第13話 オニオンスープの乱(2)




 それから白戀は、自分がトリス・ガリテの魔女が作った人工精霊であることや、刀身に術式を組み込み特異な切れ味を実現するという、魔女の国でも禁忌の手法で打たれた魔導刀であること、その禁忌の術式に流す魔力を制御するシステム、謂わば刀身にとっての鞘のような役割を白戀が担っていることを教えてくれた。知れば知るほどやばい刀を拾ってしまった気がする。


『魔導刀はね、契約者の魔力を吸い上げながら切れ味を増していくの。でも無制限に吸われ続けたら昨日のあんたみたいに魔力が枯渇してそのまま死んじゃうから、あたしみたいに能力を管理するための精霊が必要ってわけ』


二振一具にふりいちぐ、ってことね。でも、そんな危ない刀がどうしてトリス・ガリテから父へ贈られたの?」


 一番知りたかった核心を突いて、緊張で喉がカラカラになった。魔導刀のように、威力の高い術式が込められた魔導具は国際法で使用が禁止されている。所持していただけで終身刑の島流しは免れないほどの重罪だ。実際は戦火の混乱に乗じて幾度となく使用され、レビーのような違法な武器商に流れてくることも珍しくないらしいが。法が一切機能していないのだから、大陸中で戦争が続いているのも頷ける。


 精霊士でもない父が魔導刀を使い何を成したかったのか。あまり考えたくはないが、聖下の言うとおり売国目的なら謀反でも起こすつもりだったのだろうか。だが四大を使役する聖下の前では魔導刀の力も霞んでしまうだろう。万が一差し違えたとしても、そこまでする理由は何だったのか。


 唯一真実を知る白戀の答えを固唾を飲んで見守る。後ろでシオン様が呑気に寝息を立てているが、叩き起こすわけにもいかないのでこの際無視だ。


 白戀は煙管の葉を落とし、姿勢を整えて改めて真剣な顔で私と向き合った。


『……アイシャ、怒らないで聞いてほしいんだけど』


「忍耐強い方ではないので事と次第によっては暴れまくると思う」


『こわぁ……。あのね、これは完全に不可抗力なの……』


 そう言うと解刀時のように青白い光を放ちながらどこからともなく魔導刀が空中に現れた。いちいち驚くこともなくなった私は浮遊するそれを手に取り、何やら言葉を濁す白戀に『鞘から抜いてみて』と言われたので、その通りにする。


 改めてまじまじと見た刀身は、身幅だが厚みが少なく、とにかく斬ることに特化した刀種であることがわかった。中央から先端にかけての反りが強いから太刀に分類されるだろう。吸い込まれそうになるほど美しい波を描いた刃文は作刀者の情緒的な部分を象徴するようだった。文句の付け所がないほどの逸品だ。一体これがどうしたと言うのだろう。


はばきの近くをよく見てほしいんだけど……』


「んん……?」


 言われたとおり目を凝らしてみる。鎺とは刀身の根本部分で、刀身と鞘の固定具だ。窓から差し込む朝の光にかざしてよく見てみると、ほんの僅かだが刀身に薄く亀裂が入り刃が欠けている部分があった。


『たぶん、貿易船が爆発した衝撃で破損したんだと思うの。解刀前に受けた損傷については自動修復の対象外なのよ』


「つまり……?」


『切れ味と強度に問題はないけど、あたしたちは二振一具なので一部記憶が抹消されちゃいました!だからどうしてルーカス用に作られたのか覚えてません!てへっ♡』



 場違いなほど明るい白戀の声色に反比例して、部屋の中がしん、と静まりかえる。



 何だろう、幻聴か?頭が痛くなってきてこめかみを押さえながら深い息を細く長く吐く。白戀は整った可愛らしい顔立ちに両手を添えきゅるっきゅるな瞳でこっちを見ている。ぱちぱち、と瞬きをするたびに星が飛んでくる幻覚が見えた。ハエを払うようにそれを手で叩き落とし、吐いた分だけ息を吸う。肺をめいいっぱい膨らませ、両足を肩幅に開いて腹筋に力を入れた。




「てへじゃない!!!!!!」


『ぴえん……』




 腹の底から出た大声に白戀はしょぼくれ、布団饅頭と化していたシオン様は驚きで飛び起き、朝食作りの最中だったのかエプロン姿のルフが慌てて駆けつけた。困惑した視線の中心で肩で息をしながら煮えくり返る灼熱の思考の海を泳ぎ、この顛末をどう処理すべきか思案する。落ち着け、短慮だと叱られたばかりだろう。その間にも『契約した後にわかったの~!騙すつもりはなかったのよ!?』と白戀の泣き真似が始まった。


 騙したか騙していないかなんてこの際どっちでもいい。死にかけた上に激まずポーションまで飲まされた結果がこれか。しかも彼にとってはこの場をどうにか切り抜けて契約さえ継続できればそれでいい、という魂胆が透けて見えた。なんとしてでも、どんな手段を使ってでも思い出してもらわなければ。建設的にかつこちらが有利になるような話し合い方……そうだ。


「ルフ様、朝食にスープは付きますか?」


「先ほどオニオンスープを作ったが……」


「ありがとうございます!」


 手早くお礼を言って刀身剥き出しのまま調理場へ走る。初めて訪れた屋敷だったが、護衛や書類仕事から皇族の朝食作りまでできる有能補佐官が作ったオニオンスープの匂いをたどってスムーズに到着した。白戀は二振一具と言うだけあって魔導刀と物理的に離れることができないのか、案の定筋斗雲に乗って私を追いかけて来てくれた。ここまでは計算通りだ。さて……。


「白戀、オニオンスープには何が入っているか知ってる?」


『えぇ……?そりゃタマネギでしょ?』


「そう。そして濃厚な旨味が出るように塩分たっぷりのブイヨンと、味を調えるためにダメ押しで塩こしょうがこれでもかってくらい振られているわ」


『ま、まさかっ……!?』


 さっきまで飄々と嘘泣きしていたくせに何かを察したのか、途端に血の気が引いた白戀の様子を見て、思わず口元が綻ぶ。たぶん今の私はシオン様と張り合えるくらいの悪人面をしている。悪役よろしく鍋の蓋を開け、美しい黄金色に輝くスープの上に刀身剥き出しの魔導刀をかざした。


「刀身でオニオンスープを直飲みして錆びたくなければ即記憶を取り戻すか、取り戻す方法を嘘偽りなく言え!!」


『いやぁぁぁああああああ゛あ゛あ゛!!!!』


 サスペンス劇場並みの絶叫が調理場に響いた。それまで美の擬人化の作画だった白戀が心なしか劇画タッチに変化している。さすがは鋼の武器、塩分が何よりの天敵らしい。


 慌てて私たちを追ってきたシオン様とルフは、『人でなし!鬼畜外道!!それが人間のやり方かぁああああ!!!』と体裁もなく泣き叫ぶ白戀と、不敵な笑みを浮かべ熱々のオニオンスープに刀をかざすという奇行に走った私を見て震え上がったらしい。白戀が視認できないルフは「やはりポーションの過剰摂取で気が触れたか……」と頭を悩ませ、色々と察したらしいシオン様は「いくら私でもそこまでしない……」とドン引きしていた。


 こうして、護衛二日目の怒濤の朝を迎えたのだった。



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