第49話 神しか勝たん


雷光ライトニングッ!!」


 ライと呼ばれた女性兵士がその手を振り下ろし指先から稲妻が放たれる。標的はもちろんアヌビス、当たればきっとタダでは済まないだろう。


  フッ…。


 アヌビスの姿が消える。


「き、消えッ…!?」


 ライが放った一撃は消えたアヌビスが寸前までいた場所…、すなわち今は無人の地面を撃ちつける。


 パッ!


 空振りに終わった雷撃の地点のすぐ横にアヌビスが姿を現した。


「確かに速い、まさに雷光…」


 アヌビスが念話で送ってきた言葉を僕がそのまま口にした。


「しかし…、我を討つにはいささか遅すぎたようだ…」


「ウソ…でしょ?」

「ライ様の神速の一撃が…」

「かわされるなんて」


 居並ぶ女性兵士達から動揺の声が洩れている。だが一番動揺しているのは…。


「な、なんだ…と…?」


「「「ラ、ライ様…」」」


 雷撃を放った本人、女性兵士のライであった。


「神速…、神速とも言える我の一撃をかわすその子犬…。な、何者なのだ!?」


 ライの声がわずかに震えている。


「子犬…、ふふっ」


 思わず僕は笑みを溢した。


「神速をかわす…、それが出来る存在なんて…」


 言ってやれ、アヌビスがそう念じてきた。


「神しかいないんじゃないですか?」



「か、神…だと…」


 ライが呟く。動揺はしているようだが勝負はまだ諦めていないようだ。


「確かに速い…、それは認めよう。…だがッ!」


 ライが再びその手を振り上げだ。


「一つで足りぬならば二つ!二つで足りぬならば三つ!増やしていけば良いだけの事ッ!はあああッ!」


 振り上げられた手の上にグルグルと棒状の…、まるで光で出来た剣のようなものが乱舞する。


「受けてみよォッ!雷光飛散ライトニング・スプラッシュをッッッッ!!」


 ライが右手を振りかざした!機関銃のように振り注ぐ雷光の乱舞、その一つ一つをアヌビスはかわしていく。するりするりと無数の雷光をすり抜け…、いや消失と出現を繰り返しその全てをあしらうようにかわしていった。


「バカ…な…」


 ライは驚愕の表情を浮かべた。だが、すぐに表情を引き締めた。


「わ、私をこうまで本気にさせるとは…。だがッ!!」


 どおおおんッ!!


 大木の光の柱がライに向かって落ちた。


「わ、私の…す、全てを賭けても…」


「あ、あれはッ!!」


 サリナさんが叫んだ。


「よすのだ!ライよ!それは魔力のみならず全ての生命力までもを使った…」


 慌てている、サリナさんが慌てている。


雷神トール雷槌ミョルニルッ!!」


 ライが叫んだ、もはやその目はアヌビスしか見えていないようだ。


「神ならぬ人の身、ゆえにこの雷を作るには魔力だけでは足りぬ。それゆえ私は全てを賭けてこの一撃を放つ!これ以外に私には手段が浮かばぬ…」


「…気に入ったぞ」

「アヌビス?」


 アヌビスが口を開いた。自分の声で語っている。


「見事だ、ならば存分に放つが良い。我は此処から一歩も動かぬ」


「お、おい…」


(我も熱くなっておるようだ…、だが今はそれが心地よい。異教の神の一撃、見事凌いでみせようぞ。それより…主よ、トチるでないぞ。アレをここでキメるのじゃ)


 ふーっ!ふーっ!


 荒い呼吸のライが全ての力を集めて雷を無数の雷光にしていく…、それはすぐには放たずアヌビスの周りに配置していく。それは体をガクガクと震わせながら、全てを振り絞るようにして…。


(離れよ主、巻き添えになるぞ)


「う、うん」


 僕はアヌビスから慌てて距離を取った。


「すまぬな、この一撃だけは手加減が効かぬ。悪く思うな…」


「構わぬ、元より戦いとは命の保証なきもの…。時に訓練とて命落とす者もいよう」


 僕がアヌビスの思いを代弁する。


「…ッ!!感謝、そしてッ!!雷神トール雷槌ミョルニュルッ!!」


 蟻のい出る隙間もない程に上下左右、四方八方に展開されている無数の雷光がアヌビスを襲う!


「今だ、主ッ!!」

魔法障壁マジックバリアッ!!」


 僕はアヌビスにあらかじめ言われていた単語を口にした。するとアヌビスの体の周りにドーム状の半透明な空間が生まれた。そのドームの表面が雨粒が当たる傘のように雷を防ぐ、そして一つの雷も貫通させる事なく見事に凌ぎ切ってみせた。


 フッ…。


 アヌビスを守る障壁がその役目を果たし終えたのか消えていった。


「ま、まだッ…!」

「止めよ、ライ!死ぬつもりかっ!?」


 サリナさんの制止の声より先にライがその手をアヌビスに向け一本の光の矢が放つ、そしてそのままライは前に崩れ落ちていく。


 ばちいっ!


 その最後の一撃をアヌビスは前足の一撃で打ち払った、その光は虚空へと飛んでいった。


「ライ…、ライ…」


 サリナさんが倒れた女性兵士を抱き起こしその名を呼び続けていた。倒れた事でライは土汚れがついていたがサリナさんは構わずにその身を抱き呼びかけている。


 呼吸をしていない…、なんの医療知識も無い僕だけどそれだけはハッキリと分かった。彼女ライの魂はもうこの場にはいない事を…。


 魔力も…、そして全ての生命力も雷に変えて放ったんだ…。全てを絞り出してあの雷を…。


「どうして…」


 城に入れるに値するかどうかって…、そんな事で何で命を投げ出すような事をするんだよ…、僕は正直なところそう思った。だけどそれを口にする訳には出来なかった。『そんな事』なんて言ったらライと言う女性兵士の命までが《(そんな事》》と同レベルか、あるいはそれ以下になってしまうように感じられて…。


(主よ…。我は今、好きにさせてもらう)


「えっ?」


 念話が送られてきたのでアヌビスの方を見るとそこにはひざまづいてライを抱きしめ泣いているサリナさん、フウや整列していた女性兵士達もその周りに集まってきている。


(まだこの者を死なす時ではない)


 てこてことライの方へと歩いていったアヌビス、その前足がライの足に触れた。するとライの体が柔らかい光に包まれた。


「ぐ…、う…」


 ライがわずかに声を洩らした。


「い、生き…て…?」


 サリナさんが戸惑いながらライを見つめている。


蘇生リザレクション…。その者、まだ冥界に来るべき時にあらず。ゆえにその命、預けおく…ってアヌビスが言ったような気がします」


 泣き顔のサリナさんがパッと顔を上げた。


「で、では、ライは…?」


「大丈夫です。だけど急いで寝かせてあげて下さい、放置してはそれこそ命取りになりかねない」


「わ、分かった。くっ、しかし兵舎へいしゃまでは距離が…」


「あっ、では門の中に店を出して良いですか?すぐに布団を…」


「あ、ああ!もとよりデンジ殿は男試しのを見事突破された。門内に入るに何の支障もない!私からも頼む、ライを休ませてやってくれ」


「分かりました!」


みな、ライを門内に運ぶのだ!揺らすでない、そっと…そっとだぞ!」


 サリナさんの声に女性兵士達が応じる。僕は一足先に門内に入り、その内側に加代田商店を出現させた。すぐにサリナさんと女性兵士達がライを全員で抱き抱えるようにして運んでくる。


「ふ、布団を敷くわね!」


 ルイルイさん達三姉妹が店の中に駆け込んでいく。こうして僕は慌しくも無事にダライブルグ城の中に入る事が出来たのだった。


□ □ □


 次回、『雷堕ちてデンジ固まる』。


 お楽しみに。

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