見知らぬ国のトリッパー 4
scene:7
奥村は会社の屋上に居た。考え事をする時はいつも屋上だった。煙草は喫煙室しか吸えない決まりとなっていたが、屋上では吸殻を自分で片付ければ許してくれる。たまに焼酎も持ち込む。コンビニで売っている安い焼酎だ。それをコーラで割って呑む。酒を口に入れて呑む時、奥村は視線はいつも空に向ける。
1月だというのに空は晴れていた。その代わり座るところは雪が融けて濡れていたけれど、奥村という人間はそれを気にしない。
どう勝とうか、奥村はそれだけを考える。1年だけの開発期間、予算未定、メディアミックス無しと、どうやっても勝ち目が見えない。勝ち目が見えないという事だけが見えている。という事は、裏返せば何でもやっていいという事だ。反則的なことでも。渡部が俺に企画持ち込んだという時点でそれはわかっていた。TCG開発グループで作れるならとっくにやっているだろう。それが上手く行かなかったという、上手く行っていたのかもしれないが、渡部が言う「残る」ものにはならなかった。
ゲーム屋の理想として10年後も語られるゲームを作りたいというのは本能かもしれない。創作者なら誰でもそのような本能や願望を持っているだろう。
あの人ならどう思うか。トレースする。会った事も無いゲームデザイナーが、苦悩を深くする。おそらく、奴のゲームファンならば会いたがるだろうが、自分は会いたくて、会いたくなかった。この感覚は誰にもわからないだろう。会うとしたら2人だけがいい。ぼそぼそと夢見がちな会話をして、自分だけ酔って、寝たい。そのまま凍死したい。目を瞑ると闇が襲う。醜い過去が襲う。目を向けろ、と誰かが言っているような気がする。でも、もう、眠たい。渡部に渡した企画書のようなメモは徹夜で書いた。それで眠たいのかもしれない。生きたくない、のがこの眠気を起こしているのかもしれなかった。
ああ、余計な事を考えてるなと奥村は思った。昔読んだファンタジー小説を思い出す。ファンタジーになりたかったな、と、途方も無い、夢でしかない事を考えたりした。酔っているのかもしれない。
渡部に企画書のようなメモを渡したはいいが。時計を見る。午後7時を回っていた。今頃はプレゼンやっているのだろうか。通って欲しくは無いなと奥村は憂鬱そうに煙草を咥える。煙草の火が、じじ、と燻って光る。ポケットの中で携帯が震えたので取り出す。渡部からだった。
「おう」
「なんですか」
「企画、通らなかった」
「それは残念ですね」
奥村は物事から解放されたようにほっとしたため息をついた。
「で、こっちは君の名を出したらあっさり通ったよ」
「は?」
「期待されてなかった『ライブレ』で利益だしたからなー、いやー持つべきものは成功者だよ」
「ちょいまて、こら」
「なんだ、こら、とは」
「卑怯じゃないすか」
「卑怯も何もあるか。絶対に売れないと予測されたゲームがニコ動で人気になる時代だ」
「ざけんな」
「ああん、立場的に上司に言う言葉かね」
「降りますよ」
「あ、それは困る」
「えっと『サテクラ』の件は知ってますよね。こっちはそれで忙しいんですよ」
「んなこたわかってる。でも余裕あるだろ」
「ねえよ」
「ええと、山潟県香佐市のデータねぇ」
「…殴ってやる」
「ああ、待ってる。芋焼酎用意してるから」
電話が切れた。あの野郎、本当に通しやがったと奥村はイラつきながらも、こうして今も考えているという事は、心のどこかで通って欲しかったのかもしれないと考える。腑に落ちないのだが、明日から俺どうなるんだろ、と奥村にしては一般常識的な事を考えた。
とりあえずは渡部と酒呑みか。人が嫌いな奥村にとって開発メンバーの飲み会より、人嫌い同士の飲み会の方が気が楽だった。
残り短くなった煙草を深く吸い、吐く。日没の後の冷えた空気が肺に入り込んで気持ちが良かった。というかどうやって自分のPCを探れたのだろうか。パスワードは3重に掛けていたはずだ、と、樫木の事が脳裏を過ぎった。こういう事をやるのは奴しかいない。メタ介入にも程がある。屋上からビル街を見下ろす。あの計画に渡部を巻き込む事になるのかと思いつつ、最初からその予定でいた。
scene:8
奥村への連絡の後、携帯をポケットに仕舞った渡部はプレゼンの疲れからか、椅子に座って、それからしばしの間動けなかった。渡部は煙草を吸わない。上の娘が出来た頃から禁煙しているのだが、今日に限っては煙草が吸いたかった。プレゼンは結局、セールストークを重機関銃のように撃つ力技でねじ伏せた。渡部は通常、定石となるロジックで相手を納得させるタイプだが今回に限っては当って砕けろな勢いでプレゼンをした。
奥村の名前は、奥村には出したと言ったけれども本当は出さなかった。しかし、製作物には根本的に色が出てしまう。自分ではない、奥村の色だ。それで通ったのかもしれない。奥村を引っ張ってくる交渉も意外とすんなり通ったのは、その色というのが見えていたからかもしれない。それはいい。それはいいけれども。
横目で窓の外を見つつ、目を瞑った。プレゼン前、プレゼン材料を集めるために奥村の席に向かったのだが、その時に奥村はいなかった。どうせまた上にいるんだろうと思って、奥村が居ない隙に奥村が普段使っているPCを弄り、何か奥村の恥ずかしいファイルやら出てこないかなと探っていたら東北にあるらしい市の詳細なデータが出てきたのだ。
え、何これ、とその場に居た開発チームのメンバーに聞いてみた途端、その場に居た全員が凍った。相手が同じ地位の社員ならば軽くはぐらかす事も出来ただろうが、上司であり、有名ゲームクリエイターでありゲームデザイナーの渡部である。あの、ダメですよ、としか言えない。渡部はその雰囲気で何かを嗅ぎ付け、問いただした。奥村は何をやろうとしているのか、と。
そして『サテクラ』の裏を知った。あまりにも実現しようがない、とんでもない計画だった。奥村は会社を潰す気でいる。それもあまりにも軽く潰そうとしている。
渡部は奥村の冷たい裏側を見たような気になり背筋が凍った。その場にいる開発メンバーに、冗談だよな、としか返せなかった。知ってしまった。だから疲労が物凄く酷い。あんな企画が通るはずがない、と思いながらも奥村という人間を考えるにやりかねなかった。破壊者は破壊しかできない。パラメータを極端に振り分けたキャラクターみたいなものだ。何を破壊したがっているのか分からないが、とりあえず奥村に話を聞かなければならない。
本当なら楽しく酒を呑み交わすつもりだったが、そうはいかないらしい。だから『サテクラ』の事と東北にある市の詳細データの事を軽く奥村に伝えた。酒の席でこの事を聞くぞ、と。会社が軽く吹っ飛ぶ計画など止めなければならない。そして止められるのは自分しかいない。
scene:9
物語は少々脱線する。
舞台はワールド2:鋼織世界クラスタ。
クラスタは私達が生きている2010年代の日本社会をそのままコピーしたような世界だ。
現実とまったく同じと思って良い。舞台はその時代の、架空のアーケードゲームが中心となる。
2000年代後半からアーケードにてネット接続してプレイするゲームが発生し始めているのは実感として分かるだろう。
ネットゲーム。古くは1974年、32人同時の通信対戦をサポートした「Spasim」というマイナーゲームに始まり、1991年にAOLがサービスを開始した「Neverwinter Nights」、1997年には全世界で300万以上の売り上げを記録した「DIABLO」。
あまりにも数が多いので省略するが、数々のネットゲームがリリース、またはサービスを開始された。
そこから歴史は進み、家庭用ゲーム機でもネット接続が当たり前のようになった。
日本アーケード界では2001年に筐体とインターネットを連携させるシステムが開発され、2002年からはプレイデータの集計やオンラインアップデートのためにネットが使用されるようになった。
2007年になるとPCを含むネットゲームではアクションやシューティング要素を含むものも普通になり──
──ここからが架空の話、鋼織世界クラスタの世界になる。
非常に現実と似ていて、それでいて違うために、長い物語が必要となるがお許しいただきたい。
最初に1つのアーケードゲームについて話さなければならない。
2009年、ネットワークに本格的に対応されたアーケードゲーム基盤ベースにて、ゲーム開発会社であるブルー・フォレスト社が『ラインブレイカー』をリリースするところから物語は始まる。
『ラインブレイカー』とは、自らカスタマイズした機体と武器でネット上のプレイヤーとチームを組み、ただひたすらに戦闘するというシンプルなロボットゲームである。
その『ラインブレイカー』だが、前評判としてはあまり期待されていなかったと思われる。何故ならロボットゲームというのはゲーム業界の新人がよく企画に出すテーマであり、家庭用ゲーム・アーケードゲームでは定番中の定番。それで大ヒットするとは到底思えなかったからである。大ヒットアニメを使ったゲームよりは人気は出ないだろうと言われていた。
また『ラインブレイカー』はクレジットで「ゲーム内時間を買う」というそれまでのゲームとは違うシステムを取っており、1クレジットでのプレイに慣れていたアーケードゲーマーの不安を招いていたというのは事実である。操作形態もPCゲームのようなマウスで操作するというものであり、リリース当初はPCでもプレイできるタイプのゲームを、何故アーケードで金を払ってまでプレイするのかという声が強かった。
10人対10人というのが一つの売り文句となっていたが、PCゲームではそれくらいの人数の対戦は当たり前で、特に目新しい所がない、というのが『ラインブレイカー』に触れる前のプレイヤーの意見だった。
だが、その声は『ラインブレイカー』に触れた瞬間、すぐに覆される事になる。
驚異的な中毒性を持っていたのだ。
同系統のPCネットFPS・TPSよりもシンプルでわかりやすいタッチパネルインターフェイス。それまで必要とされていたストーリーを最初から削り、ネットでのチーム対戦に専門特化。コアという最終撃破目標物を巡っての攻防、プラントという場所の制圧でのエリア内移動。自分のプレイスタイルに合うように機体を改造し武器を持ち替え、ネットワークで日本中に結ばれたプレイヤー達による10対10の即席チーム戦が繰り広げられる。
タッチパネルで指示などを味方に送れるが、チャットの種類が微妙に少ないために味方内での読み合いが始まる。「クレジットでゲーム時間を買う」というゲームにとってデメリットだと思われたそのシステムは、通常600秒だが目標物破壊にて短時間で終了する戦闘の関係で微妙なゲーム時間が残り、時間が足りないがもう1プレイだけ対戦したい、武器や機体を買いたいというプレイヤーの心理を動かし、クレジットを追加させる。
残りゲーム時間との葛藤。これまでのゲームで考えなくても良かった要素が入れられたのである。言うなればパチンコでの「もう千円つぎ込めば大当たりするはず」という金銭感覚の一時的麻痺に似ている。非常に良くシステムが組まれ、それら全てが機能していた。
普通にゲームとして面白く、またアーケードゲームの特性である1プレイ有料と同一基盤と光ネットワークによる同条件がプレイヤーを本気にさせた。
お金が平等でも不平等でも、上手いやつは上手く、下手なやつは下手。
シンプルな原則。これは同一基盤と同じ光回線でアーケードだから出来た事である。人気は瞬く間に全国へ広まった。
同時期、より、2年近く前になるだろうか。2006年の冬。日本にて巨大掲示板群を運営していた管理人がとある動画サイトを立ち上げた。独自とも言える、コメントが任意のタイミングで画面に流れるように表示されるシステムがネットユーザーの中で人気になり、2010年には動画と言えばその動画サイトとまで言われるようになった。
当然ながらゲーム関係も“ゲームプレイ動画”または“ゲーム実況動画”として大量発生する。プレイ動画に関して最初はPCゲームやPCに繋いだ家庭用ゲームが主だったが、その流れでアーケードゲームもハンドデジタルカメラで撮影したものが増殖。
そんな中『ラインブレイカー』を含む2010年付近のアーケードゲームはモニタに繋いで観戦する事を想定して作られており、モニタに繋げられるという事は外部出力ケーブル経由して録画が可能であることを示唆していた。
いつ、誰が、最初にやったのかはわからない。だが。
2010年7月時点、その動画サイトでのアーケードプレイ動画を検索すると『ラインブレイカー』の動画関係はいつの間にか1万を越えていた。2012年には3万を越えている。
これはアーケードゲームのプレイ動画としてはトップとなる動画数であり、1日に20以上の動画が投稿されている。2010年から5年間『ラインブレイカー』がアーケードゲームで不動の地位を築いたのはこのプレイ動画の影響が強い。プレイ動画こそが最大の広告宣伝となりえるからだ。
ゲームに関する情報が、雑誌・掲示板・ブログから動画へと変わっていった時代でもあった。
百聞は一見に如かずであり、百枚の静止画は1つの動画に如かず。
このプレイ動画の発生によって株を下げたゲームも少なくない。ストーリーに重きを置くタイプのゲームはネタバレになるからだ。ストーリーが浅ければ、それだけその浅さが露呈してしまう。
掲示板の登場でもそれは起こっていたが、動画は一発でわからせてしまう威力がある。
『ラインブレイカー』には建前上のストーリーしか無い。だからこそ、プレイ動画が宣伝効果となり得た。
上手い人が次々と動画をアップロードし、動画を見た人がプレイや機体カスタマイズに反映させる。研究は繰り返され、『ラインブレイカー』プレイヤー全体のレベルが急速に上がっていった。
2012年から物事は劇的に変わり始める。
『ラインブレイカー』のバージョンが1.6へ。新たなプレイポイントが追加された。組織的に複数人で動くとチーム全体貢献として3ポイントが与えられるように仕様変更された。例えばコア攻撃を通すのに一人が囮になるというプレイがあるが、その囮役にもポイントが与えられるようになり、敵のほとんどが自チームベースを急襲している時に誰かが敵ベース前プラントを取るとポイントが与えられるように変更されたのだ。
通称プラント奇襲と呼ばれる行為だが、それが味方プレイヤー全員にアナウンスされる。『ラインブレイカー』の10対10の“組織戦”という要素に、より重きが置かれたのである。『ラインブレイカー』はチーム戦であり、決して一人では勝てないように調整されている。また囮プレイでもポイント入る。
そして、プレイヤーの間で幻とまで言われた初期機体ブランドの3段階目が遂に使用可能になった。元々バランスが良いとされた初期ブランド機体の現時点での最終段階。それは他の機体を凌駕する性能を持っていた。
もともと初期機体ブランドを使っているACEランクプレイヤーはこの3段階目を手にして鬼のようなプレイを見せた。
同じ年の冬。
『ラインブレイカー』バージョン1.7へアップデート。
全ての機体パーツ、武器性能、マップ構成が修正対象となりプレイヤーを驚かせた。特に産廃とされていた武器と不人気のマップ構成に大幅な上方性能修正が入った。
目玉となったのは巨大兵器である。バランスブレイクとも言われる兵器を投入したのだ。
BBSではバージョン1.7になってから話題が絶えず投稿され、一方、動画サイトには検証動画が数多くアップロード、そこから新たな兵装戦術が生み出された。
アップされる動画数は更に加速する。バトル動画、検証動画、ネタ動画。
この年、『ラインブレイカー』の関連動画数が35000を越えた。リリースから3年が経っても尚、その人気は衰えずBBSのスレッドは600を突破。リリースから約2年半、プレイヤーの間ではそろそろ『ラインブレイカー2』が出るのではないかと噂される。
1.7からチャットが細かくなった事により指示系統がよりわかりやすくなった。
『ラインブレイカー』は一人でスーパープレイをやって見せても、自チームのコアダメージが大きければ全体として敗北とされる。
そこでプレイヤーが考えたのが、チーム戦、言いかえれば“組織戦”で、どうやって勝利へと繋げるかである。
最初は小さな動きだった。
組織戦に興味を持ったプレイヤー各々が「組織」や「戦術・戦略」に関する情報を集め始めたのだ。ちょうど若い世代の間で「組織」というものに関して注目されてきた時期と重なる。MMORPGで仲間との輪を保つために組織論の基礎をネットで仕入れて反映するという動きが出てきたのだ。
もともと日本人は島国という国柄が影響しているのか、組織で戦った時代、戦国時代や第二次世界戦争を美化する傾向にある。そして日本人の特性として勤勉というのがある。日本が技術大国なのは勤勉さがあっての事だ。
たかがゲームに組織論が反映されても、なんら不思議は無い。当然と言える動きかもしれない。
組織論を覚えたプレイヤーが目覚しいプレイをし、その動画を簡単な解説つきでアップロードする。それを見た別のプレイヤーがまた組織戦について学び、反映させる。
『ラインブレイカー』プレイヤーを中心に、そのような新しい学習の流れが発生していった。
学習は、学習を呼び込む。組織戦そのものから経済へ、戦争へ、各国の時代へ、人物へ。ネット時代だからこそ、ネットの情報は浅いのかもしれないが広範囲に情報はリンクされる。広範囲。例えばウィキペディア日本語版だけでも68万ほどの記事がある。これからもっと増えるだろう。
誰も把握不可能な情報量。それがインターネットにて自宅から、ネットカフェから、携帯端末からアクセスできる。インターネットの情報は言うなれば雑多だ。嘘や事実ではない情報も多い。だからこそ立体的に情報を組み合わせて物事を見る事ができる。インターネットの海へ、雑多で猥雑なる情報の海へ。そして人は情報の海の泳ぎ方を知る。
2000年代、ネットによって人が受け取る情報量が飛躍的に増加した時代。
インターネットは影響を受けやすい未成年、主に高校生や中学生の思考マインドを変えていった。
『ラインブレイカー』はそのようなタイミングで登場した。
もっとプレイが上手くなるように、もっと組織的に動けるように。金は有限。だからこそ学習しなければ。そして、より多くの知識を取り込みたいとするネットユーザー各々によって、ネットを使った新しい学習方法が考え出された。
その結果は、ゲームセンターとは全く違う場所、中学・高校・大学での学力テストに出る事となる。2010年から急速に学力を伸ばす生徒・学生が全国的に発生したのだ。特に進学校ではなく、普通・普通以下の偏差値の学校でその傾向は顕著だった。
一部ではあったが突然の全国学力アップに教育関係者は困惑する。ゆとり教育での学力低下に悩んでいた教育関係者にとっては嬉しいニュースだが、何が作用したのかは謎であり要因を探る事になった。
そして組織や戦術・戦略に関する本などが若い人を中心に売れている事を突き止めるが、購入動機が「ゲームのため」、特に「『ラインブレイカー』のため」というのが多数で、またも教育関係者は困惑する事になる。教育に悪影響とされていたゲームが学力をアップさせたという事実。
教育関係者も半信半疑だったが、テストを重ねる毎に全国平均学力は上がっていき、認めざるを得なくなった。
2018年の少し前だっただろうか。
その『ラインブレイカー』を制作したブルー・フォレスト社内の動きとしては、『ラインブレイカー』企画開発者が『ラインブレイカー2』ではなく次回作となる企画を書いていた。
コードネーム:『サテクラ(仮)』
『ラインブレイカー』の2ではなく『ラインブレイカー』のシステムを踏襲した別のゲームの企画だった。
2015年か2016年に提出する予定だったのだが、その中身は2015年の時点では実現不可能な内容だったため、制作チームが偽の企画書を用意、ブルー・フォレスト社の上層部にプレゼンする事になる。
上層部はリスクの少ない『ラインブレイカー』の続編では無く、後継である事に眉をひそめるが、元々『ラインブレイカー』はそんなに収益を上げないだろうという上層部の読みが良い形で外れて大ヒットにしたこと、『ラインブレイカー』の後継でプレイシステムは基本的に『ラインブレイカー』と同じであること、今度は24人対戦であることを受け、ブルー・フォレスト社上層部は『サテクラ』の企画を許諾する。
24人と言う事は1つの戦闘で一気に3クレジット、300円を24人分奪える。
そして店のスペースに寄るが最大12×2、24台設置可能である。24台と言えばそれだけでアーケードゲーム店が開ける。
『ラインブレイカー』筐体は貸し出し制であり、筐体購入資金は安いが、1クレジット100円に対して30円が掛かる。
簡単な計算をしてみよう。
戦闘に必要なクレジットは1クレジット30円×24人分×1日に行われる戦闘数。
この戦闘数を仮に200とした場合、1日で1440000円が収入として入る計算となる。
1ヶ月で4320万円。1年で5億を越える。戦闘数が2倍なら、3倍ならと考えてみよう。
ゲームセンターが午前10時営業の午後10時閉店として、時間にして720分。1戦闘は約10分。5分以内で終わる戦闘もあるが。つまり少なくとも72回分の戦闘が行われ、クラスが違えば箱と呼ばれるグループも違うので約5倍として360回。360回の戦闘×30円クレジット×24人×12時間=約311万円。それくらいは最低稼げる。それらを考慮すると企画を通さない筈が無かった。
実際、昨年度では赤字決算の一因だったアミューズメント事業が『ラインブレイカー』などのリリースで営業利益を約14億円にまで伸ばした。開発資金は2015年から開発チームに渡る事になる。
同年。山潟県(架空)の中核市である香佐市(架空:人口約60万人)にて大規模な人気同人シューティングゲームの二次創作イベントが3日間行われる。
小規模コミケなどの二次創作イベントなどは各地でたまに開かれていたが、一つの同人ゲームの二次創作のみ、それも3日間連続というのは異例とも言えるイベントであった。山潟県香佐市は表現に関する規制がまだ少ない。これが数多の同人サークルを呼び込む事になる。
数ある同人サークル、全員の香佐市への足、電車・バス・飛行機などを用意したのも功を奏した。また深夜バスのラインや宿泊先のインフォメーションサイトを作り、来客者の誘導を行った。
大都市でさえも人気同人ゲームのみで3日間のイベントを開く事は無いというのに香佐市は実行したのだ。この同人シューティングゲームを知らない開催側は誰もが失敗するだろうと思っていたが、蓋を開ければ来場者数は3日間で延べ43万人。香佐市で毎年行われる祭の観光者数の約3倍であった。
会場はメインである「香佐メッセ」の他、香佐市にあるイベントホール各地などでも行われ、周辺地域の経済を一時的に潤す事となった。イベント開催時は交通渋滞や会場でのトラブルなどが頻発したが、ゲームファンと香佐市住民との交流もまた行われ、香佐市住民はゲームへの理解を深めた。
このイベント効果により、後に香佐市は「エンターテイメント産業特区」として国に申請する事となる。
同年、開発会社であるブルー・フォレスト社がゲーム雑誌やゲームサイトの取材を受け、「これからは新武器や新マップなどの追加はあるが、大幅なアップデートはないかもしれない」と発言。
「『ラインブレイカー』はアーケードであり、新作を期待するゲーマー達のためにいつかは席を外さなければならない」
「最終アップデートはバージョン1.9。予定では1.8は今年の冬、1.9は2年後になる予定」
これが憶測に憶測を呼び『ラインブレイカー2』が出るのではないかという噂が飛び交い、BBSの『ラインブレイカー』要望スレというスレッドでは、何人ものプレイヤーが要望を書き込むという事態が起こった。
公式では炎上というネットでの失言による信用低下スパイラルを恐れ、BBSなどなかったからである。
だが、一人の男がいた。
それはブルーフォレスト社の広報でありながら、2chやニコ動向けに発言してしまう、『ラインブレイカー』担当でありながらヘタレプレイなために皆に愛された、最強の広報担当。
名前は伏せるが、噂では頭に牛の角を付けているらしい。その男が裏で、見えないところで、皆の意見をブルーフォレスト社に繋げた。繋げないまでも皆の意見というのは把握していたのだが、牛の角を付けた最強の広報担当の情熱に負け、本来は数ヶ月先に出すはずの情報を公開した。
この事態に対し、ブルー・フォレスト社は「『ラインブレイカー2』ではないが後継となるゲームは計画されている」とネット上で発言。
そして『ラインブレイカー』後継ゲームについても言及。
──『ラインブレイカー』の後継。『ラインブレイカー』から生まれし異端なる私達の子供。
──私達はその子供に『サテライトクラスタ』と名付けました。
その発言に、プレイヤー達はネット上で様々な反応を見せた。
『ラインブレイカー』がシリーズにならず終わるのは間違いないが、その遺伝子を継いだ後継ゲームが出る。
プレイヤーの反応は割れた。組み換え自由なロボット+アバター+自由なプレイヤーネームを重視するものは『ラインブレイカー』継続派、新しい『ラインブレイカー』の次が見たいものは『サテライトクラスタ』派である。
『ラインブレイカー』継続派としては『ラインブレイカー』は完成しているゲームで、そのラインを壊さなくても安定だからヴァージョンアップは歓迎するけれど、何もかも新しくなるのは不安、という意見が多かった。またPS4で『ラインブレイカー』が出るとの噂もあった。
しかし全体的に見れば1.9を待ちつつ『サテライトクラスタ』を待つという意見が多数派であった。それだけ『ラインブレイカー』がゲーマー達に愛されていた証拠でもある。
『サテライトクラスタ』というタイトルが何を意味するのか、プレイヤーによる予想が始まる。
香佐市での、いわゆる『サテライトクラスタ事件』が起こる前。
『サテライトクラスタ事件』に関しては他の項に書く。
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