第36話 準決勝 決着!
まさか準決勝を通して、ストレングの駄目なところが色々と見つかることになるとは思わなかった。そして漏洩した情報を突く、レナの予習っぷりは極めて正確で有効だ。
敵を知ることは戦いにおいて何より重要であり、勝敗は戦う前から決まっているという言葉もある。
大会前にストレングが言っていた『今回のコロシアムは例年よりも賞金額が多いぶん、なりふり構わず勝利をもぎ取ろうとしてくる奴も多いだろう。何があってもいいようにしっかり備えておけよ』という台詞を数日前のストレングに聞かせてやりたいところだ。
俺は大きくため息をついた後、レナに改めて尋ねた。
「レナがその話をわざわざ打ち明けてくれたのは何故だ?」
「私に有利過ぎてちょっと申し訳なくてね。でも勝って賞金増やしたい欲の方がちょっとだけ強いから、最初は何も言わずに攻撃させてもらったんだよね、ヘヘへっ」
欲と誠実さの割合が3:2ぐらいです、と言わんばかりにレナは悪戯な笑みを浮かべた。とはいえ正直に打ち明けてくれているだけレナは性格が良さそうだ。
俺は棍を構え、脳内で次の戦法を練りながら、宣言する。
「知られちまったならしょうがない。俺なりに工夫して戦わせてもらう。行くぞ!」
レナが作り出した氷の壁を破壊するべく、俺はサンド・ホイールを放った。縦回転する砂の車輪がバリバリと氷の壁を削っていく。この技を危険と判断したのか、レナは筒状に包んでいた壁の一部分を消失させて、そこから外へ逃げだした。
距離を開けられると不利になると判断した俺は、走ってレナを追いかけた。本当はサンド・ステップで一気に距離を縮めたかったが、さっきみたいに勢いを受け流されてしまったら、今度こそ場外負けしてしまうかもしれないから使うことができない。
レナは逃げながら水弾と氷弾の魔術を放ってきたが、魔術のみに集中できていないせいで命中率も威力もさっきに比べれば劣っている。俺は攻撃を棍で難なく防ぎきる。
逃走を続け、武舞台の端まで移動したレナは逃げ場を失いその場で停止した。
頭の切れるレナに考える時間を与えるのはよくない、移動範囲が限られている今こそがチャンスであり、頑張り時だと判断し、俺は同時に三つのサンド・ホイールを作り出して三方向からレナを攻めた。
しかし、サンド・ホイールが迫ってきても尚、レナは逃げださず、杖を勢いよく地面に突いて魔術を唱えた。
「ウォーターウォール! アイスウォール!」
レナの目の前に水の壁が立ち上がり、更に内側には氷の壁が立ち上がった。サンド・ホイールは水の壁に衝突し、大きな水飛沫をあげるとともに、回転速度を弱めた。
勢いのあるものに水をぶつけるのは防御としては非常に優秀であり魔量の消費面でもローコストだ。
海でも池でも、水面にゆっくりと手を入れれば抵抗なく中へと入っていくが、勢いよく叩いたり、高い所から飛び込んだりすれば、速度に比例して衝撃も強くなり、減速割合も増える。
だからサンド・ホイールを最初に水の壁にぶつけさせて、それから物理的に頑丈な氷の壁で防ぐ守りは非常に理にかなっている。
しかし、ここでサンド・ホイール防ぎ切られてしまったら、再び距離を離されて持久戦に持ち込まれてしまうかもしれない。
そうなったら、
絶対にここで決めなければいけない。回転しているサンド・ホイールへ更に魔力を込めて、再び回転速度を上げた。
回転砂が再びバリバリと氷の壁を削っていく。体内からみるみる魔量が減っていくのを感じるが、ここが踏ん張りどころだ。
「防がせてもらうよ、ガラルド君!」
俺に呼応するようにレナも氷壁に魔力を注いだ。互いの全力を込めた矛と盾のぶつかり合いは轟音と共に両方が粉砕する結果となった。
俺とレナの間に遮るものは何もなくなり、氷壁越しに合っていた目も今は遮るものはない。今度こそ近接打撃で終わらせる、そう決意した俺はレナに向かって三度目の突進を繰り出した。
棍が届く距離まであと20歩……15歩……10歩……。どんどんと距離を詰めていく俺に対し、レナが最後の抵抗をするべく魔術を放った。
「間に合って、アイスフィールド!」
俺とレナの足元が瞬時に氷の床へと変貌する。それと同時に地面から突き出てきた細長い氷柱が勢いよくレナの肩にぶつかり、身体を空中へと押し上げた。
「ガハッ!」
今日初めて衝撃を受けたレナはうめき声と共に空中へ跳び上がるように逃げた。
レナに向かって真っすぐ突進していた俺は慌てて止まろうとしたが、先程弾けるように四散した水の壁『ウォーターウォール』が小雨のように降り注いでいた影響で、凍った床が濡れてしまい全くブレーキが効かない。
「マズい、落ちる!」
精一杯踏ん張ったが、濡れた氷の滑り具合は半端じゃない。レナは咄嗟に環境を利用して、俺を滑らし、自身を回避の為に吹き飛ばしたのだろうか? だとしたらとんでもない思考の瞬発力だ。
もしかしたら試合開始直後に俺のサンド・ステップを斜め上方へ受け流した時も氷を少し濡らしていたのかもしれない。頭脳面では完全に敗北だ。
俺はそのまま止まることが出来ずに、武舞台の端を超えて飛び出し、場外の地べたへと落下しようとしていた。
武舞台の高さは俺の身長よりも低いから、今から
そして、今まさに場外に落ちようとしている俺に対し、リリスの目は全く諦めてはいなかったし、驚いてもいなかった、必ず勝つと信じてくれている眼だ。
時間にすればきっと0,1秒ほどのことかもしれないが、その眼が俺に
やれるだけの事はやってやると気合が入った俺は最期の悪あがきで地べたに向かって棍を振り下ろした。
思いっきり叩きつけた事によって少しだけ体が浮きあがった。持ち手に走った衝撃で棍は手放してしまったが、空中で一秒以上の猶予が出来たのなら、
俺は地面に向かって手を広げ、叫んだ。
「サンド・テンペスト!」
俺の手から
あれだけ勢いよく氷柱で自身の体を打ち上げたのだから無理はない。しかし、レナは体を痛めていても勝利は諦めていなかった。
高く舞い上がった俺を力強い目で捉えたレナは、空中にいる俺を撃ち落とすべく、水弾・氷弾を放つ構えをみせた。
「落ちて! ウォーターボール! アイスボール!」
レナから射出された魔術を避けようにも空中では細かく身動きがとれずに全弾まともに受けてしまった。既に平面だけで見れば場外の位置にいる俺は、このままだと押し出され続けて負けてしまう。
絶望的な状況だが最後の最後まで思考を止めるな、と自分で自分に言い聞かせて頭を働かせた。そして俺は一つの打開策を思いつき、片手を武舞台の方へと向けて呟いた。
「戻れ、
俺は最初にサンド・ホイールを氷壁にぶつけたポイント――つまりレナが氷壁に穴を空けて逃げ出した場所に散らばっている
レナはそのことに気がつかずに空中にいる俺に向かって魔術を撃ち続けている。連続して発動し続けている魔術の音が
俺はニヤリと微笑み、小さく呟いた。
「終わりだぜ、レナ」
忍び寄った
「えっ?」
武舞台の端に居たレナは急に崖から突き落とされたような声を出すと、よろけてそのまま場外へと落下した。司会が試合の決着を告げる。
「レ、レナ選手場外です! 勝者、ガラルド選手!」
突然のあっけない決着に驚いた観客たちは歓声もあげずにポカンとしていた。レナは自身の背中にぶつかった砂を指に取ると、事態が飲み込めたようで「やられたよ」と呟き、笑い始めた。
未だに事態が飲み込めていなかった観客の為に司会が戦いの流れを説明すると、ようやく観客たちも合点がいったようで、盛大な拍手と共に口々に二人を称えてくれた。
「俺たち観客にも気づかせない攻撃なんて凄いぞ、ガラルド!」
「レナちゃんの体を張った戦い、カッコ良かったよ!」
「目が離せない頭脳戦だったぞ、痺れたぜ!」
他にも沢山の声が闘技者の俺達の耳に届き、特にレナを称える声が多かった。膂力で劣る女性魔術師でも狭い武舞台でここまで近距離型の戦士と渡り合えるところを見せたのだから納得である。
観客の歓声を背に俺とレナは武舞台を降りた。すると武舞台を降りたところでレナが俺に話しかけてきた。
「楽しい試合をありがとね、ガラルド君。正直情報を持っているぶん私の方が有利だから勝てるかと思ったんだけど、まさか武舞台の内側から攻撃して勝利をもぎとるとはね、完全に私の意識は場外にいるガラルド君に向いてしまっていたよ。リーメイさんとストレングさんの関係のように知略と技で私が勝ちたかったけど、まさか知恵比べでも負けるなんて」
「たまたま閃いただけさ、また戦ったら俺が負けるかもしれないしな。こちらこそ楽しくて勉強になる試合だった、ありがとな」
「また、どこかで会えることを楽しみにしているよ。その時は組んで一緒に戦えることを祈っているよ。それじゃあ決勝頑張ってね」
「ああ、元気でな!」
そして、レナは手を大きく振りながら笑顔で俺の前から去っていった。
次はいよいよローブマンとの決勝だ。と言ってもローブマンはまだ準決勝の試合が残っているから決勝に来るとは限らないが。
=======あとがき=======
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