26:王の理想、少女の夢想 前編
「貴方たち、ネクローシスの目的は?」
「女神に奪われた権利を取り戻し、本来迎える筈だった終わりを手にするため」
「何故、地球に侵略をしてきたのですか?」
「女神に肉体を消され、対抗するために新たな肉体や勢力が必要だった。そして女神に対抗する術を求めて辿り着いたのがこの地球であり、目をつけたのがこの日本という地だった」
「貴方たちは地球を支配するつもりなのですか?」
「女神に対抗するために必要であれば。けれど、この世界の秩序を必要以上に破壊するつもりはない。ネクローシスが目的を果たした後、この世界には私たちも、そして魔法少女も残る必要はなくなると思っている」
「ミトラ……いえ、女神の目的は?」
「自分の子でもあり、庇護下にあった私たちを再び自分の世界に収めること。あの女神は誰一人として自分の子が欠けることに耐えられない。そして人の魂を安寧という名の永遠の牢獄に閉じこめ続ける」
「女神の説得は出来ないのですか? 貴方たちだけでも例外にすることは?」
「女神はそれを許さない。決して、ね」
「……女神はどうして世界をそのようにしたのでしょう?」
「私たちの世界には多くの戦乱があり、女神を信仰する私たちの国が勝利するまでに多くの民が亡くなってしまった。その悲しみに耐えられなくなった故の凶行」
重ねられる質問に私は淡々と答えていく。質問に答えていくにつれて、瑪瑙ちゃんの表情は曇っていく。
私はただその様子を静かに見守っていた。やがて、瑪瑙ちゃんからの質問が止まってしまった。
「……聞きたいことは以上かしら?」
「……貴方たちは止まるつもりはないのですね?」
「えぇ。永遠に死を奪われたままでは、私たちはただ苦しみながら生き存えることしか出来ないから」
「そして、貴方たちが死に向かうことを女神は許さない。……それは争いを止めることなんて出来ないですね」
「えぇ」
「……これからも女神は魔法少女を生み出し続けるのでしょうか?」
「あちらが諦めない限りはね」
「……どうにもならないですね」
はぁ、と深く溜め息を吐いて瑪瑙ちゃんは額を押さえて俯いた。
お互いの目的と主張が真っ向から食い違っている以上、ネクローシスと女神の戦いは終わることはない。妥協点など見出すことは出来ない。どちらかが勝つまで、この戦いは終わらない。
「私たちは勝つためには手段を選んでいられないの。女神の存在は強大であり、生半可な覚悟では太刀打ち出来ない」
「……いきなり世界を消し去って改変するほどの力を持っている存在ですものね。では、聞きたいのですが」
「何かしら?」
「――女神は地球も同じように消せるのですか?」
その質問をする際、僅かに瑪瑙ちゃんの身体が震えたのを見逃さなかった。
私は一度、呼吸の間を置いてから、彼女を真っ直ぐ見つめて返答する。
「――可能性がないとは言えない」
「!?」
「でも、限りなくゼロに近いとも言えるわ」
「……その理由は?」
「女神の力はこの地球に間接的にしか届いていない。もし女神が私たちの世界と同じように地球を改変するにしても、中継地点となる力の受け皿が必要になるわ。それだけの女神の力を取り込むことが出来るのは、現時点ではエルシャインぐらいでしょう。そのエルシャインであっても確実とは言い切れないわ」
「つまり、少なくともエルシャインが女神に味方をするか、エルシャイン並の素質がある魔法少女でなければ地球そのものを改変される可能性はないと?」
「そうね。そう思ってくれていいわよ」
「……そう、ですか」
明らかにホッとした様子で瑪瑙ちゃんは胸を撫で下ろした。
彼女の気持ちは理解出来る。自分の世界がいきなり消えてしまうなんて、想像してしまったらゾッとしてしまうだろう。
「……貴方の話を全て鵜呑みするつもりはありませんが、貴重な情報を頂けたことは感謝します」
「えぇ、それなら良かったわ」
「……しかし何故、私にこの話を?」
瑪瑙ちゃんの質問には答えず、私はポケットから煙草とライターを取り出して火をつけた。
煙草を吸い、ふぅ、と煙を吐き出す。肺に満たした煙草の味が気分を良くしてくれる。
「貴方に魔法少女を止めて欲しかったからよ。貴方は魔法少女になるべき子ではないから」
「……どういう意味ですか?」
「貴方、このまま魔法少女をやってたら――自分に殺されるわよ?」
私が告げた言葉に、ひくりと瑪瑙ちゃんの頬が引き攣った。
煙草の煙が空へと昇っていく。それを見つめながら私は言葉を重ねた。
「貴方のような目の人間を何人も見て来た」
「何を……」
「決してね、死に向かってる訳じゃないの。むしろ逆。明日を変えよう、なんて理想に燃えている目。自分には何か出来るんじゃないかっていう期待。……世界に変わって欲しいと願ってしまう、祈りを秘めた目」
瑪瑙ちゃんの手が胸元に伸び、鷲づかみにするように手に力が入ったのが見えた。
「――貴方の目は、理想という未来しか見れない者の目よ」
瑪瑙ちゃんの目が、零れ落ちんばかりに見開かれた。
何か言おうとして口を開きかけ、でも言葉が出なくて空気を食むだけ。
それでもゆっくりと深呼吸をしてから、瑪瑙ちゃんは口を開く。
「……貴方の言うことが正しいとして。それが何故、私が自分で自分を殺すことになると? それと魔法少女であることと何の関係があるんですか?」
「言っていいの?」
「何が言いたいと言うのですか!?」
「魔法少女であることをどれだけ頑張っても、貴方の理想が形になることがないからよ」
「どうしてわかったように言えるんですか! 貴方に私の何がわかるって言うんですか!?」
「貴方の家庭環境は調べさせて貰ったわ。まぁ、業界の間では調べるまでもなく有名なお話だけど」
「……やめてください」
「凄腕の資産家として名高い父親、社交会の華であった美しい母親。……その二人の下に生まれた才能豊かな長女と、長女よりも劣ると囁かれる後継者の長男――」
「――黙りなさいッ!!」
目の前で光が弾けた。その光の中から飛び出してきたのは変身を終えたエルユピテルだ。彼女の瞳は激情に染まっていて、容赦なく私へと剣を振り抜いた。
私は身を逸らすことで、その一撃を紙一重で回避する。口に咥えていた煙草はどこかへと行ってしまった。
「それ以上、口にするなら……許しません!」
「ゴシップの記事にも上がったことがある程の才能の差。しかし、家を継ぐのは男児であるというべきで、その名が上がらないようにと根回しされた悲劇の天才……」
「黙れと、言っていますッ!!」
「全ては家のため、父の判断が正しいと信じています。マスコミのインタビューにそう答えたのは……貴方が十歳の時だったかしら?」
「――やめろと言っているのですッ! この、なんで、なんでッ!」
避ける、避ける、避ける。動きについてこられなかった毛先がはらりと落ちるも、彼女の振るった剣は私の身に届くことはない。
息が切れたタイミングを見計らって、私はエルユピテルの腹へと蹴りを叩き込む。
「ぐぅっ!?」
「この世界で今時、そんな教育方針で育てている家があるのかと驚いた程よ。でも権力というのは栄光の積み重ねでもあり、伝統というのは長く続けば続く程、覆すのが難しい強固なものになっていく。ましてや資産家の家の事情なんて、一時の噂にはなっても誰も踏み込みたがらないわよね」
「……変身もしてないのに、何なんですか貴方は……!」
少し落ち着きを取り戻したのか、信じられないといった表情で私を見つめる瑪瑙ちゃん。
私は毛先を払うように髪を手で払って後ろに流す。
「貴方のお友達である文恵ちゃんが他者に依存することで強い願いを持ち、魔法少女になれる程の才能を得られたとするなら貴方はその逆ね。貴方の願いはただひたすら自分の中で完結してしまっている」
「知ったような口を叩かないでください……!」
「なら、答え合わせをしましょうか?」
びくりと、エルユピテルの身体が震えた。
そんな彼女を心の底から哀れむように見つめながら、私は告げる。
「仕方ないから譲ってあげましょう。自分は物わかりの良い子でなければいけないから。他より優れている者として、慈悲を持ってあげないと」
「――」
「仕方ない、仕方ない。だって自分が凄くても皆は褒めてくれない。皆が邪魔者に扱うのなら、誰のためにもならないなら。それなら仕方ないから、ただ良い子になろう」
「……」
「だから、いつか貴方は自分の理想に殺されるわ。〝物わかりの良い子〟でなければ、貴方が望んだ世界にはいられない。仮に留まることが出来ても、貴方には誰も目を向けない。貴方は〝いなかったこと〟にされなければならない」
「――わかって、います」
それは垂れ落ちる雫が落ちた音のように小さな呟き。
激情に囚われていたエルユピテルの呼吸は落ち着いていた。ゆっくり上げた顔には慈悲さえも感じる程の穏やかさがあった。
「……改めて突きつけられると、本当に否定出来なくなるものですね。えぇ、全部貴方の仰る通りです。仕方ないじゃないですか、そういう家に生まれたんです。たまたま恵まれた才能を持って生まれました。それが望まれない才能なら、誰からも目を逸らされても仕方ないです」
「……」
「……それでも普通に家族に愛されたかった。私はそんな夢も見ちゃ駄目ですか?」
困ったように笑いながら、彼女は言う。
「いつか、いつか変わるかもしれないじゃないですか。いつか認めてくれるかもしれないじゃないですか。それなら、今を諦めて生きる理由にはならないですよね……?」
「……えぇ、そうね」
「今を諦めて生きて、その時が来て、自分が何もしなかったことを後悔するなんてしたくない。だから、それが誰にも認められない夢幻でも、それを追いかけることは――私にとって何の間違いじゃないです」
……あぁ。だから私は彼女が魔法少女だと聞いて、理々夢ちゃんにも、御嘉ちゃんにも、他の誰にも任せたくなかったんだ。この子の相手は傷を残してしまうから。
理想に身を殉じた者はその理想を殺すまで折れず、曲がらず、歪まない。だから誰にも彼女を堕とすことは出来ない。堕ちるとしても、その先を決められるのは彼女自身の意志だけだ。
それが誰にも認められない努力だったとしても、その努力に価値をつけられるのは本人のみ。故に殉教者は止まらない。止めるためには殺すしかない。
せめて、魔法少女になんてならなければ。まだ、この世界の範囲の中で生きてくれたのなら、こんなことにはならなかったのに――。
「――幼き身で、よくそこまで極めた」
思ってしまうの。こんな世界でそんな覚悟を固める必要なんてないのに、って。
そんな親なんて諦めてしまいなさい。そう言うのは簡単だ。しかし、それをどう受け取るのかも彼女次第だ。
そして彼女は選んだ。たとえ、その先に何もなかったのだとしても、何かあるのだと信じて突き進むことを。
だから、私が貴方の祈りを手にかけよう。
「貴方に王の剣を見せよう、誇り高き少女よ。その価値を、私が誰よりも認める」
その意志の輝きは我が騎士たちにも決して劣らない。
そう認めるからこそ、私も誇りを以てして、貴方の全てに応えよう――。
「――クリファ、フォールダウン」
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