現代版、ツルの恩返し


 俺の名は桜井千里せんり


 26歳の、普通のサラリーマンだ。


 ある日、車で通勤をしていたら、歩道に変なものがあることに気づく。


 なんか白い、モサっとした塊。


 ちょっと可愛い気がする。


 俺は車を停めて、見に行ってみることにした。



 近づいて見ると、それはデカい鳥だった。


 たぶん鶴だと思う。


 鶴は足や翼に釣り糸や釣り針、ビニールなんかが絡まって、動けなくなってしまった様子。


 俺は、絡まったゴミを外してやった。


 どうやら、大きなケガは無い様だ。


 鶴は、俺にお礼をする様に首を曲げ、頭を下げる。


 そして、空に飛び立っていったのだ。



「もしかしたら、美少女の姿で恩返しに来たりしてなあ……」


 ――鶴を助けた後。


 俺は、そんな妄想をしたのだった……




 その夜。


 トントンと、扉を叩く音が聞こえる。


 鶴だ! 


 俺はそう思った。


 いや、俺はそんなにアホじゃないよ。


 でも、俺が住んでるのってマンションの四階だぜ?


 今、その四階の「ベランダ」の扉を叩く音がしているのだ。


 これは、おかしい!


 本来なら強盗を疑って、恐る恐る近づくべきだろうが、朝の妄想で期待に胸を膨らませていた俺は、ウキウキしながらベランダに行く。


 はい、正解!


 ベランダの外には、長い黒髪をした美少女が立っていた。


 しかも白い着物を着てるし、これは確定だろう!



 俺は、扉を開ける。


 すると、少女は申し訳なさそうに、可愛い声で話し出した。


「あの、道に迷ってしまって、一晩泊めて欲しいのですが……」


 ――断るわけがない!


「ああ、それは大変だったね。良いよ泊っていって。」


 俺は、白々しく答える。


 すると少女は可愛い笑顔を見せて、家に上がり込んだのだった。



 うむ。しかし美人だ。


 もう少し清楚系を想像していたが、明るい印象を受けるな。


 西村まどか似の美少女だ。


 カワイイ!


「あ、そうだ。君の名前は?」


 俺がくと、少女は答える。


「あ、私『ツル』っていいます!」


 まんまじゃねーか!


 これはネタバレ? ネタバレなのか?


 だが、俺の頭の中のハライチが、「今はツッコミを捨ててノリで行け!」と言ってくる。


 だから俺は何も言わず、その場をスルーするのだ。



 あー、良かった!


 来るわけ無いと思いつつ、来るかも知れないと部屋の掃除をした甲斐があった。


 部屋の中を、ツルはキョロキョロと確認している。


 たぶんあれだ。


 隠れて機織はたおり出来る部屋。


 あれ、探してんだ。


 あー良かった!


 一人暮らしにはちょっと贅沢ぜいたくだったけど、2LDKを借りていた甲斐があったぜ!


「あ、大丈夫。ウチは部屋多いから、君が一人で過ごせる部屋できるよ。少し待っててね。」


 そう言って俺は、仕事の疲れもなんのそのと家具を動かしまくる!


 全力で、模様替えをするのだ。




 こうして、ツルとの生活が始まった。


 しばらくが経ってもなんだかんだと理由をつけて、ツルは家に居座ってくれる。


 もちろん、あのイベントはあった。


 夜8時から、ツルは決まって部屋にこもるのだ。


「絶対にのぞかないでくださいね。」


 もちろんだ!


 俺は過去の過ちを繰り返さないし、歴史から学ぶ男だぜ!


 のぞくわけがない!


 ちなみに、ツルは最初自分の着物を使って機織りしていたらしく、着物の丈が短くなった。


 白い絶対領域!


 最高だ!


 これは、目が勝手にのぞいてしまう!


 許してくれ!


 あと、ツルは風呂にも入る。


 こっちの方がむしろ気になるが、俺はそれも絶対にのぞかない。


 俺の下半身のザブンルグは「カッチカチやで!」と言っていた。


 でも、俺は全てを我慢するのだ。




 ――ツルとの生活は楽しかった。


 食事は最初、何が良いのか迷った。


 鶴の食べ物ってなんだろう?


 でも、ツルは白いご飯と魚が大好きで、美味しそうに食べてくれる。


 刺身が特に好きで、魚を食べるのとその魚の名前を覚えるのがすごく嬉しそうだった。


 俺の食卓は、健康的で和風なものに変わっていく。


 俺が仕事で出掛けている間に、ツルが働きすぎないかなと心配した。


 でも、ツルはテレビが好きで、それを楽しんでいるようだ。


 特にNHKが好きで、アルゴリズム体操とか一緒にやってたりする。――マジ可愛い!


 俺は今まで、断り続けたNHKとも契約した。



 休みの日は一緒に買い物に出掛けた。


 最初、着物のツルは注目された。


 でも、洋服を買ってあげたら、出かける時にはそれを着てくれた。――ホント可愛い!


 あと、ツルは裁縫道具のお店が大好きで、そこで俺は糸や道具を買ってあげたのだ。




 一か月後、俺は仕事を変えた。


 残業の多かった仕事を辞めて、定時で帰れる仕事に変えた。


 給料は、前の半分以下になってしまった……


 俺の左脳のクールポコが、「や~ちまったな~!」と言ってくるが関係ない!


 だってそうだろう!


 ツルと一緒に過ごす時間を、少しでも増やしたいじゃないか!


 生活が苦しくなった分、俺は車を売り、夜8時からはバイトに出掛けた。


 俺が毎日疲れ果てているのを見て、ツルが言ってくる。


「あの、私がもっと家のことできたら千里さんも楽ですよね! 教えてください! 頑張ります!」


 そういってジャーのスイッチの入れ方から、洗濯機の回し方まで覚えてくれた。


 今では家に帰れば、おいしいご飯とツルの笑顔が待っている。


 最高だ!


 俺の心の中のチャンカワイは、「れてまうやろー!」と叫びっぱなしなのだ。




 それから、また一か月が過ぎた、ある日。


 ツルは、織物おりものを完成させた。


 なんて呼んだらいいかわからんが、着物の材料の塊。――めっちゃ綺麗だ!


 もちろん、美しいツル本人には負けるが……


「これを売ったら、少しは生活の足しになると思うんです。」


 ツルはそう言うが、売り方がわからん!


 ヤフオクやメルカリに出そうと考えたが、やっぱりもちは餅屋だと、休日に二人で着物屋さんを訪れた。


「とても良い品ですね。うちで買い取りましょう。」


 着物屋さんはそう言って、200万とかトンデモない値段を付けてくれた。


 おー!


 今年の年収、なんとかカバー!


 俺が着物屋さんとそんな交渉をしている間、ツルは着物を興味深そうに見ていた。


「着てみる?」


 俺はそう声を掛ける。


「い、いえ、ただ柄とか参考にしようと見ていただけですから! 気にしないでください!」


「うん、でも着てみなよ。」


「で、でも……」


「俺も見てみたい。」


 そうしてツルは、白い生地に鶴の絵柄が美しい、そんな着物を着つけてもらった。


 やや年配向けのものらしいのだが、ツルに本当に良く似合っている。


 さっき貰ったお金で足りるかな?


 いいや、買おう!


 ツルも嬉しそうにしてるし、めちゃくちゃ似合っていて綺麗だ!


 そう思っていたら、着物屋さんが提案する。


「差し上げますよ、お題は結構です。

 実は先程の生地、私も良く価値がわかっておりません。でも、あの生地の美しさとあなたの彼女の美しさ、絶対に価値があるでしょう。その着物はおまけで差し上げます。」


 えー!


 めっちゃ優しい、この着物屋さん!


 俺が女だったらフォーリンラブだよ!


 俺とツルはいろいろ貰って大満足。


 そうして、家に帰ったのだった。




 家に帰った俺は、ずっとツルに伝えようと思っていたことを、ついに話すことにした。


 ――夜8時。


 ツルがまた、部屋にこもろうとする。


 それを俺は呼び止める。


「なあ、ツル。」


「なあに?」


「例えばさ、俺のために自分の羽をむしって機織りしてくれる鳥がいるとするじゃない?」


「う……、うん。」


「その鳥が作ってくれた生地が高く売れたら、まあ嬉しい。」


「うん! そ、そうなんだ……」


「でもさ、本当はそんなことより、もっとやって欲しいことが俺にはあるんだ。」


「え!? それは、何?」


 俺は真剣な顔でツルを見て、そして思いのたけをぶつけたのだ!


「部屋なんかにこもらないで! 無理なんかしないで! ただ、一緒にいて欲しい!」


 俺は伝えたかったことを全て伝える。


「俺はお前が好きだ! 愛してる! 部屋で機織りするより、一緒に過ごす時間を長くくれ! 頼む!」


 俺がそう伝えると、ツルは顔を真っ赤にして黙り込んだ。


 でも後で、コクリとうなずいてくれたのだった。



 それからまた一か月、俺とツルは幸せに過ごしていた。


 一緒にご飯食べて、一緒にテレビ見て、一緒にデートに出掛けて……


 俺が出掛けている間に、こっそりツルが機織りしてること俺は知っていた。


 俺が夜のバイトで疲れて帰った来た時。


 本当はツルの部屋をのぞいてでも、その顔が見たいってことをツルは知っていて、俺が帰る時間には部屋から出てきて、俺に笑顔を見せてくれた。


 俺たちは別に部屋なんかのぞかなくたって、お互いのことを良く見ていたのだ。




 だが、そんな幸せも長くは続かなかった……




 ある日、俺とツルは大きな池のある公園に出掛けた。


 大きな池には、たくさんの鶴がいる。


 ツルはさびしそうに、それを眺めていた。


 鶴たちは、なんだか慌ただしい感じだ。


 そろそろ、移動をする時期なのだろう……引っ越す準備をしている様だった。


 俺は、ツルに声を掛ける。


「お前も帰るといい。」


「え?」


 ツルは、悲しい顔をする。


 だけど俺はそれを無視して、言ってはいけないことをどんどんと口走った。


「このまま一緒に過ごせるのか? 人の姿でいること、無理しているんじゃないのか?」


「どうしたの、千里?」


「お前と俺は元々、住む世界が違うんだ。一緒にいて、これからどうなる? 寿命は? 子供は? お前は本当に大丈夫なのか?」


 そう言うと、ツルは泣きそうな顔で俺を見つめてくる。


「わ、私は千里に恩返ししたかったの! でも、逆に私が無理をさせて……私がもっと頑張らなくちゃいけないのに!」


「違うだろ! お前は気づいているはずだ! 俺がお前にどれくらい幸せを貰ったか! お前の恩返しなんかとっくに終わってるって、お前なら理解わかってくれているはずだ!」


「でも!」


「でもじゃない! 俺は幸せだ! 俺はお前を愛してる! だから! だから、お前に無理なんかして欲しくないんだ!」


 俺はそう叫ぶ。


 そのせいで、ツルの可愛い顔は、涙でぐちゃぐちゃになってしまっていた。



 ツルはしばらく泣いていた。


 そして泣き止んで、でも涙を浮かべた顔で、あの可愛い笑顔を見せることなく……


 悲しい顔で、俺に言った。


「――千里、愛してる。」



 俺がまたたきをした、その一瞬。


 ツルの姿はもう無くて、目の前には一匹の鶴がいた。――鶴は、俺を見つめている……


 そして鶴は振り返り、空へと飛び立った。


 俺はその鶴を、目でずっと追いかけた。


 鶴が空に飛び立って、大勢の鶴の群れと一緒になって、その群れが空の果てに消えるまで……


 俺はずっと、その鶴を見続けていた。



 ツル……


 俺はベランダで君を見たその時から「秘密を見てはいけない。」って禁忌を、すでに破っていたんだ。


 だから昔話と同じように、別れの運命はもう決まっていたんだろう。


 でも愛していたから、一緒にいたかった。


 だけど愛しているから、ずっと一緒にはいられなかった……




 こうして、「現代版、鶴の恩返し」


 その物語は、終わりを迎えたのである。









 ――あれから、九か月が過ぎた。


 トントンと、扉を叩く音がする。


 なんだよ?


 NHKなら契約してるぞ。


 それに、インターホン使えよ。


 そう思いながら俺はインターホンで、「どなたですか?」と答えるが反応が無い。


 しょうがないのでドアまでいって、扉についているのぞき穴をのぞく。


 すると、そこにはスーツ姿で、キョロキョロしている女性がいた。


 そういえば、インターホンの使い方を教えて無かったな……


 俺はドアを開け、その、――俺のよく知った、俺の愛する女に声を掛ける。


「久しぶりだな。」


「ひ、ひさしぶり……どうかな?」


 そう言って、彼女はクルクル回って自分の姿を360度見せようとしている。


「うん、ぜんぜんかわってない!

 かわってない……愛してる!」


「もう! そういうことじゃない!」


「人間に、なったんだな。」


「そうだよ。神様にお願いしたり、関係かくしょに手続きしたり、大変だったんだから!」


「それは悪かったな。じゃあ、恩返しに一生幸せにするわ。結婚しよう。」


 流れるようなプロポーズ。


 それを受け、ツルは嬉しそうに笑い、俺に抱きついてくるのだ!



 ――めでたし、めでたし♪

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