第46話 ダライブルグ到着


 山深い国と聞いていたから山城やまじろなのかと思っていたけれど意外や意外、グランダライ公国の公城ダライブルグは大きな三日月湖に三方を囲まれた地にあった。


 グランダライ…、大昔の言葉で『大きな海』という意味があるそうだ。その海というのはもちろん三日月湖の事を指す、あまりに大き過ぎて海だと考えられていたのだろう。


 商業都市を後にして歩くこと半月、今僕達はそのグランダライの城下にたどり着く所だ。


「あ、なるほど。あの湖が天然の堀の役目を果たし…」


「うむ。そして湖には小高い山が面していてな…、切り立った崖もある。その上に城を築けば…」


 ダライブルグに向かいながら僕はサリナさんと話している。今の話題はグランダライ公国について…、特にこの白い城の立地の事だ。


「切り立った崖が天然の城壁となる…ですね?」


「その通りだ。それにこの湖は…」


漁場ぎょじょうであり、飲み水の水源。同時に物資輸送のための水運でもある…」


「水運か…」


「ええ、陸送りくそうでは大変だろうと…」


「なぜそう思う?」


「えっと…」


 僕が以前働いていたファミレス、配属されたの東京赤坂の店舗だった。その赤坂には坂が多い地形なのだが、その一つに三分坂さんぷんざかという坂があった。


 その坂の名前の由来は江戸時代、三分坂は急坂で知られていてそこを荷車を引いて運ぶ仕事をする人夫に銀を三分さんぷん(1.125グラム)を余計に支払ったからだと言う。その事を思い出しグランダライへの輸送費がかさむのではないかと考えて言ったものだった。


「そこなのだ、我が国は領民たみの働きもあり食料その他身の回りの物は自給する事が出来ている。だが…塩、塩だけが泣き所なのだ。こればかりはどうにもならんでな」


 戦国時代、甲斐かい(現在の山梨県)の武田信玄も塩には頭を悩ませたというもんなあ…。


「ここに至るまで道は起伏を繰り返し、荷を運びながらでは時間がかかる。坂を登るのに難儀するのはもちろん下るのもまた…な」


 そんな手間をかけて塩を運んでくるのだ。荷馬車を使っても運べる量は二頭立ての荷馬車一台でも百数十キロ。加代田商店に塩を届けてくれた業者のトラックは4トン車、それと比べたらものすごく少ない量。それを人手をかけ、護衛までつけて運んでくる。そりゃあ割高にもなるよね。


「正直、驚いている。あの山と積まれた塩…、それが運ばれていると思うとな」


 そんな事を話しながら僕達は城下町に入った。門を入るにあたりチェックは当然受けるが、その列の見回りをしていた兵士がサリナさんに気付いたからだ。すぐに兵士や騎士、使者などがとおるであろう通路からサリナさんをはじめとして同行者という事で僕達も入場できた。そのサリナさんが町中を歩けば子供達が姫様、姫様と寄ってくる。質素ではあるが、その顔に暗さはない。


 商業都市セキザンでは金回りの良さも目についたが、同時にうらぶれた人も見かけた。直接目にした訳ではないがストリートチルドレンような存在も少なくないらしい。


 このダライブルグの城下町にも探せばいるのだろうが目に見えての暗さはない。しばらく歩くとあの一本杉で初めて見た白亜の城が目の前に、今回の目的地のダライブルグ城。ここで塩の大商おおあきないだ。


 城門前には兵士達が整列しサリナさんを出迎えた。その整列した兵士達の前に兵士達のものと比べて一目で上質なものと分かる鎧を着けた二人が声を上げた。驚いた事にその二人も、後ろにならぶ兵士もまた全員女性だ。


「「お戻りなさいませ!姫様」」


「「「「お戻りなさいませ!姫様」」」」


 見事に声が揃う。


「うむ、ただいま戻った。留守中、変わりはなかったか?」


「「はい、異常ありません!」」


 サリナさんと応対している二人の女性兵士をよく見ればサリナさんの身に着けている鎧と似ている気がする。なんというかサリナさんの鎧が一品物なら、二人の鎧は量産品。さらにその後ろの兵士達は廉価版…そんな感じだろうか。


 例えて言えば黄金ゴールド白銀シルバー青銅ブロンズの3等級ランクあるギリシャ神話をモチーフにした少年マンガの登場人物達の防具のような…。そんな事を考えているとサリナさんと二人の女性兵士の話は続いている。


「して姫様、後ろの方々は?」


「うむ、セキザンより塩を商いに来てくれたデンジ殿、そして護衛についてくれたルイルイ殿、メイメイ殿、アイアイ殿…」


「おお、塩を…」


 後ろの兵士達の口からも塩という単語が洩れた。それほど貴重なのだろう。


「取引も運ぶ手間賃などは取らず、塩自体の値で良いとな。代金も魔石での取引で良いとの事だ」


「それはありがたい。魔石を売って金にするのでは手数料が引かれますから」


「我らの鍛錬にも、また肉や皮等を得るためにモンスターを倒すゆえ得られる魔石で取引できるとはまさに汲時雨きゅうじう(水が欲しい時の雨、恵みの雨)」


「そうであろう。大切な客人である、失礼なきように」


「はっ!しかし、姫様…」


 二人の女性のうち、一人が戸惑いの声を洩らした。その髪は赤く長い。


「どうした、フウ?」


「客人…というからにはこのまま中に通すので…?」


「そうだが?」


 フウと呼ばれた赤髪の女性の問いにサリナさんはさも当然といった感じで応じた。


「こ、この東門のうちは我らが姫様のお住まいの地、男子は一人もおりませぬ!我らが神、オーディン以外に男子無し!そ、そのしきたりを覆したとあっては…」


「左様にございます」


 二人の女性兵士のもう一人、こちらは青く長い髪をしている。


「むっ?ライもか?」


「はい、姫様。男子禁制だんしきんせい、それがこの東門の内側の掟にございます。通す訳には参りませぬ」


 ライと呼ばれた女性兵士も毅然とした態度で男子を…、つまり僕を通せないと言っている。


 おそらくこの先の区画はサリナさんが治める区画なのだろう。江戸城にある門内に屋敷を与えられ十万石の大名となった田安たやす家、清水しみず家、一橋ひとつばし家のような感じだろうか?


「どうしても言われるならば…」


「ん?」


 フウと呼ばれた女性が再び口を開いた。


「古式にのっとり…」


 今度はライと呼ばれた女性が口を開いた。


「「男試おとこだめしをせねばなりますまい」」


「男…試し…?」


 それって…?


「姫様もいずれは夫を迎えられましょう…」


「それは我らが神、オーディンのように強くあらねばなりませぬ」


「「ゆえに男試し、我ら二人を倒し門の内に踏み込める強き男でなくては通す事まかりなりませぬ!」」


「それは古いしきたりであろう。デンジ殿は商人だ、戦う術など持たぬ」


 サリナさんが反論する。


「こればかりはいかに姫様と言えど…」

「国のことわりにございます」


「「さあデンジ殿、立ちませい!見事、我ら二人を倒し門の内に入ってみせよ!」」


 二人の女性兵士がこちらに近づいてきた。


□ □ □


 次回、『男試し』。


 傳次郎、どうなる?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る