聖女の街


 この街の兵隊さんたちは、慣れている。


 すぐに陣形を整えて、魔物の群れに挑む。


 うちのパーティだってそう。


 すぐに戦闘体制をとり、魔物たちに挑む。


 でも、魔王の犬じゃ話しが違う。


 戦う相手がデカ過ぎる!


「ボクは周りの小物を倒す。

 ――カイ、一匹は止めて!」


「ヘルガ、あなたしかいないの!

 もう一匹を頼んだわ!」


 兵隊が、仲間が、普通の魔物たちと戦う。


 カイは一人、魔王の犬と対峙した。


「カレン……」


 もう一匹を任されたヘルガは、珍しく真顔で私を見ていた。


「どう、したの?」


「アタイじゃあれは無理だ。――カレン、履かせてくれ。」


「履かせてくれって……パンツ?」


「靴だよ! 赤い靴! カレンの力がなきゃ、アイツを倒すのは無理だ!」


「え!? あれ、私の力なの!? ヘルガ、私、私、どうやればいいのか、わかんないよ!?」


「たぶん、ただ履かせてくれりゃあ、それでいいと思う。」


 ヘルガがそう真剣に言うので、私は素直にそれに応じた。


 自分の靴を脱いでヘルガに履かす。――また靴は、赤くなってくれるだろうか?


(あれって、魔法……なのかな?

 やっぱり……パンツも履かせよう。)


 私は考えながら、ヘルガに靴を履かせ終わる。


 すると期待通り、靴は赤く輝いたのだ。




 二匹の魔王の犬。


 それに合わせて、戦場は二つ。


 一方はヘルガが受け持った。


 赤い靴と白いドレス、長く波打つ黒い髪。


 それらをなびかせて、ヘルガは縦横無尽に駆けていく。


 魔王の犬は巨大だけど、速くはない。


 四本の足に駆け回るヘルガの斬撃が入る。


 大犬は、悲鳴を上げている。


 ヘルガの履く赤い靴から、赤い魔方陣が大きく展開……白いドレスから、真っ白な翼が広がった。


 ――そして!


 彼女は地面を滑空するように、大犬の足の一本を斬り落とす。


 堪らず大犬は唸りを上げて、土煙とともに地面へと倒れた……




 ――ヘルガが活躍する隣。


 もう一方は、カイが受け持っている。


 私は、その戦いに参戦していた。


 その私に、小さな声が……


「ぼくを呼んでください。」


 走る私の耳に、少年の声が聞こえた。


 私はカイの元へと向かっていた。


 カイが魔王の犬の前に、血を流して倒れている。


 カイをかばって仲間たちが大犬の侵攻を止めようと、その足へと攻撃をしている。


 巨大な黒犬、仲間達の背中、その後ろで倒れたカイに駆け寄る私。


 私はカエルさんのヌルヌルを塗って、カイの傷の治療に入った。


 カイはゆっくりと立ち上がりながら、私に聞いた。


「カレン、何か呼べないのか?」


「ぼくを呼んでください。」


「えと、たぶん呼べるよ!」


 私は、答える!


 ずっと聞こえてくる少年の声。


 私はたぶん、この声の主を召喚できる。


 だから、そう答えた。


 私はカイの期待に応えたい。


 そう思うから、語りかけてくる少年の声に呼びかけた。


「お願い。来て!」


 そう、私が叫んだ瞬間だ。


 さっきまで騒がしかった戦場が、静かになった。


 周りのみんなは戦いを止め、ただ一点に注目する。


 注目する先……カイも私も、地面を見ていた。


(……あれ? なんだ、あれ?)


 地面には、小さな兵隊さん。――というより、兵隊さんの人形がいた。


 しかも片足が付いてなくて、ときどき一回転しながら歩いてる。


(……あれ? なんなの、あれ?)


 魔王の犬も、その兵隊の人形を見ている。


 手をしっかりふりながら、行進していく兵隊さん。


 でも、ときどきくるっと一回転。


(ちょっと、可愛い♪)


 とても小さな人形の動き……


 でも、巨大な犬がそれをジーっと見るものだから、みんなも釣られて見てしまう。


 戦場にひと時の静寂が訪れた。



 兵隊さんが歩いていって、魔王の犬が私たちから完全に向きを変えたところだ。


「ガーー!!」


 魔王の犬が雄叫びを上げて、その手を兵隊さんへと振り下ろす。


 小さな人形はなすすべなく、どこかへと飛んでいった。


「えぇぇ!!」


 意味があったのか、無かったのか……


 私の召喚した兵隊さんの活躍はそこで終わり。


 私はつい、叫んでしまう。


(なんなの、あの兵隊さん!?)


「ごめん、カイ。呼べたけど、役に立たなかった。」


「ま、まあ、時間稼ぎになったし、傷も癒えたし……」


 私の謝罪にカイはフォロー。――そして立ち上がって、また、魔王の犬へと挑みにいった。



 今度はそこに……白いベールを被った女性が歩いてきた。


「せ……聖女様ぁ!」


「聖女様が来てくだされた!」


 彼女の登場に、街の兵隊さんたちから歓声が上がる。


 白いベールに白いドレス、薄い金の髪を後ろで束ねた女性は、手に青い布を持っている。


 彼女はこの戦場を恐れることなく歩いてきた。


 そして、カイと大犬の間に立ったのだ。


 カイは驚いた表情で、彼女を見ている。――大犬も警戒して、少し動きを止めた。


 その一瞬……


 聖女は青い布を両手で持ち替える。


 そして、青い布を勢いよく広げたのだ。


 途端……青い布を中心に、大きな青い魔方陣が地面に広がった。


 ――だからといって、何も起こらない。


 魔王の犬は青い魔方陣、聖女へと襲いかかる!


 だけど……


 魔王の犬は青い魔方陣に入った瞬間、その動きを止めて座り込んだのだ!


 白い、聖女と呼ばれる女性が叫ぶ。


「今です!」


 その声に、カイは反応した。


「うおーー!」


 雄叫びを上げながら大犬に向かい、走って大剣を振り下ろす。


 大剣の斬撃は突風へと変わり、その風は大犬を斬り裂いた。


 大犬からは血が溢れ、悲鳴を上げた。


 そして……大犬はその姿を、無数のコインへと変えたのだった。




「やったぜ!」


「うおぉお! あっちのやつも倒されてる!」


「魔王の犬、二匹を止めたぞ!」


 まだ、魔物は残っている……けれど、防衛戦の勝利は確定的だ。


 ――街は歓声に溢れたのだ!


 英雄になったカイは、聖女様を見ている。


「あの……、ありがとうございます!」


「……いえ。」


 カイのお礼に、聖女様は短い返事。


 そのあともカイは、立ち去る聖女様を目で追っていた。


(そりゃあ、キレイな人だけどさ! 見過ぎじゃない!)


 聖女様を見るカイを見ていた私。


 そんな私に、ヘルガが声をかけてくる。


「カレンー! 靴脱がせてくれ。」


(しょうがないなぁ。)


 私はヘルガの靴を脱がせにかかる。


 でもそこに、カイの声が掛かった。


「ヘルガ、魔王が近くに来てるかもしれねえんだ。それに、これからは魔物の巣窟だ。

 ――しばらく、その靴履いててくれねぇか?」


 ヘルガはしばらく考えた。


 そして、いつもより悪い笑顔で言った。


「いいけどよ、どうなってもしらねーぜ?」


 そう答えるヘルガ。


 ヘルガの笑顔に、私はちょっと嫌な予感がした……




 ――あくる日。


 私たちはついに、魔王の国に足を踏み入れた。


 魔王の犬と、引き連れられた魔物たちを倒した後だからなのか……魔物はあんまり襲ってこない。


 思ってたよりのんびりした旅。


 その途中でハンスが言った。


「なあ、カイよ。あの聖女様の青い布は、魔王討伐に必要だよな?」


「そうだな、あればありがたい。」


「だよなあ! よし、俺が借りてくるわ!」


 そうハンスは笑って言った。


 途中にハンス一人だけが、街の方に引き返す。


 街に引き返していくハンスは呟いた。


「あぁ、今日は楽しめそうだ。」


(なんだろう?)


 ハンスの笑顔にも、嫌な予感……私は昨日今日と、嫌な予感が絶えない。


(当たらないといいな。)


 そう思いながら、私は歩いた。

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