ガマの油


 突如現れた黒いカエルは、私を見ている。


「怪我をしたこの家の主人に、私の背中から出る油を塗ってください。そうすれば傷を治せます。」


 天使のような優しい女性の声でそんなことを言う。


 だから、信用しそうになる……


 けれど、しゃべっているのはカエルだ。


(疑ってかかるべし!)


 私は何も言わずに台所に向かう。


 カエルは私の後ろを、ぴょこぴょこと付いてくる。――ちょっと、可愛い♪


 私は、台所で包丁を取り出す。


「なにを!?」


 カエルが心配そうな声を上げる。


(なにをって……そりゃあ……この辺でいいかな?)


 グサっ。


 私は、自分の腕を少し切った。


「なにしているの、カレン!?」


 カエルが、慌ててる。


「え? さすがにいきなりで怪しいから、先に私で試そうかと思って……」


 私はそう答える。


 するとカエルはその丸い目を丸くして、優しい声で怒ったように言ってきた。


「そんな!? 大丈夫だから! 早く、早く私の油を塗って!」


(なんか、ほんとに心配してくれてる。このカエル、いいやつだな。)


 私はちょっと信用した。


 だから、カエルの背中を触る。


(キモ! イボイボのヌルヌルじゃん!)


 カエルの背中を触ったら、なんだか気持ち悪いヌルヌルが私の手についてきた。


 私はそれをさっき切って血が出てる、自分の腕に塗ってみる。


(あれ? なんか、不思議な感じ……)


「すごい!」


 私は叫ぶ!


 なんと、カエルの言っていることは本当らしく、傷が一瞬で治ったのだった!


「すごいね、カエルさん!」


「よ、良かったわ。同じように、ここの主人にも塗ってあげて……」


「うん♪ ありがとう!」


 私は喜んで、親父さんと女将さんのいる部屋と向った。


 カエルを抱いて、向かったのだった。



 それから親父さんに、カエルの油を塗った。


「すごいな!」


「すごいわ、カレン。傷が治ってるわ。」


 親父さんの傷、すごく深い傷だったのに、瞬く間に治った。


 これには親父さんも女将さんも驚いた。


 私は、見ず知らずのカエルを紹介する。


「このカエルが薬をくれたの。」


「カエル?」


「はじめまして。元気になられてなによりです。」


「カエルがしゃべった!?」


 カエルが挨拶……これにも、親父さんも女将さんも驚いた。


(たしかにカエルがしゃべってる! 今日は驚くことがいっぱいあって、ついついスルーしていたよ。)


 ――私も遅れて驚いた。


 そんなとき……今度は家の扉を、トントンと叩く音がした。




「誰だい?」


 元気になった親父さんが、訪ねてきた人に扉越しに聞く。


「俺です! 勇者カイです!」


「どうしたんだ、こんな夜分に。」


「あれですよ! 昼間の話しの続きに来ました。」


 親父さんは何も言わずこちらを見て、そして、家の扉を開ける。


 私は不安で、ヌルヌルの黒いカエルを抱きしめていた……



 金髪の冒険者、勇者カイ。


 長い髪の魔法使いの女性、ゲルダ。


 朝と同じように二人は、私を徴兵しにとやって来たらしい。


「やあ、カレン。また、ご活躍だったらしいね。

 今度こそ、仲間に迎えに来たよ。」


「私、行かないよ。」


「悪いね。朝も言ったが、君に拒否権はない。」


「そんな!」


 私は叫ぶ。


 すると魔法使いの女性が私の前まで来て、しゃがんで目線を合わせてから言った。


「お願い。あなたの力が必要なの。」


(今度は、情に訴えにきたな! その手に乗るか! 私はその手に弱いんだ!)


 流されそうな私……そこに、親父さんが口を出してくれる。


「魔王討伐だぞ! カレンを無事に、無事に帰してくれるんだろうな!」


 それに答えるのは、金髪男。


「もちろん、魔王討伐には命を失うこともあります。俺たちも一緒です……でも」


(金髪男。なんか、ためてる……)


「……でも、俺がその子を命を賭して守ります!

 魔王討伐後、無事に帰すと約束します!」


(言いやがったな、色男! その手に乗るか! ちょっと見直したぞ!)


「カレン、しばらく時間をあげる。支度とお別れを済ませて来て。そうしたら今度は、あなたのお母様に会いに行きましょう。」


 魔法使いの女性が、私を見つめて言ってくる。


(親父さんや女将さんとお別れ。やだなぁ……

 ――お母さんに会うの、気まずいな。)


「カレン……」


 親父さんの、さびしそうな顔。


「カレン……」


 女将さんの、さびしそうな顔。


「私、しばらく出かけてくるよ。」


 ――私は諦め、決意した。


「おう! 必ず無事に帰って、――帰ったら、うちの工房継いでくれ!」


(親父さ〜ん。――え! そんな重大発言!?)


「カレン、うちの子になりな。」


(女将さ〜ん。愛されてるよ、愛されてるよ私!)


 私はちょっと、嬉しくなっていた……



 ――冒険者の二人は、外に待たせた。


 私は旅支度や、親父さん女将さんとお別れを済ませる。


「親父さん、女将さん、元気でね。」


「お前の方が心配だぞ!」


「ほんと、元気で帰ってくるんだよ!」


(そうそう、なんか忘れてる気がする……

 ――そうだあれだ。私の妹だ。)


「ヘルガ、どっか行っちゃたけど、アイツにも帰ってきたらよろしく言ってて。」


「もちろん! あんたが帰ってくるときには、またあの子と一緒にごはんを食べようね。」


「うん!」


(よし! 無事に帰って、女将さんの手料理だ!)


 私は、扉に手をかける。


 すると、カエルが頭に飛び乗った。


(重いよ!)


 別れの間際に、カエルは親父さんと女将さんに言う。


「お二人とも、そこのお金は街の復興に使ってください。」


 なんか急な発言に、私はつっこむ。


「え! そんなことしたらヘルガが怒って、剣とか振り回さない!?」


「大丈夫よ、カレン。女剣士に戻っても、私は自分が言ったことに二言はないから。」


「ほんと? なら良いけど……」


(――ん? なんか変なこと言ったような……)


 何か引っかかったが、私はお世話になった二人に別れを告げる。


 そして夜の街へと、カエルを頭に乗せて飛び出したのだった。



「さて、悪いなカレン。俺には魔力は見えねぇけど、そこのゲルダには見える。君には凄い魔力があるって言うからな。しばらく一緒に頼むわ。」


「カレン、あなたがいれば魔王も倒せるわ。早く終わらせて、早く元の生活に戻りましょうね。」


 外に出ると二人の冒険者が、そう言って私を迎えてくれた。


 こうやって話せば、朝よりもなんだか印象の良い二人……


(まぁ、勇者のパーティだもんな。正義の味方だもんな。)


 私は、ちょっと安心する。



 夜の街を、私たちは歩き出す……後ろでは親父さんたちが私を見送ってくれている。


 なんだか、背中を押されているようだ♪


 それでも不安だったのは、家出中の家に向かう、その気まずい行き先だけだった。

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