見知らぬ国のトリッパー 6




scene:13


 2013年、真冬。


 守口は自分の傍にある会社の電話が鳴ったので電話を取った。


「はい」

「ブルーフォレスト社の奥村様から電話を頂いていますが、…お繋ぎしますか?」

「ああ、繋いで」


 叔父なのだからお互いの携帯番号は知っている。それなりの繋がりはあるというのに何故会社を通じての電話なのか。まあ、どっちにしても変わらないと守口は受話器を取った。


「もしもし」

「ああ、俺」

「分かってますよ、というか携帯に電話下さいよ」

「何となく確実性のある方を選んだんだよ。君、ブルーフォレスト社の内部知りたくない?」

「…!」

「『ライブレ』の情報とか。まあ攻略本とかでもいいけど、ウチの内部事情晒してそれが売れると思う?」

「内容ですね」

「…流石新人成り立てとは違うねぇ。新人なら食いつくところなんだけど」

「…まあとりあえず出版させてくれるんですか」

「『ライブレ』開発者インタビュー、君が希望するウチのタイトル、まあ、俺と係わり合いがあるチームのゲームと合わせて」

「…?」

「ウチからTCG出る事になってる」

「…! マジすか!?」

「マジ」 


 守口久は一呼吸置いて、誰が作ってるのか、を聞いた。


「俺ともう一人かな」

「…!!」

「あ、今、リストラだと思った?」

「いや、…叔父さん、なんでですか」

「やる事になっちゃったんだよ」

「なる」

「なる、って何だよ」

「売れっ子なのかなーと思って」

「あーその逆」

「…?」

「強引にやらされた」

「www え、でもなんでブルーフォレスト社がTCGを? って人気だからに決まってますよね」

「うん…まあそうなんだけどさ。メディアミックス無しでTCG出して成功すると思う?」

「えー? まあ、無理なんじゃないですかね。TCGって初速でどれくらい売れるかどうかって何かTCG専門の会社の社長さんが言ってましたよ」

「実際その通りでね、まあ、キツい戦いになるわけさ」

「叔父さん『ライブレ』やってるから『ライブレ』のTCGじゃないんですか?」

「『ライブレ』TCGは無理というか出しても意味が無い。『ライブレ』より面白くはないだろうから」

「そういうもんなんですか」

「そういうもの。で、ウチの会社をネタにする本って売れる?」

「いきなり言われても、うーん、それなりですかね」

「うん」

「うん、前に『ライブレ』のデータ本出したじゃないですか。それなり、なんですよね」

「なるほど」

「でも、深いインタビュー記事ならもうちょい売れるかな」

「なるほど、ではさっき言った内容を1冊にまとめよう。どうかな」

「…辞典くらいの?」

「そう。それにゲームクリエイターになるには、という内容もちょいと含めて」

「それぞれ1冊の本として作れるくらいのですか?」

「YES」

「話持ってきたということはウチで?」

「どうかねー」

「ウチですよね」

「さあ」

「今すぐにでも掛け合いますよ、上と」

「まあ、詳しい事はまた後で」

「ウチですよね? というかウチしかないですよね!?」

「じゃあね」

「ちょっ、叔父さん?」 


 電話は切れる。


 守口久は直ぐにブルーフォレスト社に奥村と会うアポイントメントを取り、ブルーフォレスト社に向かった。こういう時、奥村と親族であるということは有利だ。胸がざわざわする。



scene:14


「お前の数少ない人脈って、数少ないのに役に立つよなぁ。付き合う人選んでるの?」


 横で渡部の他、4人が板で仕切られた個人スペースの裏から顔を出す。どうやら会話の内容を聞かれていたようだった。奥村は飽きれた顔で、盗聴じゃないすか、と至極真っ当な事を言った。


 他の4人の名字は江利川、加持、田代、星野と言う。これが奥村のやり方かと見ていた。というか渡部に見させられていた。渡部が言う。


「つか、『ライブレ』の内部情報なんか武器や機体やマップとかだろ、何出すの?」

「『サ』のつくアレ」


『サテライトクラスタ』の事はこの中では渡部と奥村しか知らない。


「…時期早くないか?」

「そうでもないですよ。アケゲの寿命は意外と早いんですよ。バージョンアップで寿命延ばしてますけどね。女子もやれるゲーム、つまり音ゲーやパズルゲーなどを除いて。出版の頃にはちょうどいいタイミングだと思います」

「価値の高い、それでいてスキャンしきれないほどの量の本を出して、その中に『スペル・バインダー』の情報も入れるわけか」

「いや、スキャンされるでしょう。パート分けるんで、重要な部分だけスキャンされ出回る。そこにわざと『スペル・バインダー』の情報を流す」


 渡部は怪訝な顔をした。そういう事はあまり好きではないのだ。まあ自ら関わった物などがタダで流される事にいい顔する人はいない。


「…人は軽い違法に触れたがる、か。」

「そうですね。『ライブレ』でもプレイ動画あるでしょ? 厳密には著作権違法で、しかもゲーセンで録画する行為は、まあ、軽く違法ですが、だからこそ面白いという心理が働きます。流出も同じく」

「というか、本の内容流すとか出版社泣くような事言うなよ」

「いや、普通に売れてくれるとは思いますよ。『ライブレ』の機体カラーコードやらなんやら付けますし」

「つか電話で話してた内容だと俺の仕事量がハンパなく増えそうなんだが。お前も」

「覚悟の上、でしょう?」

「…卑怯な言い方するな」

「頼みます」

「…わかったよ。で守口って誰?」

「『ライブレ』のデータ本出したところの人間というか俺の甥っ子ですね。」

「へー、…あれ、お前、甥っ子いたの?」

「居てもおかしくは無いでしょう。」

「一人だと思った。天涯孤独」

「家族ぐらいいますよ。…もう、何年も会っていませんが」

「故郷どこだっけ」

「山潟です」

「長期休暇で会ってこいよ。いい年なんだろ?」

「俺が行っても仕方がないです。俺がいるだけで、ビクッと怯える家族ですから」

「あー、悪い事聞いた?」

「いえ」

「出版なぁ、いつになりそう?」

「わからないですね。内容濃くて分厚くなりそうなんで秋は越えますね。ああ、上の方に期間延ばすよう言ってくれます? 再来年の7月より伸びるかな。できるだけ延ばしてほしいんですけど」

「まあ、出来るとは思う。急いでないというか他社TCGのリリースの兼ね合いがあるから発売バッティングは避けたそうだったかな。だからやめろって言ったのに」

「あれ、上に言ったんですか?」

「言える立場にねえよ、こいつらと話してたんだよ」


 こいつらとは江利川、加持、田代、星野の事だ。一礼する奥村。それに釣られるように4人も挨拶をした。


「まあお願いします。で、江利川くん、加持くん、田代くん、星野くん、よろしく。BBSやブログ回っただけではいまいちよくわからないだろう? ということでこれから2週間、誰か2人、外に回ってほしいんだ。ゲームショップや大会とか、何でも使っていいからTCGに詳しい人間と仲良くなってほしい。多分コアな情報はそういう人間しか出てこない。それでいて子供の動きとかね。『スペル・バインダー』は高校生以上対象として子供は外してあるけど、なんだろうね、カードパック開けて、カード見て、なんだよこれとか言いながら楽しむ様子を見てきてほしい。俺らというか渡部さんはこれから会社に釘付けというか軟禁状態になると思うから。いい奴らと仲間になれたのならまた指示を出すよ。それからじゃないとね、TCGプレイヤーとして感覚が掴めないと思うんだ。他人とカードで遊ぶって事が、ね。偵察とも言うかな。頼む。カード作るのはそれからだ。各自フリーで動いてほしい。ところで、企画書はどこまで見てる? 全部?」


 江利川が「いや、渡部さんから渡されたのは渡部さんが書き直したやつで、ゲームシステムとか詳しく書いて無いんです」と答え、奥村が「それはよかった」と返した。


「内容知っているとね、どうしても話したくなるものなんだ、今の時点でそれはマズい。情報漏洩だからね。知らないでいたほうがいい、ああ外に出る2人はジャンケンで」


 ところで、と奥村が切り出した。


「名前に“くん”付けってあまり好きじゃないんだ。でも名字では堅苦しい。いや、俺や渡部さんは上司だから、名前や“さん”を付けるのは仕方がない事だけど、というわけでね、ハンドルネームあるだろう? プレイヤーネームとも。それで呼びたいと思うんだ。ちょっと舐めてる? と思うだろうけど違う。お互いにハンドルネームだけで呼びやすいんだ。ハンドルネームと言っても普通の名前みたいなものだけど。これはウチの『ライブレ』チームでも取り入れてる。何故かって言うと仕事時とプライベートを分けるためなんだ。ま、考えといてよ」


 渡部が奥村を無言で見ていた。


「なんですか渡部さん」

「いや、ちゃんと仕事するもんだなぁと」

「…外に出る2人は立場が悪くなります。フォローは…わかってますよね」

「お前、俺を部下だと思ってるな」

「駒ですよ、将棋で言えば角」

「うわ、ひでぇ。俺振り飛車党なのに」

「負ける気は無いからですよ。上司だからと気を使って負けたら、殺します」


 ほら見ろ、こういう奴なんだよ、と渡部はため息まじりに江利川、加持、田代、星野に言った。



scene:15


 2040年。


 昼休みが終わり、授業が始まる時間。


 PVを見終わった彼女は『スペル・バインダー』を終了し、デフォルト画面にした。


 この『ブラインダー』は常時付けていてもバレないから良い。そして彼女は“片倉里緒”という一人の女子高生に戻る。


 PVの中の言葉。



「あなたこそが、最後の現実」



 片倉里緒はその言葉に惹かれた。



scene:16


 2013年、1月へと戻る。


 奥村が電話を切った、その10分後に守口から電話があった。


「今すぐそっちに向かいますから」

「あれ、急がなくてもいいのに。今ね、出版社の人と話してる途中なんで切るよ」

「ああああああああああああ!!」

「嘘だよ」

「があああああああああ」

「うーん、反応が面白いなあ」

「そういう冗談はやめてください! いまリアル絶叫して路上なのに顔文字のorzのように崩れかけましたよ。そんで周囲の視線が全部こっち向けられて、もう、何なんですか、俺マジで不審者じゃないすか」

「www アポ取ってるだろうから玄関先で待ってるよ」


 渡部が横で会話を聞いていた。他の4人は各自自分の仕事をしている。いやー、と渡部が言う。


「最近わかったんだけど、お前、結構意地悪だよな」

「渡部さんには負けますよ」

「いやー、照れるなあ」

「ほっちゃんライブテンプレ風に言わないでください。家族や仲間に内緒でCD持ってるの知ってるんですよ」

「ちょ、おま」

「さて、もうすぐ甥っ子が来るので喋る内容でも軽く決めます?」

「俺も会っときたいな」

「いいですよ。あとそうだ、フリーパス渡してもいいですかね、しょっちゅう来る事になると思うんで」

「うーん、頼んでみるよ。この部署限定なら通ると思うけど」

「出版社という事は…バインダーか」

「そうですねバインダー単体で売れるという事は無いと思います」

「ルールを付けてもか」

「そうですね。なにせメディアミックス一切無しですからね」

「俺に言うなよ。上に言え上に」

「そりゃ卑怯な方法やるしかないじゃないですか」

「それが『ライブレ』情報つけてのソレか」

「何があってもバインダー買わせるしかないですからね。」

「で、何話すの?」

「一応簡単な資料作ったんでそれ見ながらという感じですかね」

「見ていい?」

「いいですよ」

「…お前、これ、元の企画書じゃねえか」


 奥村がけらけらと笑った。


「さて、憂鬱な作業が始まりますね」

「カード内容だろ、絵師だろ、ルールだろ、魔法仕様書だろ、テストプレイだろ」

「第一シリーズって何枚がいいんですかね」

「何枚もなにも魔法属性14つだったっけ? 1属性にとりあえず20枚×14で280か。で、召喚で増えるよな」

「とりあえず召喚や特殊な魔法属性は後で良いと思うんですよ。第一エレメンタルの炎熱・水冷・地殻・電撃・風衝の5つ。他は次のパック入り。」

「となると20×5で100枚ぐらい?」

「そのくらいで調節しておきましょう。魔法仕様書での拡張やら混成とかありますからね」

「魔法はどうすんの?」

「とりあえず属性と区分と性質をオープンにして、基礎はこちらで、応用はプレイヤーとのやりとりで集めようかと思います」

「ルールはいいとしてイラストは?」


 奥村が指をモニタの方向に指す。Pixivの画面だった。奥村のアカウント。


「何のために俺が50000以上ものお気に入り絵師を入れてると思います? 集めてるの俺くらいですよ」

「ピックアップしてる?」

「既に」

「見せて」

「タブレットに移してるんでそっち見てください」


 奥村が自分のタブレットを渡部に渡した。


 入っていたのは2000枚以上の絵、それも、TCGによく使われる絵柄というより、TCGには向かなさそうな感じのアートワークに近い絵だった。


「どういう事?」

「会社としてカードが安定して売れればいい。そうですよね。安定させるためにTCGというゲームルールがあり、シリーズでの新カード投入がある」

「ん、んー? どういう事?」

「つまりTCGでなくてもカードが売れればいいんです、安定して、長期的に」

「まあ、それはそうだな」

「トランプやタロットカード、花札とかは売り上げ少ないですけど安定してますよね」

「まあ、そうだな。売り上げどれくらいかはしらんけど」

「えっと、渡部さん、トランプや花札、タロットカードって何故未だに売れてるかわかります?」

「昔からあるものだからだろ」

「それが一つ、あとはトランプの場合は数多くのゲーム拡張性、タロットは占いなどに使われます」

「花札は?」

「デザインですね。あと昔は賭博に使われたというのもあります。では、コレクターアイテムとして出すカード、テレカでもいいですね、それが売れるのはどうしてですか?」

「その作品が好きだから買う、んじゃねえの?」

「その通りですね。言ってしまえば画集もその一つですね。本と言う形ですが」


 渡部は奥村に試されたような気がして少し不機嫌になった。


「何が言いたい?」

「TCGではルール、カード単体ではデザインが主になるという事です」

「??」

「今発売されているTCG…多重メディアミックスTCGは除きますが、カードルールを除いた場合、売れると思いますか?」

「つまり絵柄だけという事か。あのデザインじゃ売れないだろうな。いやビックリマンの例があるな」

「その通りです。多重メディアミックスTCGの場合はキャラやアニメの名シーン切り出しなので売れますが、そうでなければコレクターアイテムとしても売れませんね。ビックリマンはストーリーがあって売れました」

「ん? ということは、絵の問題か?」

「そうです。花札のデザインやタロットカードのデザインは歴史あるだけあってカード価値を高くしています。つまり良いデザインのカードはそれだけで売れる」

「お前、もしかして…スペル・バインダーに花札やタロット乗っける気か?」

「…まあ、外れではないですが当たりとも言えませんね。TCGで遊ぶための数値が邪魔になります。ならTCGカードに含まれる文章や数値抜きでシリーズとして出せないか、という事です」

「…ん? んん? て、事はTCGとしてのカードとTCG部分抜いたカードを販売する…って事?」

「ええ、『スペル・バインダー』から外れますが、シリーズとして組み込めば良い。現代的な花札のイラストカードとか、トランプカードとか」

「TCGで無いところでもカードを売るっていう事か」

「わかりやすく説明するとそうです」

「とりあえずカード属性の中に幻影がありますよね。幻を見せる属性のカードです。他とは違って縛りもキツくない。そこに入れます。TCGと売り出した後はコレクターアイテムカードとして花札は…あの小ささと拾いやすい厚みが良い所ですが、カードでも十分機能します。現代的なアートデザインで」

「カード内のシリーズか?」

「イメージ付きました?」

「え、ちょっと待て、つまりTCGだけでは売らないと?」

「うーん、そういう事になりますね。例えば新しいデザインのタロットカードが発売されたら買う人いますよね、必ず一人は」

「あー、そういう事か。スピンオフだな」


 奥村は、いや俺、渡部さんにスピンオフと言われるまでスピンオフという言葉忘れてましたと笑った。


 渡部は続ける。


「でも、どうしてだ? 普通のTCGの絵ではダメって事だよな」

「そうですね、20年くらい耐えられるデザインが必要になります。そうすればこれから作るTCGがダメになっても“残る”」

「…俺が言っていた事か」

「それが、俺の答えですが、どうでしょう」

「せこいな」

「せこいかどうかは、まあ、結果で見ましょうよ。それで…魔法をどのように揃えましょうかね」

「考えてねえの? 基礎作るとか言っておいて」

「急に企画出せと言われてそこまで考えませんよ」

「で、映画やらアニメやらゲームの動画やら攻略サイトを見ろって指示か」

「まあ、そうですね。ドキュメンタリーや専門書籍も」

「計画性があるんだかないんだか。考えてるような事言ったじゃないか」

「こちらが頼んでもいない企画でそこまでは無理ですよ。さて、甥が来るので、行きましょうか」


scene:17


 エレベーターで1Fへと降りていく。会議室は2Fだが玄関先で待つ事にした。


「さあ、どの順番でやっていくか、か」

「魔法ですかね。何と何を組み合わせるとどのような魔法になるか」

「それしかねえやな」

「まあそれでダメになっても応用できますからね」

「お前、そういうところだけはなんか計算高いよな」

「失敗したくないだけですよ」


 不思議とエレベーターの中では目の上の電子表示板を見てしまう。


「あー、お前の甥っ子ってお前に似てる?」

「姉の再婚相手の連れ子なので似てませんよ」

「…もしかして地雷踏んだ?」

「いや。そこで地雷とか言ったら人間として最低ですよ」

「あー、うん、そうだな」


 年下に説教された渡部は少し複雑そうな顔をした。正しいので何も言い返せない。今度奥村の弱みを握ったらそれをネタに弄ってやろうとだけ考えた。 

 

 エレベーターの扉が開く。ちょうど守口が受付に居た。


 奥村が、ああ、こっちこっち、と守口を呼んだ。顔色が少し悪いのはあの悪戯のせいか。やりすぎたか、と奥村は思った。


「ヒデ叔父さん酷いじゃないすか」


 wwwと笑ったのは渡部である。


「ああ、紹介するよ。俺の上司に当たる渡部邦彦。今回やることになったTCGのプロデューサー担当」

「あ、初めまして、インターブレイン社のゲームパブリッシング部門の守口久と言います」


 きちんとビジネスマナーを守った名詞交換するあたりは流石社会人だと奥村は思う。奥村はそういうのが苦手で逃げてきた。


「話は聞いてるよ、奥村の甥っ子なんだって?」

「あ、ええ、そうなんです。いつも叔父がお世話になりまして、あと『ライブレ』の件ではありがとうございます」

「お世話ばっかりだよな、奥村」


 奥村は窓の外に目を逸らした。


 守口が名刺を見ながら、渡部邦彦さんって、あの渡部邦彦さん? と驚く。まあそうだろう、ゲーム業界では有名人だった。飲み会の人気者で顔が広い。それで担当するゲームもそれなりに多い。


「ああ、今度、ウチのゲームパブリッシング部門の新年会があるんですよ。渡部さん来てくれたら、もう歓迎しますよ」

「行く行く、いつになるかな?」

「一週間後の土曜なんですが、他のゲーム会社の人も来るんですよ」

「へえー、予定がどうなるかわからないけど、行ける時は行くよ。電話番号交換しようか」

「いいんですか!?」

「これから長い付き合いになるからね。僕もこの出版では協力しているし」

「ありがとうございます、あ、携帯携帯」

「まあ、あせらなくとも、その内毎日のようにここに来る事になるし」

「へ?」

「ウチの部署へのフリーパス用意している。アポ無しで社員のようにウチに入れるよ。TCGの部署だけだけど」

「いいんですか? そんな開発…は、まだしてないですよね」

「インタビュー録るにもその方が都合が良いし」

「そ、そうですよね。う、うーん、そうなのかな」

「遠慮しなくてもいいってことさ」

「お気遣いありがとうございます、渡部さん」


 それで、と守口が切りだした。


「内容はもう聞いているので省略しますが、ウチでの出版を希望…いや、確約してくれませんか? ウチ…インターブレイン社のゲームパブリッシング部門では『ラインブレイカー』のデータ本を4冊出させてもらいました。手を抜いて作ったというところは無いはずです。叔父さ…奥村さんも見ていますよね」

「叔父さんでいいけれど…、うん、細かく作られてあって、あれだ、ゲーセンに置いて見られるよう版を大きくしたよね」

「ええ、予想される需要にゲーセンサイドがありました。個人でも買うでしょうがゲーセン側も買うだろうと。まあゲーセン側の需要は少しなんですけどね。ゲーセンに持ち寄って見るにはあのサイズが良かったんです」

「うん、なかなか良く出来てたよ」

「それでこちらが出版で望むのは『ライブレ』がこれからどうなるのかなのと、開発者、出来れば色んな部署のインタビュー、あと外したくないのがニコ動での動きなんですよね。それでゲームクリエイターになるにはという話を入れれば売れるとは思います。それと、今作っているTCGの話ですね。本としては分厚くなりますが、全ページ面白いというのを目指しています。奥村さんとは電話で話しただけでまだウチの方の上司には言ってませんが、通ります。確実に。ちょっと前に、あるゲーム会社さんのゲームデザイナーが本を出しましたが、売れたんですよね。それにはゲームクリエイターになるには、ではなく、何を考えどう作ったかという思考の本なんです。自分としてもそういう方向が良いですね。で、これを1冊にするのはやはり厳しいんですよ。小さなフォントを使っても難しくて、核になる1冊と、それぞれの分野を分けた本を出版するという形ではどうでしょうか?」


 奥村が眉を上げていたずらっぽい顔で渡部の顔を見る。


「いや、出版願いに来るとは思ってたけどプランまで考えてくるとは思わなかったね」


 奥村がコーヒーを飲みながら言った。


「さて、久くん、確約しよう。その代わりなんだがバインダータイプの本って出せる?」

「バインダーってあのバインダーですか?」

「うん、ルーズリーフ挟められるような」

「ウチからは出した事がないんですが、可能だと思いますよ。値段がちょっと高いですが」

「その形で書籍ってのは出せるかな。数は売れる範囲で多く」

「うーん、どう、ですかね、1ページずつ内容が違うわけでしょう?」

「まあそれはそうだね」

「メモ帳の場合は定型があって印刷して挟めればいいんですけど、つまり本をバインダータイプにしたいと。バインダー作っている会社と話さなければなんとも言えませんね。なにを挟めるつもりなんですか?」

「ウチで作ってるTCGの情報と『ラインブレイカー』の続編の情報」

「!? 続編? 2ですか?」

「まあ2とも言えなくないが2ではないんだよね。システムは踏襲しているけど」

「は? え!? 今のって」

「超極秘事項。誰かに言ったら多分縁は切れるね。何せ企画は通ってるけど予算まだ無いからね。だからまだ作ってもいない」

「え、えー!?」

「まあこのまま行けば通るだろうよ。何せ一日300万近くの収益あるから。表に出るのは来年かな」

「いきなり重い話になりましたね」

「え、無理? 無理なら他の──」

「ウチでやらせていただきます」

「そう? それは良かった」


 バインダー、と言われ守口久は妙な顔になった。


「バインダーっていうと、あの、例の初回290円で次から700円ぐらいになるシリーズのやつ思い出すんですが…」

「ああ、違う違う、カラーも挟めるけど基本モノクロで紙も普通でいい。付録つけるかもしれないけど、シリーズ化しないし第二号から値段跳ね上がったりしないよ。必要なのはバインダーなんだよね」

「え? 内容じゃなくて?」

「うん、バインダーを売るために内容を濃くする、と言う感じかな」

「それはどうしてなんですか?」

「そうだね、開発しているTCGにとりあえずバインダーが必要になるんだ。タイトルを『スペル・バインダー』という」

「へえー、えー、えー、…え?」

「簡単に説明するとTCGってのは普通カードだけでやりとりするよね」

「ええ、はい」

「TCGはやったときある?」

「僕自身は無いですね。TCG関連の出版はまた別のチームなんで」

「じゃあ、カードにはカードテキストが書かれているよね、普通。○○が××のとき、カードをドローする、とか」

「それくらいは」


 奥村は他社TCGのカードを出した。奥村から渡された物だ。


「フォントを小さくしてもね、大体200文字なんだ。トランプと同じ大きさのカードで80%はイラストで20%は数値とかカードテキストルールだね」

「はい」

「じゃあカードがA4サイズになったとしよう。カードテキストルールをガリガリ入れ込めるわけだ。そこでこちらが取る戦術は外部によるカードテキストルール拡張。A4サイズなら大体2000文字は軽い。そこでバインダーが必要になる。『スペル・バインダー』用の専用バインダーを用意しても売れないってのはわかるよね。新しいTCGにバインダーの購入料金はつぎ込めない。売りの一つになってくれるだろうが、決定的な売りにはなってくれない。だから、ゲーマーが欲しがる情報本をバインダーの形で出版して、バインダー所有率を上げる。何故かってのはこれ見て欲しい」

「なんですか? …って企画書!?」


 奥村の行動に渡部が眉をひそめた。いいのか? という顔だった。奥村はそれを一瞬見て、守口に視線を戻した。


「まあ、言ってしまうとね、僕らは失敗してもいいんだ」


 おい、奥村、と渡部が横槍を刺す。奥村は目的のためなら手段を選ばない。渡部は『サテライトクラスタ』の裏の計画書でそれを知っている。そして計画は既に動いている。鋭い、が、その鋭さは危険だとも思っていた。


 『サテライトクラスタ』の裏の計画書ではどうみても実現不可能な計画が記載されていた。山潟県香佐市の、ゲーム都市計画。ゲーム専修学校の計画。ブルーフォレスト社の移転計画。本当の意味で会社の資産を食い潰す。次世代の若者を育てるために。実現不可能なプランだったが、奥村ならやりかねない。やるだろう。そしてそこにしか未来は無い、と奥村が考えるからこそ、渡部は仲間になった。奥村は勝算が全く無い戦いはしない。…が、しかし。方法が強引過ぎる。おそらくは自分が奥村を止める役割なのだろうと渡部は思った。おい、止めろ、情報を渡しすぎてるぞ、としか言えなかった。


「ブルーフォレスト社が初めて出すTCG。ノウハウは0に近い。失敗例を作るというのが後々役に立つ。失敗しないと学ばないからね。でもまあ、売れて欲しいのは確かだ」


 守口は企画書に目を通す。そして口に出す言葉を迷ってるようだった。そして口を開く。


「つまりはこの『スペル・バインダー』を流行らせるためには、って事ですよね」


 奥村が頷く。


「基本的な物理を応用した魔法戦、専用バインダーや専用バインダーでのTCGカードで言うスリーブ、ベータ版の魔法仕様書と公式の魔法仕様書…」

「そう。まだ形は決まっていないけれど」

「…賭けですね」

「そうなるね」

「今の段階では何とも答えられないですが、バインダー本に関しては…ウチの編集長に掛け合ってみます。」

「俺や渡部の名前を出してもいい。必要なら行くよ」


 ありがとうございます、でも、これは、俺の戦いなので、と守口は言いつつ、去っていった。そして、会社の玄関前で戻ってきて、やっぱり手伝ってくださいと奥村と渡部に言い、奥村と渡部は笑った。


scene:18


 渡部が複雑な表情をしている。


「奥村」

「何でしょう?」

「お前、…多分、多分なんだが、ゲーム作りに向いていないな」

「…自覚してます」

「行動が強引すぎる。それで物事が動くという事もあるが、不器用だな」

「…器用な人に不器用だと言われたら認めるしかないですね」

「結婚できないわけだ」

「…誰が俺を好きになってくれるんでしょうね。自分でもダメだってわかっているんです、本当は。さ、戻りましょう」

「そうだな」


 渡部は考える。奥村は何をそんなに急いでいるのだろうか。まるで余命宣告されたように。そこで渡部は気付く。会社の屋上で安い焼酎を呑む。それはアルコール依存症ではないか。渡部は、アルコール依存症で自殺するように呑んで、そして死んだ知り合いを思い出し、奥村と重ね合わせる。もしかしたら、奥村は死にたいのではないか。


「なあ、奥村」

「え?」

「…死ぬなよ」

「何ですか急に」

「いや、…忘れてくれ。でも、いいか、助けて欲しいときは俺に言え。助けてやる」

「もう助けてもらってますよ。ありがとうございます」

「僕らは失敗してもいい、って本音だな」

「……」

「それは俺が許さない」

「……」

「『サテライトクラスタ』付き合うって決めたんだからな。『スペル・バインダー』も」

「…どこかで失敗したいとずっと思ってました。本当はやりたくないんです」

「破滅願望か」

「なんでしょうね、自分はダメな人間で、どうしてここにいるのかわからない」

「ゲームを作るためだよ」


 奥村は渡部の顔を見る。


 そうだったらいいんですけどね、と奥村はエレベーターのボタンを押した。


scene:19


 2040年。


 学校の授業中、『スペルバインダー』の事が頭から離れなかった。炎と熱、冷却と液体、雷と電気、大地と植物、空気と音、光と秩序、闇と混沌、時間と時空、技術と機械、重力と磁力、夢想と具現、魂魄と呪、数理と言葉。小さなファクターがやがて大きなファクターを生み出す。自分好みだと片倉里緒は思う。


 こら、守口、守口航、起きろ、という先生の声がして、片倉里緒は、はっと我に返った。


「んあ、ちゃんと聞いてましたよ」

「じゃあこの問題を解いてみろ、聞いてたんならできるよな?」

 守口航は机のタブレットPCにさらさらと解を書いてみせる。最初から解を知っているように。


 片倉里緒は守口航が気に入らない。ボンクラな性格なのに顔は普通に良く成績優秀、話題の豊富さもありクラス全員から好かれているようなやつで、おまけに先生からの評価も良く、学校で一人で昼ごはんを食べるような片倉里緒とは正反対の人間だったからだ。



 さて、この2040年の『スペル・バインダー』は、片倉里緒と守口航の出会いの物語である。“ファイアフォックス・ガール”と“パンプキン・ヘッド”。


 それはゲームを舞台にした、小さな恋物語かもしれない。



scene:20


 相変わらず時は2013年、1月。


 奥村は渡部とエレベーターで上がりつつ、くくく、と笑った。

「なんだよ奥村」

「いや、なんでも」

「なんだ気になるじゃねえか」

「まさか渡部さんがあんな事言うなんて思ってもみなかったからですよ」

「あー、…あー忘れろ」

「忘れませんよ」

「…ああ」

「今ですね、何故か2040年の出来事が見えた気がしたんです」

「随分先じゃねえか、宇宙人かよ」

「そういうのではなくてですね、なんだろう、一つの恋が実ればいいなと」

「?」



scene:end


 ある年の1月8日。この日は奥村の誕生日だった。


 相変わらず会社の屋上で安い焼酎をコーラで割って飲んでいる。


 眼鏡を掛け目を閉じないで目を瞑る。まるで何かをフィルター越しに見るように。すると、炎熱、水冷、雷撃、地殻、風衝、金鉱、聖光、暗黒、幻影、時空、重磁、機構、死霊、理言、それぞれのカードの神様が正装を着て、奥村を囲んで踊り出す。やあ、こんにちは、と奥村は自分の想像に声を掛けた。正確には3Dのプログラムだ。プログラム名「近代技術のオーケストラ」。


 守口久が奥村を探していたようで、屋上に来て「どこ行ってたんですか、探しましたよ」と言う。一応はバインダーの形での書籍が発売され、ブルーフォレスト社のフリーパスも貰えて毎日が楽しそうだ。



 どこに行ってた、か。




 未来だよ。





 (了)

 










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