第七話 検死の結果

 夕食前、アウリールが夜の診察と検死の報告を兼ねてシュツェルツの部屋を訪れた。今まで検死に立ち会っていたのだろう。いつもは涼し気な美貌にも、さすがに疲労の色が見えた。

 シュツェルツも疲れている。今日一日でこれほど多くのことが起こるなんて、洋上での朝の診察の際には想像もつかなかった。

 シュツェルツはティーテーブルの椅子に腰かけたまま尋ねる。


「アウリール、検死の結果はどうだったの?」


 アウリールは真面目な表情になった。


「結論から申し上げますと、暗殺者たちが所持していた長剣と短剣から、毒は検出されませんでした。しかも、身元を特定されないためか、それ以外の所持品は持っておりませんでした」


「え……? それじゃあ……」


「彼ら二人の死因は心臓突然死──つまり心臓麻痺と診断されました。どう考えても毒死だと思ったのですが……」


「どういうことだろうね……」


 まだ残っている驚きに戸惑いながらも、シュツェルツはぽつりと漏らす。アウリールが唐突に天井を見上げ、叫んだ。


「ああ! 血液に含まれる成分が分かるようになればいいのに! 大体、においと、銀に反応するかどうかだけで毒を検出するってどうなんだ! そんな方法じゃ、青酸カリや普通のヒ素はともかく、純度の高いヒ素や他の毒は検出できないだろうが!」


「……アウリール、大丈夫?」


 シュツェルツの問いかけに、アウリールはふーっと息をついて答えた。


「お見苦しいところをお見せいたしました。少しすっきりしましたので、もう大丈夫です」


「相当ストレスが溜まっているねえ」


 アウリールは優秀すぎる分、宮廷で暗黙の了解となっている毒の検出方法や他の医師の仕事ぶり、医療の現状が歯がゆくてならないのだろう。

 彼はステラエ医科大学を次席で卒業したそうだが、それはカモフラージュだったのではないかとシュツェルツは思っている。


 アウリールが首席を取れないはずがない。多分、故郷で開業するという目標のために、わざと次席の座に甘んじていたのだ。首席になろうものなら、本人の意向は無視されるだろうから。なかなか食えない彼の一面である。


 それなのに、アウリールはシュツェルツの侍医に抜擢されてしまった。まったく、世の中はうまくいかないものだ。自分にとっては、とてつもない幸運ではあったけれど。

 アウリールは小さなため息をついた。


「個人的に、彼らの持っていた武器をもっと精査したいところですが、捜査の権限は近衛騎士団ではなく国王陛下直属の秘密警察に移りましたから難しいですね。途中からやってきたくせに、彼らの横柄で腹の立つこと……殿下がご覧にならなくて本当によかった。彼らを頼れる存在だと思っていた自分が愚かでしたよ」


「はは、そうなんだ。僕らは父上から嫌われているから仕方ないね」


 何重もの意味で苦笑したシュツェルツをアウリールは気遣わしげに見つめる。


「王太子殿下とのご面会はいかがでしたか」


 アウリールに嘘はつきたくない。シュツェルツは正直に答えることにした。


「……兄上は、すごく調子が悪そうだった。僕と話す時も、ずっとせったままで……。でも、僕の話をすごく楽しそうに聞いてくださったよ」


 アウリールはふわりと笑みをこぼした。


「それはようございましたね」


「うん……。兄上とあんな風に話せたのは初めてだった」


 そこでうつむき加減に言葉を切ったシュツェルツの顔をアウリールが覗き込んでくる。


「殿下、お気にかかることがあれば、どんなことでもお話しください」


 参った。アウリールはなんでもお見通しだ。シュツェルツは顔を上げる。


「僕が王太子になるためには兄上が──そう思ったら、ものすごくうしろめたくなって……」


 シュツェルツの頭にアウリールの掌が乗せられた。


「殿下はお兄君をお好きになりかけておいでなのですね」


「……そうなのかな」


「そうですよ。わたしはよく存じております。殿下はお優しくて、お心の柔らかいお方ですから」


 アウリールはシュツェルツの頭をぽんぽんと優しく叩いた。


「今は、王太子になることはいったん忘れて、お兄君との時間を大切になさってください。後悔を残してはなりません」


 アウリールが大切な人を去年に亡くしたばかりだということを思い出し、シュツェルツはハッとした。アウリールは辛いことなど何もないように、にっこりと笑う。


「わたしとしては暗殺者の死因は毒の可能性も捨てきれないと存じておりますので、異国のものを含め、文献などを当たってみます。わたしとて、全てを分かっているわけではございませんからね」


 アウリールの笑顔を見て、シュツェルツはきゅっと胸が痛むのを感じながらも、明快に応えてみせた。


「分かった。僕も調べてみるよ。本を読むのは得意だからね」


 普段からアウリールはシュツェルツの命を守るために、毒には精通しているはずだ。その彼にも心当たりがないのだから、原因の究明には時間がかかるだろう。

 シュツェルツがそう思ったのを知ってか知らずか、アウリールはもう一度だけこちらの頭をぽんと叩くと、夜の診察に取りかかった。

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