陸編9

どれくらいの時間、そうしていただろうか。

 泣き疲れて、もうどうにでもなれと家に帰ると、意外な来客があった。


「桜塚さん、病院どうでしたか?」


眼鏡を掛けた端正な顔立ち。物腰の柔らかい話し方。保健の先生、緒方樹音が祖母と向かい合わせで談笑してた。

私は泣き腫れた顔を見られまいと俯いて、声だけは明るく返事をする。


「先生、病院に行って来たら、悪い所は無いって言われました。心配掛けてごめんなさい」


もう限界だった。

階段を跳ぶように駆け上がると、後ろ手にドアを閉め、そのままズルズルと座り込み両手で顔を覆うと、またしても嗚咽が込み上げて来た。




気が付くと、泣きながら寝てしまったみたいでカーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。

顔を洗う時、鏡に映る浮腫んだ酷い顔の自分を見て苦笑し、下に降りて祖母に行ってきますを言って家を出る。


 いつもより早く学校に着いてしまった。何となくプールに足を向けると、既に先客が居た。海斗だ。

泳ぎを1目見て直ぐに分かった。水の抵抗に抗わず滑るような滑らかなクロール。水を従えて水に愛されてる彼。

私もそうだったのに。


 胸が締め付けられて鼻の奥がツンとする。また涙が出そうになり、その場から急いで離れようとした。

 けど、腕を掴まれて気が付けば海斗に抱き締められていた。


「ち、ちょっと離して……」

「嫌だ」


 プールから上がったばかりで身体は濡れているし塩素の匂いもして、ちっともそんな雰囲気では無いのに動悸が治まらない。


「樹音先生に何か聞いたの?」

「いいや、でも様子が変なのは見て分かる。桜塚、無理をして元気な振りをしなくても良いんだ。話なら俺が聞くから」


 折角我慢してたのに、……ずるいよ。

 溢れ出る涙を止められずに海斗の胸に顔を埋めたまま泣きじゃくっていた。

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