第14話 誓約の指輪(1)




 一つ、人工精霊は依り代を媒介として魔女が魔力を込めて作った二振一具の存在。二振はお互いの影響を共有する。つまり魔導刀を依り代として作られた白戀の記憶に、刀身が食らった爆発による亀裂がダメージを及ぼしている。そしてオニオンスープに浸されたら刀身は瞬く間に錆びて自動修復の範囲を超え、白戀の美肌は失われる。なんか、うーん、ごめん。


 二つ、魔導刀を鍛刀できるのは魔女の中でも高位の力を持つ者のみ。しかも白戀のように自我を持つ人工精霊は極めて希であり、魔力・技術共にトリス・ガリテ屈指の実力者であることが予想される。刀身の原材料はトリス・ガリテでしか採掘できない特殊な玉鋼で、レト帝国内で修理し、記憶を取り戻すことはほぼ不可能に近い。


 三つ、作刀した魔女のみが知る隠し術式が発動すれば、魔女が父に白戀を贈った理由がわかるのではないか。ただし発動条件は不明。精霊を介さず組み込まれた術式は白戀によるコントロールの対象範囲外であり、人体に影響を及ぼす危険性がある。


 四つ、そもそも白戀が作られてから解刀されるまでの意識が曖昧であり、赤子が母胎の中で夢うつつの状態で外の声を聞いているような状態だったと言う。つまり世界に産声を上げた瞬間に母親と離ればなれにされた赤子同然であり、さらには唯一無二の持ち主と魂に刷り込まれたルーカスも既に故人になっているなんて天涯孤独以外の何物でもない、もっと慈しまれて然るべきだろう(本人談)。ということは、トリス・ガリテの内情や動向について聞き出せることは最初からほぼなかったということだ。


 五つ、白戀、つまり白い恋という何とも少女趣味に溢れたファンシーな名前を付けて贈られたことを察するに、魔女は父に対して少なくとも敵意はなかったのではないだろうか。



 以上がオニオンスープに屈した白戀が洗いざらい吐露した内容の大まかな一部である。

 というか、冷静に考えたら契約するときに「知っている情報を全て教える」と書かせたのだから、わざわざオニオンスープをエサに恫喝する必要はなかった。そこは普通にごめん。



「契約破棄した方がよくないか?」



 食後の紅茶を優雅に口にしながらシオン様が言い放った言葉に、ルフが隣でうんうんと深く頷く。これ以上有益な情報は得られそうになかったし、例の隠し術式の危険性も考慮すれば当然の決断だ。法廷に立たされた被告人のようにしょんぼりとダイニングテーブルの一番下座に座っていた白戀が大きく肩を落とした。


『確かに情報源としての価値はもうないかもしれないけど、あたしが必ずしもあんたたちに害を及ぼすと決まったわけじゃないじゃない』


「魔導刀は所持しているだけで極刑だ。バレなければいいというグレーゾーンでもあるが、そんな危険な物をアイシャに持たせておくわけにはいかない。必要性がないのなら契約を破棄して、悪意ある者の手に渡らないように然るべき場所に封印すべきだ」


 今日のシオン様の言うことはいちいち正しい。そもそも魔導刀をトリス・ガリテから受け取っていたという事実が公になれば、父の有罪は決定的になる。世論をひっくり返すどころか、騎士団はいよいよ解体されてしまうかもしれない。しかし今ならまだ、何も見なかったことにして証拠を屠ることができる。大局を見据えるなら有無を言わさず契約を破棄すべきだと思った。しかし胸の奥底に諦めの悪さが滞留し、まだ足掻きたいと叫んでいる。


「……というのが、レトの皇子としての意見だ」


「シオン様、私は……」


「だが精霊との契約というものは、本来第三者の思惑が及んではいけない領域だ。一人の精霊士として、契約者である君の意見を尊重する」


 つまり、白戀の処遇は私に一任すると。その言葉に少し安心して、凪いだ心境のままダイニングテーブルの下手へ目配せする。全て諦めたように雲の上で項垂れている小さな横顔が、十年前の自分に重なった。


 自分一人ではどうしようもない理不尽や不条理は残念なことに存在する。本来であれば父が死んだことで永遠に目覚めるはずのなかった白戀がこうして世に放たれたことも、記憶の一部が欠損していることも、彼には一切の責任はない。役割も性質も、全て彼を作った魔女が与えたものだ。契約者を失えば二度と顕現できなくなる白戀にとって、契約解除は死と同義のはずだ。人工精霊と言っても彼には自我があり、感情がある。こちらの一方的な都合で切り捨てるのはあまりに酷に感じた。


『変な同情は不要よ、アイシャ。最初からあたしはルーカスと共に戦って共に死ぬって定義で生まれたんだから、あいつがいない世界に存在すること自体がイレギュラーなのよ。湿った蔵でも海の底でも好きなところに封印すればいいわ』


 自暴自棄になっているのか、白戀は腕を組んだ不遜な態度で気丈に私を睨みつけた。シオン様が言うには、人工精霊は自分を作った魔女の意思を何よりも尊重するように生まれてくるそうだ。あれほど必死に契約を迫っていたのは、自分の役割を果たしたかったからなのかもしれない。


「契約破棄はしない。あなたには私が死ぬまでこのまま傍に居てもらう」


『へ……?』


「だってそれが白戀の存在意義なんでしょう?それに、ブラントの人間は一度身内に引き入れた者をこちらの都合で一方的に切り捨てたりはしない」


 私のような厄介者を拾ってくれたロイさんだって、きっと同じことを言ったはずだ。それにこれは同情ではない。生まれ持った役割があるのなら、それは絶対に果たさなければいけないものだと考えているからだ。白戀が父と共に成し遂げたかったものが何なのか、これから探しても遅くはないだろう。今までだって未練がましく十年間も真実を探し続けてきたのだから、同じことだ。


 白戀は私の答えを聞いて一瞬呆けた顔をしたが、みるみるうちに黄金比の眉間をくしゃっとさせて瞳を潤ませた。


『あんた、お人好しって言われない?』


「部下からは鬼とか魔女って散々言われてるけど?」


『見る目ないわね、そいつら』


 そう言うと白戀は、私が座る椅子の近くまでやってきた。そして指で何かの印を作った瞬間、光る花びらに包まれながら元の成人男性サイズに変化する。その姿ってものすごく魔力を消費するんじゃ……。すぅ……っと血の気が引いたような気がしたが、白戀は『すぐ終わるから大丈夫よ』と相変わらず良い声で天女のように微笑んだ。そして片膝を着き、流れるように美しい動作で私の左手の甲に一回り大きな手のひらを重ねる。そこで初めて「ああ、白戀って触れるんだ」と認識した。風に当たった鋼鉄のようにひんやりとした手が心地いい。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る