掌編小説・『出会いと別れ』
夢美瑠瑠
掌編小説・『出会いと別れ』
小説家の
「…そうして、白馬の騎士であるプリンス・ヒロは紆余曲折の末についに逢着したプリンセス・マサと華燭の典を挙行して、めでたく鴛鴦の契りを結んだ。
しかし幾星霜の耗弱で病膏肓に入っているマサの余命は幾何も無かった。
二人は程なくして永訣の朝を迎えるという哀憐の命脈であった。
<完>」
麗人の小説はマイナーだが、文章の難解さというか晦渋な言葉遣いをありがたがる妙にマニアックなファンや評論家もいて、かろうじて生計を立てられるだけの知名度と売り上げ部数があったのだ。
が、彼はとうに自分の才能の乏しさに絶望していて、執筆は一種の惰性で、ほぼ「無意味な作業」と自分で定義づけていた。
つまり見すぎ世過ぎ、口を糊すための単なる面倒な方便だったのだ。
「出来たできた。さあねるか。」
パジャマに着替え、ナイトキャップを被り、比喩的な意味でのナイトキャップであるブランデーを舐めながらかれはベッドに入った。
頭をほぐすために漫画を2,3冊携えていた。
「馬鹿馬鹿しい。あんな馬鹿気た小説を読む馬鹿がよくいるものだな」
皮肉に口を歪めた。
と、その時インターフォンが鳴った。
「キンコーン」
「今頃誰だろう」
今は23世紀であり、科学の進歩で玄関に誰か来た場合は寝室のパネルに等身大の来訪者の画像が投影されるテクノロジーがあった。怪しい奴であればすぐにアラームが鳴って警備員が来るようになっている。
が、来訪者は賊ではなく女で…しかも若くて美しく、そうしてかなりしどけない、なまめかしい恰好をしていた。すごいグラマーで、セクシー女優みたいだったのだ。
「どなた様ですか?もう私は就寝するんですが…」
「美樹レイトさんね。小説家の…。私はあなたのファンなのよ。難しい言葉をいっぱい知っていて、すごく素敵。私ね、カシコイ男に弱いの。
ねえ、見返りとか何にも要求しないからワタシを抱いて💓」
「すみません。もう寝るんです。お引き取りください。」
「つれないのねえ。ツツモタセとかじゃないわよ。いつもあなたに手紙を送る
女は証拠品をひらひらさせた。紛う方無き彼の送った書簡らしかった。
「とにかくもう遅いですから…ファンと個人的に交流することはしない主義です。申し訳ないですがお帰りください」
女の眉がきりきりきりっと上がって、表情が険しくなった。
「わかったわよ。ふん。お高くとまりゃあがって。いくじなし。お前インポかよ。据え膳食わぬは…とかかっこつけてよく書いているくせに」
女はプンプンして帰っていった。
麗人はほっと胸をなでおろしていた。あっけない「出会いと別れ」だった。
なぜこんなことになったのか?彼は清純な性格だったのか?ピューリタニズムの信奉者だったのか?インポテンツで恥をかくのを厭ったのか?
いや、彼は単にひどく「醜い」男だった!それだけだった。で、ファンに顔を見られるのが恥ずかしかったのだ。
醜い素顔を、信奉者にさらすには忍びなかった…作家らしくひどく神経が繊細で羞恥心が強いがゆえにそうなったというだけだったのだ。
而してこれほどリアルな話というのはちょっとないくらいに、これはたぶん極めて人間性の「真実」を如実に描いた寓話なのである。たぶん。
<了>
掌編小説・『出会いと別れ』 夢美瑠瑠 @joeyasushi
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