第9話 昔の話 今の夢


 ヘカトンケイル南西にある草原へとたどり着いた俺とリリスは早速、魔獣を探し始めた。


 腰の高さまである草を掻き分けながら進むと、スライムが数匹出現した。錫杖しゃくじょうを握りしめ、笑みを浮かべたリリスはスライムを攻撃する。


「えい! えい! これぐらい小さいモンスターなら私でも倒せますよ、えい!」


 リリスの宣言通りスライムは力尽き、討伐の証となる魔石がスライムの死体から零れ落ちた。


「早速依頼外討伐が出来ちゃいましたね、スライム一匹でどのくらいの稼ぎになるんでしょうか?」


「百匹倒してようやく昼飯代ぐらいだな、単体なら小さい子供でも倒せるぐらい弱いし、スライムの素材や魔石は価値も低いしな」


 リリスに説明しながら俺はシンバードの物価はどんなものだろうと考えていた。ヘカトンケイルを含む近隣国の平均年収は100万ゴールド程で、一年が400日だから一日2500ゴールド程度稼げればそれなりに豊かに暮らすことができる計算になる。


 スライムは一匹倒して素材や魔石を売ってもせいぜい5~10ゴールド程度だから本当に稼ぎが少ない……。


先日倒したハイオークの討伐報酬は20万ゴールドだったから五人で割っても一人4万ゴールドは貰えていた訳だから正直リリスが怒って突っぱねたのはお財布的には大きな痛手だった、もっともこの事実は俺の胸の内にとどめておいてリリスには言わないけれど。


「そんなに安いんですね、じゃあ見かけたら倒すぐらいで良さそうですね」


「ああ、一応畑を荒らしたり、家畜に攻撃してきたりする害ある魔獣ってことには変わりないからな、りっぱな社会貢献さ」


「そう言われると女神としてはやる気が湧いてきますね、頑張りますよぉ~、ムンッ!」


 そんな他愛もない会話をしながら、俺達は金になる魔獣が出てきますようにと祈りつつ、雑魚魔獣を狩り続けた。


「俺の倒したのがスライム15匹とファングラビットが5匹だから合計金額は――――」


「相変わらずお金への執着……いや、報酬計算が早いですね。前からお尋ねしたかったのですけど、ガラルドさんがお金や立場にこだわっている理由や、故郷を出てハンターを目指した理由は何ですか?」


「色々と理由はあるな。ディアトイルの人間は皆どこか不遇な人生を受け入れている感じがあったから、陰気なディアトイルを早く出ていきたいという気持ちは小さい頃からあった。それとディアトイルの人間は生まれてから死ぬまで、ほとんどディアトイル内で暮らす人が多いんだが、それも俺には耐えられなかった。それは故郷が嫌いってわけじゃなくて広い世界を色々見て回れない人生なんて俺の価値観からするとつまらないと思ってしまうというのが理由だ」


「それは少し分かる気がします、女神族も大人しく保守的な者が多いんですけど、私は自分が動いてないと落ち着かなくて。だから一生懸命勉強して三級女神から二級女神へ昇級したんです、二級からは女神族の集落から外に出かける許可を貰えますからね、これでも出世はかなり早い方なんですよ私、エッヘン!」


「確かにサキエルさんもリリスは優秀だって言っていたな。その調子でハンターの出世もよろしく頼むな」


「任せてください。ところで話は戻りますが故郷を出ていった理由は他にもあるんですか?」


「無謀なことだと思われるかもしれないが俺はディアトイルが迫害を受けない世の中をつくれたらと思ってる。その為には金を稼いだり、実績を積んで地位を得て、ディアトイルの人間は凄いんだぞ! って世の中の人間にアピールしなければいけないと思ってな。俺が金とかランクに拘るのはそういう理由だ」


「思ったよりずっとかっこいい理由で安心しました。大金稼いで贅沢したいとかそんな理由じゃなくて良かったです」


「一度きりの人生だしそういった動機でもいいとは思うけどな。それに俺だって一番の理由はかなり私的なものなんだけどな」


「聞かせてもらってもいいですか?」


「俺の家族を探したいんだ。俺は赤ん坊の頃にディアトイルに捨てられているのを発見されてディアトイルの人間に育てられた人間なんだ。俺が入っていたゆりかごにはガラルドという名前が書いた紙が入っていたらしい。何故捨てられたのかは分からないが、いつか俺が名を上げて世界中で有名になれば見つけてもらえるかもしれない……そう思っているんだ」


 普段はあまり口数の多い方ではない俺が珍しく沢山喋ってしまった。特に捨て子だったことについては今まで誰にも話したことはない。俺らしくないことをしたな、と少し照れくさくなり視線を逸らしてしまった。


「ガラルドさんのこと沢山教えてくれてありがとうございます。私も近いうちに自分のことを色々と話したいと思います」


「自分のことっていうのは追放者を集めている理由とかか?」


「それも含めて色々ですね。といっても私はガラルドさんほど立派な理由ではないですが」


 既にリリスは言動で立派に女神としての職務を全うしている気がするが、褒めるのは気恥ずかしいからやめておこう。


自己犠牲的・献身的な行動をとる理由にも何か私的なものがあるのだろうか? 気になったけれどいつか喋ってくれるだろうと信じ、この場で聞き出すのは辞めておいた。


 俺達は気が付けば平原を一時間以上歩いていたようで、町からも随分と距離が離れていた。道中やたらとスライムなどの雑魚魔獣が現れていて、そのほとんどが南側から来ている点が少し気になった。


「なあリリス、やけに雑魚魔獣が多い上に、南から北へ移動しているやつが多くないか?」


「確かにそうですね、しかも南側へ行けば行くほど顕著な気がしますね、南方向に何かあるのかもしれな……た、大変ですガラルドさん、あっちを見てください!」


 リリスが指差す南方を見てみると、スライムやゴブリンがまるで逃げる様に南から北へと走っていた。特にゴブリンはスライムと違い目・鼻・口があるぶん恐怖を感じている様がみてとれた。


 息を荒くし、すれ違った俺達には目もくれずに全力で逃げる雑魚魔獣たちの様子にこっちまで恐くなってきた。


 買ったばかりの棍を構えた俺は南方向へと視線を向けた、すると小高い丘からゆっくりと狼の頭が出てきた。その狼は普通の狼の三倍近く大きく、口からは涎と血を垂らしていた。


「あれは……ガルムだ! 何で平原にあんな強い魔獣が……」


 ガルムは狂暴で手強い狼型の魔獣だ。普段は人里離れた山岳地帯で狩りをしている魔獣だから平原にいるはずはないのだが……これがヒノミさんの言っていた魔獣の活性化というやつだろうか。


 ハイオーク並みに危険度が高いと言われているガルムがこんなにも町に近い場所にいるなんて相当危険な状態だ。町にでも入ろうものならパニックになるだろう。


ここで何とかガルムを止めなければ南側から逃げてきた雑魚魔獣が町の方向へ行ってしまう危険性もある。


「リリス、あの魔獣ガルムは人間、魔獣問わず手当たり次第に襲う凶暴なやつで、動きが速く、爪と牙が強力だ。周りの雑魚魔獣が北へ逃げているのもガルムを見かけたからだろうな。あんな魔獣がひとたび町に入れば町の兵士でも中々倒せないだろうし、一般人が大量に殺される恐れがある」


「何としても止めろ、という事ですね」


「その通りだ、行くぞ、後衛からフォローを頼むぞ」


 二人で戦うには危険な相手ではあるけれど町へ近づかせないためには仕方がない、俺はガルムへと突進した。


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