れ忘れた時だ。それからは細々と小さな取材を続けてきた。もちろん、表紙に載るような事件を担当したことは一度もない。しかしまさかクビになるとは思いもしなかった。使えない人材が人気のない部署に飛ばされるのはよくある話だか、クビになるのは大抵、責任を取らされる立場の管理職だろう。


最後の仕事になるであろう小さなコラムをパソコンに打ち込みながら、関根は溜息を吐いた。

「お、どうした?2ヶ月後にはお前も晴れて無職だな。」

同僚の三上が向かいのデスクから乗り出してきた。

「笑い事じゃねえんだよ。30にもなって再就職先なんて見つかるのかね。」

ニヤニヤしながら覗き込んでくる三上の頭を軽く叩きながら、関根はまた溜息を吐く。

「辞める前にさ、俺が担当する予定だった取材代わりに行ってくれね?今忙しくてさ。知り合いの就職先紹介するから。頼む」

「まあいいよ。就職先紹介してくれるなら、辞めるまでは暇になるしな。今度奢れよ。」

両手を合わせて懇願してくる三上にはそう言って強がったものの、最後の仕事が小さなコラムのチェックだけで終わるのが少し嫌だった。


後日詳しく話を聞くと、その取材は6年に起きた誘拐事件のものだった。

埼玉の住宅街が舞台のその事件は、被害者の家出から始まる。彼女の家は母子家庭だったが、母親が警察に連絡したのは家出から二日後のことだった。その後、被害者は自宅から数十キロ離れたアパートで発見される。それで事件は収束した。しかし、ある週刊誌が被害者の家出の原因は母親にあると報道したことを皮切りに、母親への非難が始まった。被害者は毒親に育てられた悲劇の少女と称され、連日ニュースで取り上げられた。

なぜ、今更6年前の事件なんて扱うのかと疑問に思ったが、どうやら今まで一度もメディアに出なかった被害者が取材に応じてくれるらしい。

「そんな責任重大な記事、俺が担当していいいいのか?」

「どうせ辞めるんだから責任とか気にしなくていいだろ。この際、一から事件洗い直してみろよ。」


三上の軽口に乗せられ、1人の男の最後の取材が始まった。

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