悪の組織の幹部ですが悪堕ちした魔法少女に組織が乗っ取られそうです!

鴉ぴえろ

01:悪の組織、ただいま活動縮小中

 空を赤い化粧で染めたような黄昏時。

 その空を赤く染めた光を背に背負いながら、その人は歌うように口を開く。


 それは少女だった。私は彼女をよく知っている。

 彼女に抱く思いは複雑だ。それは憧憬であり、敬意であり、そして畏怖である。


 心臓がばくばくと鼓動を速めて、口の中がカラカラに乾いていく。

 この状況に私は緊張している。そうだ、今、下手なことを口走れば私は無事では済まされないだろう。

 何故ならば――。



「こちらの求人を見て面接希望に来ました。――〝魔法少女経験あり〟、その文言に嘘偽りはありませんね?」



 ――彼女は〝魔法少女〟だ。

 アニメやマンガといった創作の存在ではなく、本物の魔法少女。


 本物の魔法少女? そんなものがいる訳がない? そう思う人もいて当然だ。

 でも、本当に魔法少女はいる。何故、私が魔法少女の実在を知っているかと言われれば――。



 ――私は、魔法少女と敵対する〝悪の組織の幹部〟だからだ。



   * * *


 ――時は遡り、〝数日前〟へ。


   * * * 



「ねー、ねー、理々夢りりむちゃん」

「はい、何でしょうかボス」


 私は甘ったるいと形容すべき声で話しかけて来たボスへと生返事を返す。

 私の手にはスマートフォン、プレイしているのは無心で時間を潰せるリズムゲームだ。この調子でなら問題なくランキング入りをして、報酬を全取りすることが出来そうだ。


「ボスって言わないでよー、ちゃんと相良あいらお姉さんって呼んでってば」

「ではボス改め相良さん。残念ですが、私は貴方とは姉妹関係ではなく、そこまで親しく呼び合うような関係性ではないと自負しているのですが」

「長年一緒にやってきた仲じゃないのよ! この前、勝手に食べちゃったアイスの恨みはまだ忘れてくれないの!?」

「時の流れというのは残酷なものですね。人間社会の移り変わりは時に目まぐるしい。一週間もすれば商品が入れ替わるなどよくあることです。あぁ、私の期間限定品だったプレミアムのアイス……」

「ごーめーんってばー!」


 子供のように泣き喚く相良さん。けれどその姿は子供の仕草が一切似合わない女性だ。

 瞳の色はレモン色、髪の色は艶が美しい黒髪。バランスよく出るところは出て、引っ込むところは引っ込む人が羨むモデル体型。

 その美しさから近所の男性からも人気があり、一部からはママと呼ばれて慕っている人もいると聞く程だ。中身を知っていると鼻で笑ってしまうけど。


「ね? ね? 機嫌を直して私とお話をしましょう? 理々夢ちゃん」

「仕方ありませんね。それで?」

「お仕事の話なんだけども……」

「すいません、今私はこのソシャゲのイベントで報酬を全て回収するのに忙しいので」

「仕事とゲーム! どっちが大切なの!?」

「ゲームですが」

「じゃあ、私とゲームだったら!? あっ、やっぱり止めて! ゲって言いそうになってたのわかったから! ショックでボス倒れちゃう! 組織の威厳がズタボロよ!」

「とっくの昔に地に堕ち果ててますが?」

「えーん! ちゃんとお話を聞いてよー、理々夢ちゃん!」

「……はぁ、仕方ないですね。で、仕事の話とは?」


 私は渋々ながら、キリの良いところで終えたゲームを閉じて相良さんと向き直る。

 相良さんは必死にキリッとした威厳のある表情を浮かべているけれど、その姿が私服姿なので実にミスマッチだ。


「復帰間近の魂のコアが幾つか揃ったの。だから、また計画を始めようと思うのよ」

「成る程、それは朗報ですね。ですが相良さん?」

「何かしら! 理々夢ちゃん!」

「計画の成功の保証はどれだけですか?」

「それは理々夢ちゃんの双肩に掛かっているわ!」

「成る程、よくわかりました」


 私は再度、先程閉じたゲームを起動させてプレイに戻ろうとする。すると相良さんが私からスマホを取り上げてきた。おのれ、偽ママめ、私のスマホに何をするのか。


「こらー! 人の話を聞かない子は没収ですよ!」

「子供扱いするのは止めてくれませんか、偽ママさん」

「偽ママ!? くっ、こんなやさぐれた子に育てた覚えはありません……! とにかく! 理々夢ちゃんは計画の進行を優先してくるように!」

「……はぁ、無茶苦茶なことを言いますね。幾ら私でも楽な仕事じゃないんですよ? ――〝魔法少女〟をこちら側に堕とすのは」


 私が魔法少女と、その単語を口にすると相良さんの笑顔の質が変わった。



「――えぇ、それでもこれが最も効率的な計画よ。魔法少女、私たちの邪魔をする〝女神の寵児〟。そして私たちにとって何よりの〝生贄〟なんだから」



 冷静に、冷徹に、冷酷に。

 それは普段、母親ぶって何かと世話を焼きたがる相良さんとは異なる表情。

 どちらが偽りでもなく、どちらも本当の彼女だ。母のような優しさに、冷たい支配者のような風格。

 コインの表と裏のように、この両面を兼ね備えているこの姿こそ相良さんであり、私が頭を垂れるボスと呼ぶべきに相応しい人だ。


「私たちは――〝悪〟よ。この世界に住まう人間たちにとっては、世の秩序と平和を脅かす存在よね」


 つぅ、と自分の唇をなぞるように触れながら相良さんは冷たく笑う。


「たとえ今は潜伏を余儀なくされる程に弱体化していても、私たちの悲願は決して変わらない。そのためならどんなことにでも耐えて、時が来るまで待ってみせるわ。それは貴方だってそうでしょう? 理々夢ちゃん」

「……まぁ、それは否定しませんけれど。それで? 今回はなんで私一人なんですか?」

「それがねぇ! 実は今度、ご近所付き合いで温泉旅行に誘われちゃってぇ!」

「は?」

「そ、そんな怖い声を出さないでよぅ……」

「それでなんで私一人にやらせようと?」

「勿論、アリバイ作りのためよ!」


 得意げな笑みを浮かべて、指を立てながら言う相良さんに凍り付いてしまえば良いのに、と思いながら冷たい視線を送る。


「いいこと? 理々夢ちゃん。私たちはね、今、潜伏活動を余儀なくされているのよ」

「そうですね。なのでこうして人間に紛れて暮らしている訳ですが」

「私たちが壊滅的な損害を被って、こうして潜伏活動を余儀なくされた理由は?」



「――〝女神の寵児〟である魔法少女に敗北したから。そして、それを機に魔法少女が増えだしたからですね」



 私たちは、この世界に住まう人間たちから見れば間違いなく悪だ。

 その悪に対となる存在がいる。それこそが魔法少女、女神の寵児と呼ばれる子たちだ。


「そして私たちは、その魔法少女をこちら側に〝堕として〟戦力として使ってきました」

「えぇ。けれど、それは〝失敗〟したわ。何人かは上手くいったのだけど、安定するまでには届かなかった……」

「それが私たちがのんびりこの生活を満喫するようになってしまった経緯ですよね」

「でも、私たちに諦めるという選択肢がないことはわかっているでしょう? 理々夢ちゃん」



「――当然です」



 どんなに腑抜けた生活を送ろうとも、心に巣くった〝悪〟だけは手放さない。



「――〝魔法少女〟も、〝女神〟も、その全てをこの世から消し去るまで。私たちの戦いは終わらない」



 それが私たちの誓い。悪と罵られようが果たそうと誓い合った。

 故に私たちは組織した。私たちのための、私たちによる、私たちの悪を為すための集い。



 それこそが悪の秘密組織――〝ネクローシス〟なのだから。



「それでこそ、理々夢ちゃん。いえ――ネクローシスの幹部が一人、〝クリスタルナ〟ちゃんだわ」



 そう言って微笑む相良さんは、間違いなく悪人だと言い張れる笑みを浮かべていた。  

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